第151話
もちろん単にバカスカとマギスティールを撃ち込んで……などという短絡的な話ではない。
オレが目をつけたのは、魔力と魔素と存在力との相互関係。
それから……魔力と自然回復と飛翔との相互関係だった。
要は、短時間での持久戦を仕掛けるということだ。
……矛盾している?
いや、全くもってそんなことは無い。
ここまでの戦闘ペースは非常に緩やかなモノだった。
それは、当然ながら互いに様子見が必要だったからということも有るのだが、もちろん理由はそれだけにとどまらない。
魔法戦での不利を嫌ったオレは、とにもかくにも接近戦に持ち込むべく立ち回ったし、天使も不思議と遠距離での魔法戦よりも接近戦を好んでいるように見えた。
もちろん、長槍の有利な間合いで戦いたがってはいたし、不利を悟ると諦め良く瞬時に上空へと飛び上がる。
しかし上空からの魔法戦はそこそこに、また武器戦闘の間合いへと戻って来る。
これはよほど自らの得物……つまりオリハルコンの槍に自信が有るのだと思っていたし、オレにとっても有難いことだったため、これまでは何とはなしにスルーしてしまっていた。
結果として互いに攻め手を欠く内容になったし、いたずらに時間を消費する結果に繋がっていたのだ。
それすらも、狡猾な天使の作戦なのではないかと邪推してしまっていた。
わざわざモーザ・ドゥーとの死闘が終わったタイミングで飛来して来たのだから、時間とともにオレの体力その他の消耗をも狙ってのことではないのか、と。
しかし……こう考えればどうだろう?
ヤツの魔力はオレの考えるほど潤沢なものではないとすれば……?
魔法戦、武器戦闘を問わず、戦っていれば必ず傷は負うことになる。
オレはそれを魔法で癒やすが、天使は特に魔法を使った形跡は無いのに、自然と傷は塞がっていた。
恐らくそうしたスキルを持っているのだろう。
では、それはノーリスクだろうか?
いや、そんなことは有り得ない。
何かを磨り減らして、傷を塞いでいる筈だ。
では何を……?
これは考えるまでもない。
魔力だ。
あるいはヤツの存在力の源になっているものかもしれないが、それとて魔力か魔素のどちらかでしかないだろう。
光属性魔法に回復魔法が無いとは思えない。
ではなぜ魔法で即座に癒やすのでは無く、スキルで癒えるのを待っている?
それは恐らく、その方がまだ消耗が少ないからだろう。
何故ずっと飛んでいるのでは無く、基本的には地上に居るのか?
空中では槍を振るうのに踏ん張りが効かないというのも、もちろん理由の一つでは有るのだろう。
では、それだけか?
飛んだままなら、魔法戦になるからではないのか?
魔法戦を空中から行う……それが嫌なのではないのか?
なぜ?
ここまで考えが及べば、答えは非常に単純だ。
飛ぶことそのものにも、魔力を使っているからだろう。
魔法戦を嫌うのはそのためだ。
魔力枯渇は即ち死に直結しかねないというのが、敵さんの事情に他ならない。
つまり天使とは非常に強力なモンスターでは有るのだが、同時に非常に燃費の悪いモンスターでも有るのだと思う。
そうと分かれば、ますます話は簡単だ。
命中精度や属性相性、周辺の魔素枯渇など一切合切を考慮せず、ガンガン魔法を放ってやれば良い。
オレの戦い方が変わったと見るや慌てて地上での接近戦に持ち込もうとする天使。
オレは武器での戦闘の最中も、これまで以上に魔法を放つことにした。
遠距離、近距離を問わず、他の魔法や鎗での攻撃を囮あるいは陽動に使ってでも、マギスティールだけは必中を期す。
時にはこちらから跳躍して空中に呼び込むことすらしたが、これはさすがに危ない行動だった。
この時ばかりは魔力の消耗を一切考慮していないかのように嬉々として空中戦に応じて来たし、天使の方が空中では数段上の戦闘力を持つのだということを、イヤというほど見せつけられてしまう。
命の危機を感じたオレは、全力で闇魔法を乱射しギリギリのところで危ういところを逃れたが、もう二度と空中では戦うまいと心に誓わざるを得なかった。
攻略の道筋を見つけても、天使が難敵であることに違いは無い。
槍術と敏捷はオレが勝るが、得物の優位と膂力では敵に分がある。
魔法の手数はオレが勝るようになったものの、相変わらず天使の方が魔法戦では優勢だ。
光属性魔法は相当に厄介だし、魔法への抵抗力も敵の方が高い。
回避が不十分で傷を負うことも増えてきた。
肉を断たせても骨を断てたなら、それで良いのだが結果としては、こちらが肉を断たせてもあちらの肉は断てるかどうか。
大袈裟に言うなら、肉すら断てていない状況だった。
それでも……明らかに天使はオレの今の戦い方を嫌がっているように思える。
その証拠に、先ほどから上空に飛び立つのを躊躇しているように見えた。
距離が開けば待っているのは魔法戦。
本来ならヤツに分がある筈なのに、それをしようとしない。
どうやら推測は正鵠を射ていたようだ。
そもそも存在するだけでも魔力を必要とするのが、目の前の天使に代表される非実体系モンスターなのだから、必要以上の魔力消費を嫌う傾向にはある。
これはレッサーデーモンも、モーザ・ドゥーも同じだった。
必要と有らば遠慮なく凶悪な魔法を放って来るが、基本的な攻撃スタイルは近接戦。
天使もご多分に漏れず、基本スタイルは近接戦だ。
『スキル【槍術】のレベルが上がりました』
そして【解析者】は何も倒した敵から力を奪うのが本質ではない。
対峙する敵の戦い方から学び取る能力を引き上げ、さらに修練や実践によって技の磨かれる速度を早めることさえ平気でしてのけるのだ。
むしろそちらのほうが本来的な能力といっても良い。
何よりこうして、激戦の最中にすらスキルのレベルを上げてしまう。
さしもの強敵も、急に一段と技の冴えを増したオレの突きは見事に受け損ねた。
深々と天使の喉に突き立つ鎗。
さすがにスキルで塞がるのを待てるような傷ではない。
槍を手放し、片手でオレの鎗を引き抜こうとしながらも、魔法で傷を癒やすべくもう片方の手を翳す天使だったが、片手の相手に力負けするほどオレも柔ではない。
さらに深く鎗を抉り込み、遠慮なく傷を拡大していく。
堪りかねた天使が両手で鎗を引き抜こうとするのには下手に逆らわず、素直に鎗を抜かせてやったが天使が回復魔法を使う隙までは与えてやらない。
ところ構わず滅多刺しにしてやる。
いったん魔法を諦め、オレの鎗の届かぬ上空へ飛翔しようと視線を向けた天使を待っていたのは、ここ一番に温存していた闇魔法……グラビティ。
この重力を操る魔法で稼げた時間は1秒にも満たない、ものの数瞬。
しかし、決着には一瞬ですら充分な余裕だった。
半分に欠けてしまった月牙が地に落とした首。
あるいは追撃で胸の中心に空いた風穴。
そのいずれかが天使の命脈を断ったのは間違いが無かった。
精魂ともに尽き果てたオレ……なのに魔力だけは一向に枯渇の気配すら見せない。
天使が白い光に包まれ消えていくのを見ながら、オレは自分がどこまで人の領域から外れていくのかということを、どうしても考えずにはいられなかった。




