第206話
鍛冶師としての柏木さんの進化が、いよいよヤバいレベルになってきている。
オレがこのことに気付いたのは、カタリナと兄、それからマチルダと一緒に新しくダンジョンを攻略しに向かうことになった妻の出で立ちを見た時だった。
妻のメインウェポンは薙刀のままだが、サブウェポンとしていつの間にか拳銃を持っていたのだ。
しかも、どう見てもゴツいヤツを持っている。
細身な妻には酷く不釣り合いに見えた。
「亜衣、それどうしたんだ?」
「あぁ、コレ? 柏木さんに貰ったんだ~。試作品なんだって。良いでしょ~?」
「……え、ソレ柏木さんが作ったのか? ちょっと見せて貰える?」
「良いよ。ちょっと待ってね? はい、どうぞ」
手に取って見てみても、やはりゴツい。
実際、重さもかなり有りそうだ。
こういう時、上がりすぎてしまった身体能力が災いして正確なことが分からないのは、少しばかり不便に感じなくもない。
日々、成長している筈の息子を抱えあげてみても重たくなったことが分かりにくいのは寂しい限り……。
まぁ、身体能力が向上したおかげで今まで生き残れているのも間違いないのだから、痛し痒しといったところだろうか。
それはさておき……現代の銃というのは精密な機械にも似ている。
いくら鍛冶の技術が有っても、そう簡単には作れない筈なのだが、手にした拳銃に特におかしなところは見当たらない。
もちろん、オレも実物をこうして手にしたのは初めてなのだから、少し見ただけで銃の良し悪しが分かるとも思っていないが。
「良く出来てる、のかな? 柏木さん、拳銃なんて作れたんだなぁ」
妻に銃を返しながら問い掛けると……
「初めてみたいだよ。ってかコレ、厳密には普通の鉄砲とは違うモノなんだって」
……そんな答えが返って来た。
「ん? どういう意味?」
「なんかね。コレ、中にタマを入れなくても撃てるらしいよ。使う人の魔力そのものを射ち出すんだって。無属性砲とか言ってたかな?」
妻はさらっと言ったけど、それ滅茶苦茶ヤバい代物なんじゃないか?
もう一度、妻から銃を借りて今度は【鑑定】してみる。
『無属性砲……拳銃型の魔道具。常に周囲の魔素を取り込んで蓄積し、銃弾の代わりに射ち出す。蓄積魔素量が足りない場合は使用者の体内魔力で代用可能。いずれの場合も射出されるのは純粋な魔力の弾丸なので属性は付かない』
うわぁ……。
魔道具って、つまりマジックアイテムだ。
マジックアイテムを自作した人物というのは、こちらの世界では恐らく前例が無いだろう。
しかも無属性魔法ってカタリナが追い求めているっていう、一つの魔導の極致じゃないか。
無属性なら理論上は属性相性に左右されないわけで、どんな相手にも常に一定の効果が得られることになる。
実際、妻に返した筈の拳銃は既にカタリナの手に渡ってしまっていた。
先ほどまで確かに人形だったカタリナだが、今はもうどこから見ても人間にしか見えない。
熱に浮かされたような眼で、夢中になって拳銃を見ている。
下手をすれば分解されてしまいそうな勢いだ。
「カタリナ、悪いけど程々で返してやってくれよ? 亜衣、柏木さんはこれをどうしろって?」
「えとね、取り敢えずどんどん使って見てくれって。耐用試験とかって言ってた」
「同じ物は他にも有るって?」
「うん、何人かにサンプルを渡してるらしいよ。遅くても明日までにはヒデちゃん達にもくれるってさ」
思わず話し込んでしまったが、既に予定していた時間を過ぎている。
久しぶりにオレと妻が長々と話していたのが嬉しかったのか、息子がオレの膝の上に来て落ち着いてしまっていた。
キラキラした瞳で、オレと妻の顔を交互に見ている。
◆
ひとしきり息子を撫でくりまわして癒されたオレはようやく自宅を出て、今日の目的地へと向かう。
まだ、オレの【転移魔法】について知る人は少ないため、カモフラージュのため最寄りのダンジョンまでは車移動だ。
エネアは助手席ではなく後部座席。
幼稚園に行っていてもおかしくないぐらいの年恰好なので、助手席だと少しばかり収まりが悪い。
ダンジョンに入ってすぐ【遠隔視】で今日の目的地のダンジョン周辺を見ていく。
ダンジョン外を闊歩するモンスターの分布状況や、生存者が居る可能性を探るためだ。
今までに見つけた生存者は、湖畔ダンジョン周辺の住民達を除けば、今のところ移住を希望する人は少なかった。
自宅や周辺地域が今のところ安全地帯に有る人が大多数で、家を失って避難していた人は少数派だったからだが、そうした人達も温泉街の元旅館やホテルに分宿して生活している。
今のところ妙なトラブルを起こすようなタイプの人が来ているという話は無い。
むしろ地獄に仏とばかりに救われたことを感謝してくれていて、各種活動に精力的に取り組んでくれているらしい。
ひょんなことから得た【遠隔視】だが、このスキルは非常に使い勝手が良かった。
距離が離れれば離れるほど消費魔力が多くなっていくのが難点と言えば難点だが、欠点と言えそうなものは他には無いように思える。
ある程度の偵察が終わったら、今度は【転移魔法】で飛ぶ先を見つけるのにも役立ってくれていた。
飛んだ先で岩や樹木、モンスターに激突したり、万が一にも無いとは思うがそれらと融合してしまったりする危険性を、完全に排除出来るのは地味に大きい。
さて……特に問題も、生存者も見つからなかった。
今日の攻略を始めるとしよう。
帰ったら柏木さんのところには絶対に寄らないとな。




