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第117話

「上田さん、皆さんを連れてウチまで走って下さい! 後のことは兄を通じて連絡します!」


 とりあえずの第一手はコレだ。

 オレが守れないなら、守れる人に託せば良い。

 悪魔の向こう……バリケード前に合流しようとするから無理が有るのだ。

 後方ならば、オレが盾になれる。


「分かった! 宗像君も気を付けて……」


 レッサーデーモンがオレ達の会話に反応して、ピクリと動くが行かせはしない。

 鎗を大袈裟に振り回して牽制する。

 さすがに目の前にいる敵を放置して、獲物を狩りに行くほど馬鹿ではないようだ。

 無事に遠ざかる足音……。

 悪魔は牙を剥いて『ゲッゲッゲ』と気味の悪い声を上げるに留まる。


 ……嘲笑う、か。


 余裕だな。

 それはそうか……ヤツからすれば人間など矮小な存在にしか見えないだろう。

 星野さん一家を無惨に虐殺したのは恐らくコイツだ。

 ゴブリンどもは手下に過ぎまい。

 根拠らしい根拠には乏しいが嗤う顔を見た瞬間、なぜだか確信に近い感覚でそう思えてしまった。


 オレはとっくに効果時間の切れていたフィジカルエンチャント(風)を掛け直し、再び身体能力を底上げする。

 魔杖を用いての魔法は諦めよう。

 近接戦闘能力も悪魔ならば高い筈だ。

 杖を持ったままの接近戦などは、命取りになりかねない。

 代わりに……鎗をおもむろに突き出しながら、意識は魔法の発動に向ける。

 レッサーデーモンは、上半身の動きだけで軽く鎗を避けながら、自らの得物を繰り出して来た。

 しかし……だ。

 オレが回避するまでも無く、悪魔の突き出そうとしていたフォークが、オレの身体を捉えることは無かった。

 ノールックで、尚且つ鎗をも繰り出しながら放った渾身の奇襲がレッサーデーモンを完全に捉えたからだ。

 首筋に当たった風の光輪は直前で気付いた悪魔によって浅傷(あさで)に終わるが、もう1発の光輪は悪魔の左翼を根元から切断することに成功していた。

 レッサーデーモンの魔法抵抗力の高さゆえか、だいぶ威力が減衰していたように見えたが、それでも至近距離からウィンドライトエッジを喰らえば、いくらなんでも無傷とまではいかないようだ。


 行動しながらの魔法行使……そして視線を向けることなく狙いを外さない的中率……さらには連続での魔法の発動。


 数日前にはとても実行出来なかったこれらの技術は、目の前の難敵にも通用した。

 もちろん、もう一度やれと言われても出来るは出来るが、肝心な奇襲自体は成功しないだろう。

 凶悪そうな猿顔に一段と険が増したように見える。

 先ほどまでの余裕や、侮ったような雰囲気も既に感じられない。

 近接戦闘の間合いから跳び退()いた悪魔は、ゴツいフォークを油断無く構え直し、何やらモゴモゴと呟いている。


 ……させるかよ。


 鉄球をノーモーションで続けざまに投擲してやると、慌てたような表情を見せたレッサーデーモンはフォークで防いだり、屈んで避けたりと忙しく動いた。

 その隙に駆け寄り鎗を突き出す。

 これはギリギリのところで防がれてしまったものの、魔法の妨害自体は成功したようだ。

 古き良きプロレスでも有るまいし、敵の強みなど引き出してやる必要は無い。


 膂力はどうやら敵が勝り、得物の長さ、重さも負けている。

 魔法への抵抗力は比べるまでも無くオレが劣り、魔力自体やレパートリーでも勝てないのだろう。

 強さはヤツが上……しかし、戦い自体は決して上手くないようだ。

 今まで恐らく一方的に勝ってきたのだろう。

 だからこそ、オレの付け入る隙がある。

 オレは敢えてギリギリで戦ってきた。

 世界が()()なってからずっと……。

 退()くことを視野に入れながらも、結局は退(しりぞ)かず本来なら格上の相手と戦ってきたのは、こういう相手に勝つためだ。


 強者ゆえの弱さを教えてやる。


 弱者ゆえの強さを見せてやる。


 鍔迫(つばぜ)り合いじみた力比べでは、敢えて脱力し相手のバランスを崩す。

 避けられないタイミングの蹴りは敢えて受けて距離を取り、魔法や鉄球を放つための間合いに変える。

 ギリギリで受け流しては突き、無様に転がって避けては斬り、回避できないブレスの只中を身を焼かれながら突っ切っては叩く。

 泥臭く、みっともなく、傷だらけ火傷だらけになりながら、しかし気持ちで常に勝る戦い。


 あぁ認めよう、お前が強者だ。

 弱者はオレだろう。

 お前の技すら見て学ぶ。


 あぁ認めよう、お前は上位者だ。

 いくら斬っても刺しても殴っても倒れない。

 オレは既にボロボロで、お前は不自然なほど綺麗なままだ。


 だが負けてやらない。

 オレが唯一認めてやらないのは、幼子すら嗤って殺すだろう……お前の勝利だけだ。


 腰のポーションストッカーに予備のポーションは既に無い。

 背中に背負ったライトインベントリーから、ポーションを取り出す隙などは見せてくれないだろう。

 肩で息をするほど呼吸は荒く、先ほど飲んだ最後のポーションで癒しきれなかった傷がズキズキと痛む。

 対してレッサーデーモンは綺麗なままだ。

 いや……醜悪は醜悪なのだが、全く傷が無い。

 最初に斬り飛ばした翼すら元に戻っている。

 有効打はこちらが上回っている筈なのだが、ヤツの見た目は最初と何ら変わりが無い。

 魔法はことごとく妨害してやっているから、回復魔法では無い筈だ。


 異常な治癒力……?

 ……いや、分かったぞ。

 いつの間にかヤツから感じられるプレッシャーが酷く弱々しいものに変わっている。

 せいぜいがオークより少し上のレベル。

 オレが散々に()っていたのはヤツの肉体では無い……レッサーデーモンを現実世界に留めている『存在力』とでも言うべき()()()だ。


 オレが一歩前に出ると、猿面(さるヅラ)の悪魔が二歩、三歩と後ろに下がる。

 ……怯えているかのように。

 ボロボロなのはオレの方だが、いつの間にか力関係は逆転していた。

 悲鳴を上げる身体に鞭打ち全速力で駆け出し、慌てふためく低位の悪魔の首を一気に刎ねる。


 ()()瞬間、オレの身体が震えた。

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― 新着の感想 ―
経験値アップじゃなくてドレイン?凶悪だなあ。
[一言] 存在強奪の影響がここにも…?
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