第195話
まさか、いきなり戦闘になるとは……。
片言とはいえ喋れるようだったからには【交渉】自体は可能な筈だが、残念ながらその性質的にまともな意思の疏通が不可能な相手だったのだ。
マイコニドの親玉が突然オレ達に攻撃してきたため、結果として守護者同士の戦闘というよりは本来の探索者によるダンジョンアタックと見なされたのか、戦闘が終了した時点でダンジョンが崩壊を開始してしまい、気付いた時にはダンジョンの入り口の前まで強制的に転移させられてしまっていた。
こうしてダンジョンが崩壊したからには、この地域は完全にダンジョンの支配領域から脱したため、安全地帯へと変貌を遂げたことになる。
それはそれで1つの目標は達成したとも言えるかもしれないが、肝心なもう1つの目標……オレへ自動的に流入する魔素量の増大は成し得なかった。
せめてもの慰めはダンジョン攻略報酬として、久しぶりにスキルを得られる宝珠が手に入ったことだ。
ド田舎ダンジョンの踏破報酬は、モンスターの侵入を完全に妨げるテントだったので、今は『空間庫』の中に入っている。
いずれ使わせて貰う場面も来るだろう。
温泉街のダンジョンの踏破報酬は、物理攻撃にも魔法攻撃にも有効な大盾状の力場を瞬時に展開する腕輪だったため、既に有り難く使わせて貰っている。
今回は特に、マイコニドの胞子を誤って吸わないための防護アイテムとして、非常に役立ってくれた。
一応、エネアが風の精霊に働きかけて胞子がオレ達の方に飛ばないようにはしてくれていたが、それでも念には念を入れておくに越したことはない。
さて、この『識者の宝珠』を手に入れたのも久しぶりだ。
幸い使用方法は、まだ覚えている。
目を閉じ握りしめ、念じるだけだ。
すると……
『有資格者による使用意思を確認……内部抽選に当選しました……固有スキルの付与を実行します……エラー……固有スキルは既に付与されています……入手履歴の取得に成功……再試行は省略します……引き続き新規スキルの創成に取り掛かります…………エラー……新規スキル創成に成功しました……当該スキルの付与を実行します……スキル付与成功……スキル【遠隔視】を付与しました』
この声を聞くのも久しぶりだ。
普段、聞き慣れた【解析者】のものより、さらに硬質かつ機械的な音声。
新規スキルとして創られただけのことはあり【遠隔視】は、かなりの性能を有している。
しかし『識者の宝珠』を使用するのが2度目だからなのか、前回得られた【転移魔法】よりはおとなしめなスキルとも言えるかもしれない。
それでいて【転移魔法】との相性は抜群だ。
訪れたことのある場所なら、それがどんなに離れていても魔力さえ不足しなければ、どこでも視ることが出来る。
さらには見通せる距離はグンと短くなるが、訪れたことの無い場所でも、ある程度まではスキルの適用範囲となるため、非常に使い勝手が良さそうだ。
屋内外を問わずに使えるのも便利な点だろう。
例えばダンジョン探索時に、目の前の小部屋の中身を部屋の扉を開けぬまま、先に見たりも出来る。
それでいて消費魔力は【転移魔法】より遥かに少ない。
【遠隔視】で先に転移先の状況を確かめてからなら、安心して【転移魔法】を使うことが出来るのは大きなメリットだし、これから攻略に向かう先にどんなモンスターが居るか分かれば、あらかじめ対策を練っておくことも可能だ。
ダンジョンの制圧に失敗してガッカリしていた気持ちも嘘のように晴れていく。
むしろ厄介なマイコニドの跋扈するダンジョンを管理下に置いておくより、ここで壊してしまっておいた方が、後が楽だとさえ思えるようになっていた。
……我ながら現金なものだ。
まぁ悄気ていても仕方ないのだし、次々といこうか。
出来たら今日中に、あと2ヵ所は回りたい。
◆
近隣のダンジョンのうち、比較的無難な難易度だとされている湖畔ダンジョン。
探索者人気はそこそこ……周辺人口もそこそこ。
ダムとして使われている湖だが、畔の片側が全て国立公園の敷地となっているため、観光地としてもそこそこ。
周辺地域のモンスターは数日前、兄達が生存者を救出する際に徹底的に排除したため、さほど苦労することも無く殲滅することが出来た。
ダンジョンの元になった建物は老朽化により建て替えが決まっていた古い方のダム管理事務所なため、規模としては小さい部類に入る。
モンスターにもクセが少なく、オレが初めて目にした魚系のモンスターについても、さほど脅威とも思えなかった。
強いて難点を挙げるなら、小川や沼、さらには湿地帯としか言い様の無いところを通る機会が多く、ダンジョンを踏破する頃には着ているもの全てが水浸しの泥まみれになってしまったことだろうか。
水中での呼吸についてはエネアの精霊魔法の助けを借りたが、ダンジョンを踏破するだけなら本来それも必要無い。
水底に沈んでいた宝箱が何個か有ったので、それを回収するためにエネアの魔法のお世話になったわけだ。
魔法以外なら、フル装備のダイバーなり、素潜りの達人かを連れてくるしかない……といった場所に宝箱が有るということは、そうした宝箱の中身には相当に期待が持てようというもの。
実際かなり良いものが入っていたが、これまではあまり回収されることが無かったのだろうか。
案外そうした機会は多かった。
階層の広さも、階層数も、階層ボスの強さも総じて大したものでは無く、守護者の部屋に着くまで、それほど時間が経ってはいない。
このダンジョンの守護者は、いわゆるマーマン。
マーマンは、メロウとかマーメイドと呼ばれている人魚の男性版なのだが、どちらかと言うと半魚人と言った方がしっくり来る見た目だった。
いつものように、仮初めのラスボスを倒した後で【交渉】を申し込んだが、人間の下に付くことを良しとしなかったため、やむなく【侵攻】に切り替えて討伐することになる。
今回は、交渉決裂という結果自体はマイコニドの時と同じだったが、いきなり襲い掛かって来るようなことは無く正々堂々の戦いの末、無事にマーマンから守護者権限を奪い取ることに成功した。
踏破報酬は【水圧耐性】のスキルブックだったため、これは持ち帰ることにする。
マーマンを倒して強奪することが出来たスキルなので、オレには無用の長物といったところだ。
使いどころは限定されるかもしれないが、兄にでも覚えて貰おう。
さて……今日のノルマは、あと1ヵ所。
次は、どこに向かおうか?




