第153話
森脇さんの肩を首尾よく治すことに成功し、自宅に戻ったオレは、玄関で息子の満面の笑みに迎えられた。
どうやらオレが昼寝から起きたことを知って、父の部屋から出て来ていたらしい。
左手にお気に入りの絵本を持っているから、恐らくオレに読んで貰うつもりだったのだろう。
あと1ヶ月もすれば2歳……息子は今の生活をどう思っているのだろうか?
コロコロ住むところは変わるし、しょっちゅうオレとや両親、従兄弟達と遊べるようになった。
なのに大好きな外遊びはあまり出来ていなくて……毎日のように行っていた真新しい公園には暫く行けていない。
せめてもう少しお喋りが出来るようになっていたら、息子の気持ちももっと分かったのだろうが……。
まぁ、上の甥っ子のように、毎日のように『アニメ見たい』だの『オモチャ買いに行こう』だの言わないだけ良いのかもしれないな。
夕食は出来たようだが、兄の帰りが遅い。
帰りを待つ間、息子にせがまれるままあれこれ絵本を読んでやる。
……いや、読んでやるつもりなのだが、息子はオレが読み終わるより早くページを捲るし、時には最初のページまで平気で戻す。
それでいて、読む声を止めるとオレの顔を見上げて催促をする。
その時の顔が妻にそっくりで、可愛くて仕方がない。
結局、息子の好きなように捲らせてやり、開いたページに合わせて読むことになる。
「ただいま」
しばらくそうして息子の相手をしていると、ようやく兄が帰ってきた。
……表情は暗い。
やはり湖畔ダンジョン付近も、モンスターの巣窟になっていると見るべきなのだろうか?
夕食の時は誰も血生臭い話はしないようにしているため、兄から事情を聞けたのは父がおチビ達を風呂に入れている間のことになった。
結論から言うと、生存者は居た。
しかし、スタンピード時の防衛戦自体は負けてしまったようで、兄が彼らを発見したのは湖畔ダンジョンから更に3Km進んだエリアでのことだ。
湖畔ダンジョンのモンスター勢力圏の向こう側……猫の額のように狭い安全地帯に、どうにか逃げ込んで集団生活をしているらしい。
食料は各人が持ち込んだ保存食と、やむなく中の物を使わせて貰っているコンビニの店頭にあった商品と在庫……それから安全地帯の中を流れる小川の魚などを釣ったり、捕まえたりしているのだという。
屋根の有る建物は僅かで、寝る時も横になるスペースが足りず非常に疲弊していたらしい。
人数は32人。
これが多いか少ないかは、何とも言えない。
しかも、戦えそうな年齢層の男性は極めて少ないという。
ダンジョン前の防衛戦だったり、敗退後の逃走中に亡くなったからだ。
食料や避難後にはぐれた家族を探しに、モンスターの跋扈する元の住まいに向かったまま、帰って来ない人もいるらしい。
さすがの兄も、それだけの人数を1人で護衛して帰って来ることは無理だろう。
それに独断で受け入れて良いものかも分からない。
とりあえずまた後日、出直すことを彼らに約束して帰って来たのだというが、ここまで帰りが遅くなってしまったのは実に兄らしい理由だった。
彼らのために、近隣のモンスターを倒しながら民家や商店なども探索し、何日かは余裕を持って過ごせる量の食料や、毛布などを彼らに届けたのだという。
しかも家主や店主が避難民の中に居るかどうか確認し、その許可を得たうえでの行動というから、兄には本当に頭が下がる思いだ。
オレなら、そこまで思い至らなかった可能性が高い。
このあたりまで話したところで、父やおチビ達が風呂から上がってきた。
おチビ達が寝るまで、相談はお預けだ。
◆
順番で入浴を済ませた頃、ようやく落ち着いて話せるようになった。
今夜は父も話に加わるよう要請したので、久しぶりに4人でテーブルを囲む。
父は万が一、急にルールが変わった際の護衛としてここに残っていることが多かったため、最近は話し合いに加わることも無かった。
母は息子の、義姉は甥っ子達の側に居てくれているため、おチビ達が起き出して来る心配もあまり無いだろう。
まず、兄が持ち帰った情報を共有。
次にオレの現状報告。
そして妻が同行したド田舎ダンジョンの探索に関しての話題が続く。
佐藤さんが中心になった地元有志の面々はド田舎ダンジョンで自衛戦力の増強とともに、食料の確保に勤しむことになっている。
ド田舎ダンジョンに関しては、スタンピード前と比べてもダンジョン内のモンスター数はあまり変化が無いらしく、食料アイテムのドロップ回収や採集なども、まぁまぁの成果が上がっているという。
妻や柏木兄妹は彼らより深層に向かい、やはり食料アイテムのドロップを集めたり、採集もして来ていた。
浅層で手に入るものとは種類も量も段違いなため、妻達は今後も徐々に深く潜ることになりそうだ。
ちなみに、上田さん中心の人々……戦いにあまり向かない青年会メンバーや女性達は、警察官立ち会いの下、スーパーやホームセンター、ドラッグストアから、商品を『買って』来ては、現市民センターに貯蔵している。
金銭そのものに今の世の中どれほどの価値が残っているかは分からないが、一応は値札通りの現金を置いて来ているという話だ。
生鮮食品のうち、まだ食用に耐えるものはウチにも多少は回って来ていた。
乾物やレトルトなどの長期保存が可能な物は市民センター内に保管され、警官達が監視を引き受けてくれているらしい。
少なくとも避難民の受け入れには、こうした積極的に活動している面々の代表格の承諾が必要になるだろうという父の意見に、誰からも異論は出なかった。
オレなんかには原理が全く分からないが、魔石の活用により高度に発展したAIによる自動化が推し進められた結果としてなのだろう。
未だにスマホは活きている。
主だったメンツに兄が代表して、明日の朝の召集を伝えていく。
オレがある程度は上手くボカして伝えたからでもあるのだが、結果としてこの日、オレの無謀気味なダンジョンアタックが殊更に問題視されることは無かった。




