第123話
この時……オレとワーウルフとの勝負に水を刺した闖入者は、慎重に背後に忍び寄ると次々に凶弾を放ったのだという。
◆ ◆
突然、誰かの断末魔の声が響き……それもすぐに怒号や悲鳴で掻き消される。
オレの【危機察知】が反応した時には、もう全てが遅かった。
思わず手を止め、意識の一部を人狼に残したまま素早く振り向くと……そこには大混乱に陥いり逃げ道や身を隠す場所を探す人々や、懸命に銃弾を撃ち返している警官隊の姿が有った。
妻や父、柏木兄妹の姿を探す……右京君が酷く狼狽えてはいるものの、とりあえずは4人とも無事な様だ。
妻達の無事を確認したオレは視線をワーウルフに戻すが、息も絶え絶えといった様子ですぐに動き出すことは考えにくい。
勝負は既についている。
何故か、人狼が恐らくは律儀に約束を守るだろうという得体のしれない安心感のようなものもあった。
まずは、後方の闖入者を排除することを優先するとしよう。
バリケードを素早く跳び越え、混乱の原因を探すと、それはすぐに見つかった。
ツギハギだらけの着物を羽織り……人間の子供の様な姿で、筆の様なおかしな前髪を晒す一本足の魔物。
……カシャンボだ。
既に何体かは警官隊の銃弾や防衛戦を生き残った猛者達の矢を食らって、うつ伏せに倒れていたり、白い光に包まれたりもしているが、それでもなお健在なカシャンボが3体、こちらに向かって銃弾よりも速い礫を投げ続けている。
すぐさま鉄球を投げ返し、魔法を放ち、鎗すら投擲して、これら無粋なカシャンボどもを排除することには成功したが、鼻を衝く血の匂いが事態の深刻さを物語っていた。
……死んでいる。
先ほどまで必死に家族のため、地元のためにと奮闘していた鈴木さんが。
……事切れている。
職務とは言え、命をかけて戦ってくれていた名前も知らない警察官が。
……蹲っている。
誰よりも明るくこの防衛戦を戦っていた、旧知の森脇さんが。
2名の死者以外にも重傷、軽傷の差はあれど、負傷者は多数いた。
森脇さんはどうやら背後から右の肩を射抜かれていて、腕が上がらないらしい。
傷はポーションで癒えてはいるのに腕が上がらないということは、肩甲骨か何かを砕かれてしまったのかもしれない。
血も大量に出たのだろう……顔面は蒼白で、今も苦痛に歪んでいる。
骨折を治すほど等級の高いポーションは、まだ持っていない。
安静に保つしかないだろう。
命を落とした人と比べられてしまえば、それでも運が良かったのかもしれないが……。
とりあえずの事態の収拾を見たオレは、再びバリケードを跳び越え、ワーウルフのもとへと戻る。
何のつもりか知らないが、狼化をといて人型に戻り律儀に待っていた。
トドメを刺すべく戻って来たのだが、こうして美女の姿に戻られてしまうと、非常にやりにくい。
「……私の負け。殺して。じゃないと終わらない」
「あぁ、殺すさ。じゃないと終わらないんだろ?」
「……それか、私と番いになってくれたら終わりにしても良いわよ?」
「それは断った筈だ」
「そうだったわね……やって。やりにくいなら狼に戻るけど……もう正直しんどくてさ」
「……いや、いい。オレはオレ達が生き抜くために君を殺すし、これからも殺していく」
疲れたように瞑目し頷くと、寂しげな笑みを浮かべた人狼は最期に一言……
「さようなら……素敵なダンスだった」
「さようなら……良い戦いだった」
目を背けたくなるが、それは彼女に失礼だと思えた。
たとえダンジョンが産み出した仮初めの命だとしても……。
覚悟を決め……奪う。
◆
いつの間にか、妻がオレの横に来ていた。
何も言わず寄り添ってくれている。
どうやら他の人々はダン協の建物の中に入り、休息を取っているらしく、オレ達以外には人の気配は無かった。
結局のところ誰も爪牙に掛ける事なく、あの陽気な人狼の命は絶たれたことになる。
それをしたのは間違いなくオレだった。
レッサーデーモンとは違い、確かな肉体を持っていた筈なのだが、斃れたワーウルフから流れ込んで来た力は、件の悪魔と比べても遜色の無い程だった。
思わず膝を突き、フラつくような感覚に耐えなければならなかったほどだ。
『スキル【餓狼操躰】を自力習得しました』
【解析者】の声が脳内と響く。
どこか寂しげに聞こえるのは、オレの感傷ゆえか……?
彼女が消えた後には小さな、酷く小振りな宝箱が遺されていて、それを開けると鈍い銀色の玉が入っていた。
眼前のダンジョンを踏破した時に得た『識者の宝珠』にも似ている気がするが……目の前の玉は不透明でどこか金属的な光沢を放つ。
『識者の宝珠』は透き通っていたし、似ているのは形状とサイズ感ぐらい……いや、シチュエーションも似ているのか。
【鑑定】すると、どうやら『呑崚の宝玉』というらしかった。
効果としては武芸スキルの習得らしいのだが、もしこれが『識者の宝珠』と同等の水準にあるアイテムだとしたら、凄いモノを得ることが出来るかもしれない。
──ゴゴゴゴゴ────
にわかに何か重たい物を引き摺るような音がし始めた。
何事かと目線を上げると、目の前でダンジョンの入り口の扉が閉まっていく。
今までにダンジョンの出入り口が閉鎖されたなどと言うことは聞いたことがない。
明らかな異常事態。
自分の目が信じられず、隣に立つ妻の顔を見ると、やはり呆気に取られているようだった。
『殺して。じゃないと終わらない』
何故か頭の中で先ほどの人狼の美女の声が甦る。
終わった……そう思って良いのかな?
手元の宝玉が、オレの自問に答えて淡く光った気がした。




