第175話
いつの間にか【転移魔法】で、かなりの距離を飛べるようになっていた。
これまでは飛んだ先の状況が分からないことから、仙台駅のような主要施設や、オレの勤め先、または海岸沿いなど、行ってみたい所が候補に出てきても、無視を決め込んでいたのだが、今回【転移魔法】の転移候補として加わったのは母の実家だ。
電話やスマホが未だに使用可能な理由は正確には分からないが、使えるからには飛んだ先の状況も分かる。
母方の祖父母は何年か前に相次いで他界しているものの、伯父も伯母も健在だし、勤務先が大したモンスターに襲われなかったことから難を逃れたという従弟も居るのだ。
あちらの状況を知ることは容易い。
同じ宮城県内とはいえ、母の実家までは直線距離で50Km以上は有る筈だが、そんな距離を瞬時に飛べるようになったのだから【転移魔法】も【解析者】に劣らず何とも規格外なスキルと言える。
あれ以来、何度かやり取りは有ったが、のどかな田園風景の広がる母の実家の付近には、そもそも全くと言って良いほどダンジョンが無い。
最寄りのダンジョンでも7Km以上は離れていた筈だ。
そのためこちらよりも余程に安全に日々を過ごしていたことから、かえってオレ達の方が心配されていたぐらいだった。
しかし……だ。
いつまで母の実家は安全なのだろう?
今のところは大丈夫でも、いつまでも大丈夫とは言い切れない。
また何らかの『ルール』変更が行われないとも限らないのだ。
すぐどうこうするべきでも無いのだろうが、一度は機会を設けて話し合ってみるべきかもしれない。
結局、何分かは考えごとはしていたものの、オレだけ母の実家に飛んでいっても仕方ないし、いったんは自宅に戻ることにした。
今日は無駄な詮索をされないために、敢えて車で来ている。
いずれは家族以外の人達へも【転移魔法】のことを話す必要は有るだろうが、それは今ではない。
いったん第1層のボス部屋に飛んでから、最短距離でダンジョンを出て駐車場に向かった。
ボス部屋にはまだギガントビートルの姿はなく、第1層のモンスターも数が少ないままだったのだが、それは想定内。
明日、しっかりと兄達に間引きし直して貰えば良いだけの話だ。
◆
自宅に戻ったオレだったが、まだ生存者達の救助に向かった面々は戻って来ていなかった。
自宅に居たのは、自宅の警固のため在宅してくれている父と、おチビ達の面倒をみるためにそもそも戦闘に加わっていない母と義姉、それから当のおチビ達と飼い猫のエマ。
帰ってきたオレに気付いた息子がダッシュで胸に飛び込んで来る。
息子の走る姿はいつの間にか、すっかり安定していた。
こないだまで、よちよちしてたのになぁ……。
しばらくリビングで寛ぎながら、母に先ほど気付いたことを話す。
意外そうにしていたが、特に急いで何かをする必要性は感じていないようだ。
田植えの時期になったら連れていって貰おうかな……等と口にしている始末。
まぁ、半ば予想していた通りの反応だ。
義姉の実家は、宮城県内の漁師町。
義姉の実家も母の実家と似たような状況で、ダンジョンが近くに無いため、あまり緊張感も無いらしい。
何か起こる前に飛べるようになるに越したことは無いのだが、こちらはそもそも訪れたことが無い。
とはいえ、海に繋がる道筋は出来たら切り開いておきたいところだ。
塩だけは無くなったら生きていけないし、ダンジョン産では無い海産物も補充が出来るなら、是非ともしたい。
……他のエリアよりは優先的に目指すべきだろうか?
話し合いとも言えなそうな雑談をしながら待っていると、ようやくにして兄達が帰ってきた。
救出は無事に成功したらしい。
マチルダも狼の姿になるまでもなく、得意の弓で大いに活躍したという。
時間が掛かっていたのは主に住居の配分などで、避難してきた人にはかなり窮屈な思いをさせることになりそうなのだそうだ。
概ねは予想通り。
こちらも状況を話すと、兄はすぐさま上田さんや佐藤さん、それから亡くなった星野さんの弟さんをうちに呼び寄せた。
そして行われる話し合い。
上田さんは、帰宅を希望する人がそれなりに居ると言っていたし、それを受け入れる形で徐々に帰宅を促していけば、新しく避難してきた人の住環境も少しは良くなるだろう。
佐藤さんの方でもダンジョン探索やモンスター討伐に、どうしても向かない人がいることに頭を悩ませていた。
働き盛りの年代や、まだまだ動ける年代の人でも、誰もがモンスターとの戦闘を苦にしないわけでは無いのも至極当然な話だ。
安全が確保出来たのであれば、そういった人達にも、幾らでもやって欲しい仕事はある。
その代表格が農業なのだが、そういった種々の調整を2人には担当して貰うことになる。
そうなると自警団とも言うべき戦闘班のリーダーが一時的に不在になるわけで、兄が何で星野さんの弟さんを呼び寄せたかと言えば、これらの認識を共通して貰っておいて、一時的な代行という恰好にはなるが自警団のリーダー役を星野(……の弟さんは今後は省略)さんに任せるためらしい。
ちょうど良い機会なので、スタンピードの件についても話し合うことにした。
最寄りのダンジョンは、明日の間引きと当日はオレが出入り口のところで蓋をしておけば良いとして、問題はド田舎ダンジョンの方だ。
明日、片手間に踏破することは決して不可能な話では無いだろうが、守護者が表に出てくるかは分からない。
普通に考えれば自室に引き籠って出てこないだろう。
そうなれば間引き以上の意味は無いことになるし、防衛戦の是非について話す必要が有ったのだ。
◆
話し合いの結果として……最寄りのダンジョン第6層までの間引きについては兄が担当。
フォートレスロブスター(要塞エビ)戦だけは、若干の不安が残るが、兄の魔法行使能力も徐々に伸びてはいることだし、ここは任せることにした。
最悪、そこだけオレが助っ人に行っても良い。
そして第7層と第8層の間引きはオレが行う。
これは現状では他に選択肢が無い。
問題のド田舎ダンジョンだが、防衛戦は結局やることになった。
当日は兄も防衛に従事するため、万が一が起きる可能性は低い。
明日の間引きについては、低層を星野さん率いる自警団のメンバーが担当。
柏木さん、森脇さんがフォローに徹する。
深層を攻略しながら間引きする担当が、妻とマチルダ、沙奈良ちゃん、右京君……それから、父だ。
自宅の守りが今後は必ずしも要らなくなったため、満を持して父が戦列復帰することになった。
自宅の守りについては、二階堂さんに頼んでおこう。
柏木さんの奥さんや、倉木さんも呼んでおいた方が良いかな。
大丈夫だと頭では分かっていても、皆まだまだ不安だろう。
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そうした話し合いが終わり、夕食も終わった後のこと。
オレと妻は、あることについて話さなければならなかった。




