第217話
今にも倒れそうだった一家を連れ戻ることにしたことで、結果的に今日のダンジョン攻略から最も早くに帰宅したのはオレ達だった。
彼らの世話は既に上田さん達に引き継いで貰っている。
恐らく体力が戻り次第、新しい日常を手にいれてもらうべく、何らかの役割が割り振られていくことになるのだろう。
オレだけでも、帰宅後すぐにダンジョン攻略に戻ろうかと思っていたのだが、息子の顔を見てその考えを変えることになった。
……何やら期待されている。
世の中がこうなる以前のオレも、まともな休みというものが極めて少なく、帰宅時間も遅かったため、あまり息子と遊んでやれていなかったのだが、最近はそれよりも酷い状態だ。
しかしスタンピード発生以前の兄達と交互にダンジョンに行っていた時期は、家に居る時間が長かったものだから、かなり息子や甥っ子達と遊んであげられる時間が有ったので、すっかり味をしめられてしまっているのだ。
ここで息子に背を向けてダンジョンに向かうことは簡単かもしれないが、なんだかそんな気分にもなれなかったというのもある。
まずは『高い高い』だ。
ダンジョン通いを始める前から、オレのそれは息子に好評だった。
妻に言わせると『アクロバティック高い高い』なのだそうだが、息子を逆さまにしたり、軽く放り上げては空中でキャッチしたりぐらいは、誰だってするものだろうに……。
よほど気を抜かなければ、決して危ないことにはならない。
それは、すっかり人外じみてきた膂力を持つようになったからといって、特には変わるものでも無かった。
普段、息子より軽いものだって問題なく扱えているのだから、それも当然だ。
箸やスプーンを折ったり曲げたり、ドアノブを壊したりということも無い。
ひとしきり息子とそうして遊んでいると、息子のキャッキャと笑う声に釣られて甥っ子達も寄ってきた。
まとめて相手してもスタミナが切れたりもしなくなっているから、それだけでもかなりの時間を過ごすことが出来た。
だんだんプロレスごっこや、鬼ごっこみたいな遊びに移行していったが、それもまた楽しいものだ。
先にハシャギ疲れたのは息子達の方で、そこからはおチビ達にねだられるまま、色んな絵本を読んであげたり、全員まとめて風呂に入れてあげたりと、かなり濃密な時間を過ごすことが出来た。
たまにはこういう時間も良いだろう。
今、オレが何のために頑張っているのかを、しっかりと再確認できたことだし……。
◆
先に帰って来たのは兄とエネア。
そのすぐ後に父とトリアも帰って来た。
いつも遅くなるオレが真っ先に帰って来ていることに兄も父も驚いていたが、一番びっくりしていたのがエネアだったのが、ちょっと複雑な気分だ。
トリアだけは何に驚いているのか分からない様子だったが、それはある意味では当然だろう。
トリアがウチに来たのは、つい昨日の話なのだから。
その後……お互いの成果について報告し合いながら食事を摂っていると、オレのスマホがメッセージの受信を独特な音で知らせてくれた。
誰からだろう?
父と兄とに断ってから相手を確認すると、どうやら右京君からのメッセージだったようだ。
『父がヒデさんに、口頭でお伝えしたいことが有ると言っております。夕食がお済みになりましたら、御手数ですがご連絡を下さい』
……柏木さんがオレに?
何だろう?
無属性砲の件だろうか?
まぁ夕食後で良いってことなら、そんなに急ぐ用件では無いのかもしれない。
慌てて出向いたりしたら、かえって間の悪いことになる可能性も有るだろうし、ここは明日以降の行動予定を、しっかりと打ち合わせてからでも良いだろう。
お、この蓮根のきんぴら美味いな。
この味付けは妻の作ってくれたもので間違いない。
ここのところ妻もダンジョンに掛かりきりで、台所に立つ機会が少なくなってしまっている。
オレが妻の手料理を食べるのも久しぶりだ。
もちろん母の作った料理も良いのだが、オレの好みに思いっ切り寄せてくれている妻の料理には、また違った良さが有った。
◆
打ち合わせも終わり、たっぷりと遊んであげたせいか、早々に眠りについた息子の頭を撫でてから、オレは自宅を後にした。
行き先はダンジョン……では無い。
自宅に隣接する柏木家だ。
今日からエネアとトリアの姉妹は柏木家に泊まることになったので、2人も一緒に来ている。
さすがに人数が増えすぎたのだ。
「やぁ、わざわざ来て貰って済まなかったね」
「いえいえ、こちらこそ2人を受け入れて頂けて助かります」
「お世話になります」
「よろしくお願いします」
「部屋もベッドも余ってるからね。ウチはもう少し増えても、ぜんぜん構わないよ」
「……何だか、すいません」
「さ、早いところ中に入って本題といこうか?」
「そうですね。お邪魔します」
にこやかにオレ達を迎え入れてくれた柏木さんに続いて中に入ると、案の定と言うべきか、右京君と沙奈良ちゃんもリビングで待っていた。
奥さんはオレ達にお茶を淹れてくれた後、エネアとトリアを連れて2階へと連れて行くようだ。
2人の暮らす部屋へと案内してくれるのだろう。
「まずは……拳銃タイプの無属性砲だが、使い心地はどうだったかな? 使いにくく感じることだったり、物足りない部分が有ったら遠慮無く言って欲しい」
「率直に言って凄まじい威力ですね。まさか、あそこまでの破壊力が有るとは思っていませんでした。今日、分かったことなんですが……」
その後も、暫く話題は拳銃タイプの無属性砲についてだった。
エネア達が戻って来てからは、それぞれの攻略チームごとに判明した情報なども話し合われたが、概ね好意的な意見が多い。
精霊魔法がメインの2人は自ら使うことは無かった筈だが、そもそも無属性の魔力を操る魔法自体があちらの世界には無いらしく、注意深く見ていたようで、思っていたより様々な意見が寄せられた。
使う人によって威力や弾速がハッキリ違うというのも、柏木さんには想定内だったようだ。
柏木さんは、オレ達の意見を聞いたうえで満足そうに頷いた後、いよいよ今日の本題を話し始めた。
それは控えめに言っても特大の爆弾。
オレ達を驚かせた無属性砲が、ほんの始まりに過ぎなかったのだと、つくづく思い知らされてしまった。
オレはもちろん、超常の存在であるエネアとトリアはおろか、ある程度オレ達より事情を知っている筈の柏木兄妹でさえ、目を瞠って驚いている。
それは……それほどに、とんでもない革新だったのだ。




