第214話
……出鱈目な威力だ。
入手したばかりの拳銃タイプの無属性砲を試すため、昨日オレの管轄下に置いたばかりの観音像のダンジョンに飛んだオレは、あまりの威力に口を大きく開けたまま、しばらく呆けていた。
標的にしたミスリルゴーレムの土手っ腹を貫通した魔力の弾丸は、そのままゴーレムの背後に居たオーガメイジの額をも貫き、さらにその背後の壁面に当たってようやく消失。
見た目からすればさほど大きな穴にも見えなかったが、それだけで2体のモンスターが一気にその存在力を全て消し飛ばされてしまったようだ。
「ヒデちゃん、凄いねっ! 私だとその鉄砲を使っても、そんなに威力が出ないよ」
どうしても同行すると言って聞かなかった妻。
一緒に行動することを二つ返事で承諾したのが良かったのか、すっかり機嫌も直っているようだった。
「なるほど……魔法スキルの影響を受けないからこそ、持ち主の魔力量や魔法行使能力によって、威力や弾丸の速度が変わるわけね」
そして、妻が同行するということは万が一の際に備えて、盾になって守ってくれる存在が必要になるわけで、今日はカタリナも一緒に来ている。
オレが拳銃タイプの無属性砲を試すと聞いたせいも有ってか、すんなり同意してくれていた。
「あれ? じゃあ私が使っても、あんな風にはいかないってこと?」
そして……マチルダ。
こちらも、今日は同行したいと言い出して、テコでも退かなかった。
「そういうことになるわね。良くてアイさんと同じぐらいよ」
「そっかぁ。ま、私には弓が有るから良いけどね」
「カタリナ、良くて私と……って、それ馬鹿にしてる~?」
「いや、そういう意図は無かったのよ? 気を悪くしたなら謝るから」
……なんとも賑やかだ。
この3人はそれなりに一緒に行動する機会が多くなっていたせいか、いつの間にかすっかり仲良しになっている。
基本的にはバランスの良いパーティでは有るが、それでもマチルダぐらいは兄か父の方に合流して貰うつもりだった。
今日は、兄とエネア……それから、父と柏木兄妹とトリアがパーティを組んで、それぞれ別々のダンジョンの攻略に向かってくれている。
昨日までは兄、妻、マチルダ、カタリナがパーティを組んでいたのだが、トリアの加入と父や柏木兄妹の戦力向上がきっかけになって再編成した恰好だ。
今日のチーム分けに際して妻の意向が反映されたのも事実だが、バランスを考えると必ずしも悪い組み合わせでは無い。
今後はこうした形でダンジョン攻略の手数を増やせるのは大きいと思う。
もちろん、オレが難易度の高いダンジョンに挑む場合にはまた組み合わせを変える必要は有るだろうが、今日の攻略目標はこの付近の小規模ダンジョンなので、妻が居ることに不都合は無かった。
◆
「よし、無属性砲も充分に試せたことだし、そろそろ攻略予定のダンジョンに行こうか?」
「あ、ちょっと待って! ヒデちゃん、そこの壁おかしくない? 引っ掻いたような傷が有るよ」
「え? ダンジョンの壁に傷なんて……って、本当だな。何でだ?」
妻に言われて初めて気付いたのだが、絶対に壊れない筈のダンジョンの壁に、まるで猫が引っ掻いたような微かな傷が残されている。
「アイ、良く見つけたわね。これは通称『ケット・シーの爪跡』……迷宮の隠し扉を示唆する物よ。原理は完全に不明。あちらの冒険者達の間では有名だけれど、実際に見付けられる人なんて殆ど居ないわ」
カタリナも研究者になる前は冒険者をしていた時期が有ったらしく、実はそうした知識が豊富だ。
このあたり、生まれた村で狩人をしていたマチルダや、そもそもが妖精であるエネアやトリアには望むべくも無い、カタリナならではの長所だろう。
「でも、中に何が有るのか分からないもんね?」
「そうね。ギッシリと宝物が隠されていることも有れば、反対に魔物の巣窟になっていることも有ると聞くわ。中に何が有るかは完全に運次第。そうそう見つかる代物でも無いから、どの話が事実で、どの話が嘘なのかも分からないというところかしらね」
そんなやり取りを聞きながら、オレは【遠隔視】で中身を確かめていた。
……うん、ちょっとだけ言い出しにくいが、開けて損は無さそうだ。
問題はどうやって開けるのかだが……
「カタリナ、これどうやって開けるの?」
マチルダが既に壁に取りついて、色々と試し始めている。
「ちょっと! 山刀で、こじ開けようとしたって開かないわよ。爪跡に魔力を流せば開くから……どいて、私がやる。私なら、いきなりモンスターが出て来ても痛くも痒くも無いんだし」
マチルダを押し退け壁の前に立ったカタリナが少しの間、眼を閉じ魔力を流し込むと壁は音も無く消失し、その向こうに小振りな宝箱が置かれていた。
逆に言えばそれ以外には何も無かったし、モンスターの姿も無い。
【罠解除】を持っているオレが歩み寄り、宝箱を確認すると、スキルがたちまち警鐘を鳴らし始めた。
罠が掛かっているようだ。
「罠が掛かっているな。皆、ちょっとだけ離れておいてくれ……っと、これ二段構えだぞ。…………よし、開いた」
苦労した甲斐が有ったのか無かったのか、それは宝箱の中に収められていたスキルブックのスキル次第。
オレが確認しても良いが……気付いたのは妻だ。
妻に手渡し、確認して貰うことにした。
「亜衣、これ自分で中身を確認してみなよ。良さ気なスキルだったら使って良いから」
「うん。どれどれ……え、これ聞いたこと無いヤツだよ。 ヒデちゃんが使った方が良いんじゃない?」
「何てスキル?」
「【挑戦者】だって。使ってみてよ。私は良いからさ」
「え? だって、せっかく……」
暫し押し問答……すると、見かねたマチルダが痺れを切らした。
「アイが良いって言ってるんだから貰っちゃえば? 使わないなら私が貰うよ?」
そこまで言うなら有り難く使わせて貰おうと思ったのだが……
『エラー……当該スキルの取得は不可能です。他者に取得権限が固定されています』
【解析者】の声が脳内に響く。
「ヒデちゃん、どうしたの? 早く覚えちゃってよ」
「いや、そのつもりだったんだけど無理みたいだ。どうやら、これ亜衣専用っぽい」
「え、そんなこと有るの?」
「ほら、オレのスキルでさ【解析者】って有るだろ?」
「あぁ、脳に直接スキルの人の声が聞こえて来るヤツ?」
スキルの人って……。
まぁ、良いか。
「そう、その【解析者】が教えてくれたんだ。この本のスキルは取得権限が固定されているらしい。使える人が決まってるってことみたいだな」
「そっか、じゃあ使ってみるね。私じゃなかったら、マチルダかカタリナっていうことになるもんね」
そうか、そういう考え方も有るよな。
でも、何故だかオレは確信していた。
このスキルは亜衣が覚えるべくして見つかったスキルだと。
それは『ケット・シーの爪跡』の話を聞いた時から何となく予感していたものだった。
そして……その予感は間違いでは無かったのだ。
──亜衣の運命が明確に変わり始める。




