第128話
「なるほど……そういうことなら、お力になれると思います」
上田さんは、どこか覚悟を決めたように請け負ってくれた。
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あれからオレは、上田さんと佐藤さんとを訪ねて、高齢者だけで暮らしている世帯などの避難誘導などを依頼するため、2人をウチへ招いていた。
対象となり得る世帯はかなりの数に上るが、そもそも避難を希望しない人達もそれなりにいることが予想される。
しかし有事の際は、そういった人達にも筒井の所有する別荘地への避難をなるべくスムーズに行うための体制作り……こういった調整を主導するのは、オレや兄よりも上田さんが適任だろう。
いまだに鈴木さんが亡くなったショックから立ち直っているようには見えなかったが、話が進んでいくにつれ、徐々にだが目に力が戻っていった。
上田さんの様に責任感から来る気落ちをしている人には、何かしら責任を持って没頭することが有った方が良い……そう思ったからこその人選。
荒療治かとも思っていたが、どうやら効果覿面のようだ。
佐藤さんには、上田さんとは別に動いて貰う。
見た目からして武闘派の佐藤さんには、通うべき職場を無くした働き盛りの人達の纏め役になって欲しいと依頼した。
弓やボウガンなどをメインに、ド田舎ダンジョンから溢れたモンスターを例の境界線越しに狩って貰う。
自衛力の一層の強化。
それに加えて、掃討戦が終了したらド田舎ダンジョンで野菜などの食料集めもしてもらう。
食料自給率も上がって一石二鳥というところだ。
自分の留守が不安だ……という場合、家族の人達には筒井の別荘地に出掛けて貰う。
もちろん予定している農地造りや、その後の農作業を手伝ってくれたらベストだが、それはあくまで自発的に動いてくれるなら……というところだ。
それぞれ別々に動いて貰うが、両者が連携しないと上手くいかないだろう部分は非常に多い。
お互いに気心が知れている2人だからこそ頼めることだ。
さっそく佐藤さんとあれこれ話しながら動き始めた上田さんに、既に先ほどまでの暗い影は無かった。
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「なるほどな……そんなことを考えて動いてたのか」
黙ってオレと上田さん達とのやり取りを聞いていた兄が呆れたように言う。
……もうオレの突飛な行動には慣れたと言わんばかりの表情だった。
「でも、かなり効率的よね」
妻は納得した表情だ。
非戦闘員を完全に隔離出来ることが実際かなりの恩恵を齎すことが、人並み外れて勘の良い妻なら既に理解出来ていることだろう。
「そうなると……役割分担が変わるな」
父の言う通り、オレ達それぞれの役割は変わる。
どのダンジョンからも3Km離れている地域に、異変後もモンスターがいまだに出ていないとは言え、また急なルールの変更が無いとは言い切れない。
万が一に備えて、別荘地全体の護衛は暫く父に割り振るつもりでいた。
【危機察知】のスキルブックはそこまで稀少性が高くないらしく、一昨日の防衛戦の時にもそれなりに入手している。
妻もそのうちの1つを分配で得ていて既に【危機察知】持ちではあるのだが、スキル熟練度の低いうちはそこまで信用性の高いスキルでも無いのだ。
事実、カシャンボの奇襲に【危機察知】を習得したての鈴木さんは対応出来ずに死亡している。
妻の反射神経なら多少は反応が遅れても同じ結果になったとは思えないが、それでも父に【危機察知】スキルの運用に於いて一日の長が有るのは間違いの無い話だ。
妻には佐藤さんや上田さんの護衛を担当するか右京君達をフォローして最寄りのダンジョンで技を磨いて貰うのが、今のところ良いかもしれない。
本音を言えば妻にも、義姉のように息子の側に居て欲しいのだが、もう少しの間は妻の力を借りなくてはならない状況なのが、何とも歯痒かった。
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昼食を終え、午後の行動予定を簡単に話し合う。
そんな中、妻から指摘を受けてはじめて思い出したのが例の『呑崚の宝玉』だった。
……無意識に考えないようにしていたのかもしれない。
どうしても、あのどこか憎めなかった陽気な人狼のことを思い出してしまうからだろう。
ダンジョン踏破報酬だった『識者の宝珠』と同じく使用者を選ぶマジックアイテムらしいので、ワーウルフを倒したオレ以外には使用が出来ない。
握り締めて使用を念じると、にわかに激しい銀光が立ち昇りオレの胸の中心あたりに吸い込まれていく。
『スキル【無拍子】を付与しました。』
【解析者】とは別の音声が脳に優しく響く。
どこかあの人狼を思わせる声音だが、それでもこうしたアナウンスの例には漏れず、機械的かつ硬質な音声には違いなかった。
【無拍子】とは……攻撃する際の筋肉の隆起であるとか、無意識下で起こる身体の緊張などを無くし、予備動作から攻撃を見切るような相手にも痛撃を与えられるようになるスキルらしい。
よく無駄に大振りなパンチのことをテレフォンパンチなどと言うが、あれには……『もしもし? これからパンチしますね?』と、電話で問いかけてから殴るようなものだという皮肉が籠められている。
【無拍子】は、テレフォンパンチの正反対だ。
攻撃の起こりさえ悟らせなければ、相手がかなりの猛者でも容易に不意を突くことが出来るようになるだろう。
本来なら伝説級の剣豪だとか武芸者がようやく晩年にその境地に至るかどうかという技術で、これをスキル関係無しに習得しようとしたら数十年単位の研鑽が必要になる筈だ。
もちろんこれを意識して、なるべく予備動作が小さくなるように鍛えている剣道家や空手家などは多く居ることだろうが、たやすくその領域を超えてしまうほどのスキルを得たことになる。
……それは良いのだが、先ほどから何故か無性に最寄りのダンジョンに行かなくてはならない気分だ。
これはもしかしたら、宝玉にその様なギミックが盛り込まれていたのだろうか?
誘いに乗るのは危険だと理性が訴えているが、どうにも抑えがたい衝動に駆られる。
……どうしたものか?




