第207話
遠くに海が見える。
目的のダンジョンに近く、かなりの広さを誇る公園に転移したオレは、周囲に居たモンスターをエネアと共に蹴散らし、ドロップアイテムを片っ端から『空間庫』に収納していった。
作業を終え、ふと視線を上げた先に見えた光景が、彼方に見える水平線というわけだ。
小高い丘の上に位置するこの住宅街は、20年以上の歴史を誇りながらも、最近まで新規造成が行われていた地域で、それなり以上に住民も多かった。
その一角に幼稚園から短大まで有る私立の学校が有って、今から18年前にダンジョン化したのがそのうち短大の大講堂だった建物だ。
住む人、常駐する人が居ない建物がダンジョン化しやすいと分かってからは、こうした現役の建物が乗っ取られるケースは激減していったものの、当時はまだまだそうした統計が出揃っていなかった時期でもある。
当時の運営側の責任を問うのは少しばかり酷というものだろうが、今こうして昼日中から公園内を元地域住民らしきアンデッドモンスターが大量に闊歩しているのを見てしまうと、どうしてしっかり夜間の警備員を置いておかなかったのかとも思ってしまう。
さすがにドラゴンが飛んでいたり、巨人が歩いていたりはしないものの、公園の敷地内を出るか出ないかといったタイミングで、ホブゴブリンやオーガ、トロルなどの強力な亜人系モンスターだったり、デビルと呼ばれることもあるいわゆる堕天使だったり、インプやレッサーデーモンなどの悪魔系モンスターが大量に現れてはアンデッドモンスターの群れに加勢してオレ達に襲い掛かって来た。
アンデッドや亜人系のモンスターは、これまでと同様にオレしか目に入っていないかの様な動きを見せているが、悪魔系モンスターはむしろエネアを優先的に攻撃対象にしている。
エネアの実力的に、今のところはまだまだ危ない場面に陥ることは無さそうだが、今後は同系統で上位のモンスターとも戦う機会が多くなる筈だし、こうした特徴が今のうちに分かって良かったと思うべきなのだろう。
恐らくコイツらは、判定者としての責務を敢えて放棄している。
しかし……聞いていた限りでは、ここのダンジョンのモンスターは魚系と亜人系のみだった筈なのだが、またしてもイレギュラーなダンジョンなのか?
魚系のモンスターが陸地しかないダンジョン外に出て来ないのは分かるが、ダンジョン外でランダムポップしたにしては悪魔系のモンスターの数が多すぎる。
自称亜神の少年や推定亜神の少女以外の管理者が、ここのダンジョンに居る可能性は極めて低い筈なのだが……。
管理者絡みで無いとすれば……うーん、何だろうな?
守護者が特殊な能力を持っていて、これらの悪魔系モンスターを使役しているとか、守護者自体が悪魔に属する存在か。
今のところ、そのぐらいしか思い付かない。
ここのダンジョン、わりと複雑な構造なうえ難易度自体も高くて人気がイマイチだったせいで、いまだに未踏破だったりするのだ。
まぁ、守護者のところまで辿り着けば理由もハッキリするだろう。
◆
周辺の掃討は思っていたより短時間で終わった。
ここでも活躍したのが【遠隔視】だ。
屋内の様子も外から窺えるため、モンスターの潜んでいる建物か、そうでないかがすぐに判明する。
近距離なら消費魔力も少なく済むし、何より発動までの時間も極めて短時間なので、かなり便利で使い勝手の良いスキルと言えるだろう。
おかげで無駄な屋内探索を行わなくて済んだのが非常に大きかった。
問題はダンジョンそのものだ。
自然洞窟型の作りなのに、入った瞬間からもう磯臭さが凄かった。
海水が至るところに流れ込んでいるような海辺の洞窟を模しているのかもしれない。
行く手を遮るモンスターは、いわゆる『戻り』以外に魚系のモンスターが次々に登場している。
細かい名称は避けるが、ウツボやゴンズイなどに加え、マグロやサメなど大型のモンスターも多かった。
意外なところでは巨大なテッポウウオのモンスターも出現したのだが、テッポウウオは海水でも活動出来ただろうか?
マングローブなどの生い茂る熱帯の河川などに生息しているイメージが強かったのだが……。
まぁ、サメやウツボはともかく、マグロが海辺の洞窟の中にまで入ってくるイメージも湧かないし、現にモンスターとして立ちはだかってくる以上は倒すしかないのも事実だ。
そもそもダンジョン相手に常識なんて通用しないのだし。
モンスターの強さや特性以上に厄介だったのは、何といっても陸地が途絶えているところが非常に多いことだろう。
水中でも何の不都合も無さそうに襲い掛かってくる悪魔系モンスターや、水中でこそ本領を発揮する魚系モンスターが待ち構えている中を、それらのモンスターと戦いながら泳ぐのは普通なら至難の業だ。
エネアの精霊魔法の援護が無かったら、オレも攻略に来ること自体を避けていたかもしれない。
エネアの精霊魔法のおかげで、水中でも全く問題なく呼吸が出来るし、湖畔ダンジョンのマーマンから奪った【水圧耐性】があるおかげで、それなりには戦えている。
子供の頃に嫌々スイミングスクールに通っていた経験も活きていた。
人並み以上には泳げるし、人並み外れて向上した身体能力は水中での活動にも役に立ってくれている。
水中でも戦えるが、どうにか向こう岸についてしまいさえすれば、陸地でモンスターを迎え撃つのは非常に楽な作業だった。
とは言うものの、やはり普段のダンジョン探索よりは体力や精神力を消耗したし、ずぶ濡れの衣類は着ていて気持ち良いものでは無かったので、また来たいとまでは思わない。
守護者が居るであろう部屋は、もう眼と鼻の先に見えている。
最後の最後で、先ほどまでより明らかに強そうなモンスター達が待ち構えていたが、陸の上で戦う分には特に支障にもならないだろう。
さぁ、さっさとコイツらを全滅させて守護者の顔を拝むとしようか。




