第22話
悲劇の一日が終わり、朝を迎える。
今のところ何も異変は無い。
いや……お向かいの二階堂さんが早朝、またもやゴブリンを仕留めたらしい。
長年連れ立った奥さんを亡くし、庭いじりと家庭菜園をこよなく愛するとても人の善いお爺さんなのだが、一方では猟友会の最年長メンバーでもあり、もう少し若かった時分はイノシシやクマを仕留めていた人でもある。
オレや兄が、いわゆるジビエに全く抵抗が無いまま育ったのは、間違い無くこの人の影響だ。
二階堂さん曰く……
『すぅぐ石コロになっちまって、喰う喰わない悩む以前の話だぁ』
……コボルトとか、もし万が一死体が残ったらチャレンジしそう。
いや、多分いくな。
さて、そんな豪傑の話はさておき、今日は兄が父を連れて午前中にダンジョン探索に出掛けている。
午後からはオレが妻を連れてダンジョンに行く予定だ。
昨日、第1層のモンスターを全て狩り尽くす勢いで隅々まで探索したが、弱いモンスターほどリポップするのが早い傾向もあるらしいので、午前は兄と父に任せることになった。
ちなみに仕事は当面の間、会社自体が休業する予定らしいので心配はいらない。
一昨年ついに竣工した本社ビルが、今回のモンスター災害で見事に倒壊したらしいのだ。
倒産も絶対に無いとは言い切れない状況で、もう少し落ち着いたら、昨夜のうちに認めた辞表を提出しに行くつもりだ。
もし本格的に状況が落ち着いたならハウスメーカーだけに留まらず、建築業界全体にバブルの到来しそうな状況では有るが、オレに躊躇する気持ちは驚くほど無かった。
さて……たまの見回り以外は殆どやるべきことが無いので、時折り息子や甥っ子達と遊んでやりながら、基本的にはテレビを見て過ごす。
今日も今日とて、猛威を奮うダンジョン外モンスター関連の番組ばかりだ。
昨日は探索者関連の悲報に終始していた番組内容も、今日は少しばかり毛色を変えて、各界の著名人の訃報や、消息不明の情報が多くなって来ている。
3人組男性アイドルグループが纏めてサラマンダーに焼き殺されたというニュースや、芸能界の女王とまで言われた方がサイクロプスに踏み潰されたというニュース。
または有名な海洋生物の権威、あるいは往年のプロ野球選手、はたまた総理大臣にまで登り詰めた政界の大御所、そして数々の名作を世に送り出した高名な映画監督……そうしたショッキングかつセンセーショナルなニュースを、悲痛な表情で伝える様子が続く。
何ともやりきれない思いで、何度目かの見回りに出た時のことだった。
二階堂さんのお宅とウチの実家のちょうど中間あたり……すっかり錆びたマンホールの直上に黒い光が立ち昇るのが見えた。
早足で駆け寄り自分の得物の間合いで、モンスターの出現に備える。
ほどなくして出てきたのは邪悪な豚顔の巨漢……オークだ。
家庭菜園で野良仕事中の二階堂さんがこちらに気付くが、初めて見るであろう本格的な脅威に、さしもの勇敢な老雄も草刈り鎌を片手に固まってしまっている。
少し前までのオレなら、単独で闘うのには少しばかり覚悟の要る相手だったが……今は不思議と目の前の相手が酷く弱そうにさえ見えた。
事実、先制の一撃で突き上げるように喉を刺し貫くと、オークは出現してすぐに訪れた思わぬ痛みに、背中を丸めて縮こまる。
そうしてちょうど狙いやすくなったブタ野郎の脳天に、追撃の刺突を喰らわすと、そのまま腹這いに倒れ痙攣することしか出来なかった。
ほどなくして白い光に包まれたオークは、ピンポン玉を少し大きくしたようなサイズの魔石を遺して姿を消す。
まさに完勝。
こうしてオレは思わぬタイミングで、昨日の成長の成果を実感することになってしまったのだった。




