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第134話

 筒井に宛がわれた仮の自宅でオレをまず出迎えたのは、兄の渋面だった。


 おチビ達は筒井が所有していたらしいクレイアニメのDVDを見てご機嫌だし、そんな孫達を見て両親も目を細めている。

 自信作を完成させたらしい義姉や、さっそく大好きな温泉を堪能していたのか、やけに肌がツヤツヤしている妻、すっかり警戒を解いてヘソを天に向けて寝ている飼い猫のエマ……そんな中で独り不機嫌さを隠さない兄の顔は酷く目立った。


 目顔で妻に問い掛けるが、首を振られてしまう。

 どうやら不機嫌なわけではなくて、考え事をしているようだ。

 こういう時の兄には、無理に話し掛けない方が良いことは、既に家族みんなの共通認識になっている。


 ◆


 夕飯も終わり、広い風呂にオレとおチビ達とで入ることになった。

 上の甥っ子は既に兄としての自覚が芽生えているようで、下の甥っ子の面倒ばかりではなく、ウチの子の世話もしようと張り切ってくれた。

 ダンジョンが無かったら、この別荘地に来ることも無かっただろう。

 そもそも、硫化水素ガスが多く別荘地として適さないという判定を受けていた土地でもある。

 魔石を動力源とする濾過(ろか)装置が無かったら、とても使えない源泉だったのだ。

 そうした意味でもダンジョンが無かったら、縁の無かった筈の場所ではある。

 おチビ達は思い思いのオモチャで遊んでいるが、ケンカの一つもせず仲良くしてくれて助かった。

 風呂場から1人ずつ脱衣所に連れていき、バスタオルを巻き付けて送り出していく。

 トタトタと走っていく青い尻……つくづく可愛いものだ。


 ◆


 モンスターの襲来を全く考慮する必要が無い夜は久しぶりだ。

 風呂上がりに飲む冷たいビールは、恐ろしく美味い。

 今は兄が風呂に入っている。

 妻も普段はあまり酒を飲まないが、今夜は付き合ってくれるらしい。

 実は誰よりも酒が好きで、誰よりも酒に強いのが妻だ。

 酔うと機嫌が際限なく良くなっていくが、逆に言えばそれ以外に何も変化が無い。

 二日酔いというものも知らないらしい。

 オレは飲み過ぎると記憶が怪しくなったりするので、決して飲み過ぎない飲み方が染み付いてしまっている。

 ……ちょっとだけ妻が羨ましくもある。

 おチビ達は、今日は3人で寝るのだと上の甥っ子が張り切っていたが……どうなることやら?


「そう言えば……もう、大丈夫なの?」


 あ、そうか……兄があの調子だったから、まだマチルダのことを妻にも話していなかったんだ。


「うん、大丈夫。……リポップしてたんだよね、彼女」


「え? そんなん有り?」


「有り、らしいね。実は……」


 とりあえず、マチルダを殺すことでダンジョンを壊せる……など、伏せるべきところは伏せたが、今日のダンジョン内での彼女との会話や、その後のゴブリン討伐と攫われた女性達を救出したことについての顛末を妻に話した。

 ここで妻に先に話せたのは運が良かったかもしれない。


「そっかぁ……あの娘も色々と大変だったんだね~」


「そうだな……今も意思疏通の出来ないモンスターしか周りに居ないダンジョンで独りきりなわけだしな」


「ウチに連れて来ちゃえば?」


「マチルダを?」


「……マチルダ?」


 あ……しまった!

 マチルダの元になったハリウッド女優のマチルダ・オーウェンはオレの贔屓の女優で、それを妻も知っているのだ。

 実際に彼女に似ていたから名前を借りたとはいえ、これはもう少しクッションを置いてから話すべき内容だった。

 妻は一見するとニコニコしたままだが、これは機嫌が悪い時のニコニコだ。

 やましいことなど何もない(?)が、とりあえず謝る。

 ひたすら謝り、タイミングを見ながら、そう名付けた事情を挟んでいく。


「ヒデ……また亜衣ちゃん怒らせたのか?」


 いつの間にか風呂から上がったらしい兄が、ビールを片手に呆れている。

 もう少し早く上がってくれれば良かったのに!


 ◆


 結局、兄のおかげで何とか収まったが、後で改めて説明はしておこうと思う。

 兄は考え事に一応の答えが出たのか、すっかりいつもの調子を取り戻しているように見える。


「周辺地域の様子はどうだった?」


 オレが尋ねると、兄はまた少し苦い顔をしたが、それも一瞬。


「端的に言えば、どこもモンスターだらけだ。少なくとも隣り合う地域で、防衛に成功したところは無いようだな」


 ……ある程度はオレも予想はしていたが、兄の口から告げられたのは、やはりきびしい現実だった。

 オレが二の句を継げないでいると、兄がまた口を開く。


「ただな……他のエリアは、うろついているモンスターが強いが、ド田舎ダンジョン付近はそうでも無いだろ?」


「うん」


「取り敢えず優先するならその先だな。サーキット跡地のダンジョン付近。あの辺りを明日は調べてみようと思う。その結果によっては、別の方角にも足を伸ばす必要は有るだろうが……正直、仙台駅前方向は行くだけ無駄だとは思う。ちょっと足を踏み入れただけで、他とは比較にもならないほどの数のモンスターが押し寄せて来たからな」


「そっか、こっちは明日も引き続き最寄りのダンジョンの調査を優先しようと思う。クリアした筈のダンジョンが様変わりしてたのも有るけど……」



 話し合いが中々終わらないまま、夜は更けていく。

 兄にもマチルダの事情を話したが、伏せた方が良いだろう部分については伏せたままにしておいた。

 兄にも連れて来てしまえ、と言われたのだが、そもそも可能なのだろうか?


 結局、おチビ達だけでは寝られなかったらしく、ウチの息子が泣きながら起きて来るまで、話し合いは続いた。

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