第165話
有難いなぁ……素直にそう思う。
完全にオレを殺すつもりで配置していたのであろう、強大なモンスターの群れ。
天使や悪魔は、第7層で苦労して倒した中ボスクラスのものが普通に混ざっているし、機械の女神も第7層の階層ボスと全く同じものが確認出来た。
極めて珍しいとされるトロルメイジや、マチルダを上回る強さのライカンスロープ……ワータイガーやワーベアーさえも立ち塞がったし、他の系統のモンスターより明らかに数の多いアンデッドモンスターの中には、あの凶悪なワイトまでもが含まれている。
さすがにバンパイア以上の存在まではいなかったが、他のダンジョンなら守護者として最深層に君臨していても不自然では無いほどの強者達が、ここでは一兵卒として扱われていた。
質量ともに今まで経験したことの無いほどのレベルの魔物の大群がオレの行く手を阻む。
少し前のオレなら衆寡敵せず……数の暴力の前に不覚を取っていたかもしれない。
しかし、その少しの時間でオレの戦力は飛躍的に上昇している。
そのため、バンパイアが配した確実にオレを殺し得た筈のモンスター達は、むしろオレの成長を助ける糧にしかなり得なかった。
今朝は先を急ぐあまり、戦うこと自体を避けたミスリルゴーレムの群れさえも、今度は丁寧に1体残らず倒し尽くす。
【存在強奪】の副作用なのかもしれないが、今のオレは常にモンスターの存在力を大量に喰らわないと飢えたような感覚に悩まされるようになってしまっている。
いや……それは正確な表現では無いのかもしれない。
いくら喰らっても、この飢えは消えて無くなりはしないのだ。
倒しても倒しても、次々と現れ続けるモンスター達。
奥に進めば進むほど、一度に現れる数も増えていった。
集中していく。
依然として脆弱なままの身体は、これら強敵の一撃を急所に貰えば、一瞬にして事切れてしまうことだろう。
HPなんていう不可思議なものは存在しない。
没頭していく。
強いモンスターを倒せば倒すほど、強化されていく身体能力と魔力保有量。
HPとは違い、こちらは明らかに増えていくMPとでもいうべきもの。
最適化していく。
バンパイアが弱者を好まない性格をしているせいか、一体一体の強さは恐ろしいほどだが、その分バリエーションには富んでいるとは言い難い。
幾ら強いモンスターでも、攻撃パターンを無限に持ち合わせているわけでは無いのだ。
モンスターごとに、得手不得手というべきものは確実に有って、オレの動きの無駄を省いていくことで、徐々に効率よく殲滅することが出来るようになっていった。
【解析者】の声が脳内に響くたび、オレの強さは増していく。
『スキル【身体能力強化】のレベルが上がりました』
『スキル【光属性耐性】を自力習得しました』
『スキル【パリィ】のレベルが上がりました』
『スキル【餓狼操躰】のレベルが上がりました』
『スキル【魔力消費軽減】を自力習得しました』
『スキル【火魔法】のレベルが上がりました』
今朝、訪れた際にモンスターハウスの様相を呈していた部屋。
そこに犇めいていた、今朝を上回る数のモンスター達さえも、あっという間に白い光に包まれて次々に消えていく。
殺すたび、奪うたび……その存在を喰らうたび……オレの勝率は確実に上がっている筈だった。
正直なところ、マチルダの首筋に噛み付く吸血鬼の姿を見た時、怒りより先に恐れを感じたのも事実だが、今なら恐らく勝率は五分五分といったところだろう。
あと少し……あとほんの少し…………そう思いながら、自ら敵の姿を求め戦い続けていたオレだったが、突然パタリとモンスター達が現れなくなってしまった。
これの意味するところは、ただ1つ。
どうやらオレの成長速度の異常さ……そのカラクリに気付かれてしまったようだ。
欲を言えば、もう少しだけ力を付ける猶予が欲しかったところだが、気付かれてしまったものは仕方がない。
遮る者の居なくなってしまった迷宮を、ゆっくりと進んでいく。
自分でも気付かない間に、すっかり上がってしまっていた息を整える意味でも、そうしたのんびりとした移動は良かったと思う。
だからといって疲れまで全て消えて無くなるわけでもないので、階層ボスの部屋を目前にして立ち止まったオレは、『空間庫』から取り出したスタミナポーションを一気に呷る。
今日のオレは、集中力を保つため、傷を負うたびに魔法で癒していたが、傷を負うということは血液を失うことと同義だ。
午後からの探索では、それほど負傷する場面も無かったが、午前中はそれなりに危ない橋を渡った分だけ、血液を失ってしまっている。
念のため、作ったばかりの造血ポーションも同じく『空間庫』から取り出して飲み干す。
こうして、気力、体力ともに整い、身体能力や武器にエンチャント(補助魔法)も掛け直したオレは、意を決して階層ボスの部屋の扉を開ける。
中には散々オレに虚仮にされて怒り心頭といった様子の腐れバンパイアと、よくもまぁここまで……と、思わざるを得ない本気の布陣を整えてオレを待ち構える取り巻きモンスター達の姿があった。
そして……今度は無言のまま放たれたオレの先制の一撃によって、激戦の幕が切って落とされる。




