第21話
……身体が軽い。
久しぶりの長時間に及ぶダンジョン探索で、間違い無く疲れているハズなのに、むしろ恐ろしく身体が軽く感じるのだ。
ゲームのように数値化されたレベルみたいなモノは存在しないが、ダンジョンでモンスターを倒した分だけ、外界に戻ると身体能力の向上が見られるのは広く知られている。
もちろん劇的なモノではないので、繰り返し繰り返しダンジョンに潜っている人が、ふと気付いた時には、既に以前と別人のような身体能力を得ている……といったところか。
つまり一朝一夕には体感しにくいのだ。
ほら、こんな経験は無いだろうか?
自分では感じていない体重や外見の変化を、久しぶりに会った知人に開口一番に指摘される……ちょうど、それに似ている。
自覚しないまま、いつの間にか変化が出ているという意味ではソックリだ。
普通はこんな風にダンジョンを出てすぐハッキリ自覚出来る程、身体能力が短時間で向上することは無い。
コレは、やっぱりアレかなぁ?
例の【解析者】……このスキルを得たからなんだろうな。
能力上昇率の増加といい、スキルブックを介さずに【槍術】スキルを習得したことといい、早くもその恩恵を実感してしまった。
実家の玄関を開ける。
とても良い香りがする……今夜はカレーか。
「ただいま~」
◆
装備を最低限の物以外は外し、顔や手を洗い身綺麗にしてから食事にありつく。
食事中は極力ダンジョン内での血生臭い話題は避け、おチビ達が食卓を離れてから父と兄に今日の探索の成果を報告した。
途中、色々と質問も受けたが、今夜の話し合いで最重要なレアアイテムの振り分け案は、オレも内心で想定していた通りのものだ。
腕力向上剤は妻。
ラックの指輪はオレと兄が交互に使用し、所有権はオレ。
甲殻の護符は、ダンジョンに挑戦する父と妻が交互に使用。
母と義姉は当分の間、家事や子供達の世話に専念する。
普段のほほんとしている妻だが、幼少の頃からの薙刀経験者なので、母や義姉より先にダンジョンに挑むことになった。
妻が得物にする予定の薙刀については、明日の午前中にダンジョンに挑む兄と父が、ダン協に併設された武器店で購入して来てくれることになった。
薙刀は競技人口のそれなりにいた武道だから、在庫が無いという心配は恐らくいらないだろう。
ちなみにだが、兄の得物は我が家に昔から伝わる白鞘の御神刀。
父は杖術の達者なので、ひとまずオレの予備武器である短槍。
オレが初心者の頃に愛用していた物で、軽くて使いやすいハズだ。
柄が木製なので下手な角度で突き入れると破損してしまう可能性も若干は有るが、父に限っては何の心配もいらないだろう。
明日以降の見通しにある程度の目処がついたところで、テレビでの情報収集の結果について聞いたのだが……こちらは悲惨の一言だ。
都市部のダンジョン周囲3キロメートルに渡って避難命令が出され、自衛隊や警察の機動隊などが避難誘導のために動員されたのだが………避難する側、させる側の双方にかなりの数の被害者が出てしまっていた。
さらには、やはりダンジョン探索を専門にしている人々にも犠牲者が相次いでいる。
それすなわち死亡確定というわけではないだろうが、未帰還者という形で名前が挙がる中にも貴重な人材の名前が、目眩を覚えるほど連なる状態だ。
今日たった一日でどれだけの人命が損なわれ、そしてどれだけの探索者の精神が、戦うことを二度と選ばせないぐらいほどのドン底まで叩き落とされたことか。
その後も入り続ける凶報、悲報に、陰鬱な気持ちがいや増す中、最悪の一日の夜は更けていく。




