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5.初めてのお買い物(ルシア視点)

 カイオが一階に住むと言い張るので、私は二階の部屋を見せてもらうことにした。

 二階は家族で住むことを考慮した間取りになっていて、広い夫婦の部屋と居間、子ども部屋が二つ、そして書斎がある。

「子ども部屋の一つに住まわせてもらっていいですか?」

 子ども部屋は男女用に分かれているらしく、白い壁紙は同じだが、一方の子ども部屋はカーテンの色が薄い桃色で、もう一方は淡い青だった。

 両方の子ども部屋にはベッドが二台ずつ置かれている。子供用ベッドらしいが私が使っても十分な広さがあるので何ら問題はない。


「二階は自由に使っていいから」

 カイオの許可をもらったので、私は女の子用らしい部屋を間借りすることに決めた。神殿で使っていた部屋より少し小さいけれど、窓が大きいので明るくて気持ちがいい。

 ベッドの他には小さなチェストがあるだけだけど、神殿から持ってきたのは肩掛け鞄に入っている数枚の下着と寝衣だけなので、全てチェストに収納しても余裕がありすぎるぐらいだった。

「他の荷物は神殿にあるのか?」

 私の荷物が少ないことを不思議に思ったらしく、カイオが訊いてきたが、私は首を振った。

「いいえ、荷物はこれだけ。神殿で着ていた祈祷服はもう必要ないし、私たちが使っていたものは全て神殿のものだから、私物は殆ど持っていない。その代り、聖乙女を辞める時には多額の金品を支給されることになっているの。後日、王宮より届けられるらしいわ」

 

「昼間着る服はそれしかないのか?」

 私の着ているのは装飾の全く無い紺のワンピース。これが神殿を去る時に支給される唯一のものだった。普通の聖乙女が辞める時は、王都の豪華な宿で数泊させてもらってゆっくり買い物を楽しむらしいのだけれど、私の場合は聖なる力がまだ残っているために、一番安全な場所である竜騎士の家に来ることになってしまった。

「このワンピースしか持っていないの。中途半端に豪華なものを支給するより、お金をもらってから好きなものを買う方が良いとの神殿の配慮らしいわ」

 でも、私には困った制度だと思う。せめて後一枚は欲しかった。


「そんなんじゃ生活できないな。基地内に雑貨屋があるから、とりあえずそこへ行こう。それほど広くないけれど、食料品から衣料品まで何でも売っている」

 いくら何でも哀れに思ったのか、カイオが私を買い物に誘ってくれた。

「基地内にお店があるの? 凄い。行ってみたい」

 村にいる時は殆ど物々交換で生活していた。たまに町から馬車に商品を満載した巡回販売の人たちがやってきたけれど、子どもだった私はお金を持っているはずもなく、買い物をしたことがない。

 神殿では一歩も外へ出ることはなく、必要なものは全て用意してくれていたので、買い物の必要がなかった。

 だから、私は今日生まれて初めて買い物を経験する。


「そんな大層な店ではないからな。あまり期待するとがっかりするぞ」

 カイオが困ったように顔をしかめた。ちょっとはしゃぎ過ぎたかもしれない。

「あっ!」

 大事なことを忘れていた。

「どうかしたか?」

「王宮からお金をまだ貰っていないから、買い物できない」

 今のところは一文なし。そう思うととても心細い。

「あのな、俺はこう見えても竜騎士だぞ。あんたの服ぐらい何枚でも買えるぐらいの収入はある」

「でも、居候させてもらうのに、そこまでお世話になる訳には……」

「いいから、さっさと行くぞ」

 カイオは階段を降り始めたので、私は慌てて後を追った。



 そんな訳で、基地内にあるという雑貨屋に向うことになった。

「基地の奴らに訊かれたら、あんたのこと婚約者だと言うからな」

 整備された道を歩きながらカイオが言う。カイオは私の歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれているようだった。やはりいつもの速さで歩いても置いていかれない。

「そんなことを言えば、困るのは貴方よ。だって、貴方に好きな人ができた時、婚約者と一緒に暮らしていたと思われるじゃない」

 私が竜騎士と結婚したいと言ったから、カイオに迷惑をかけてしまったのは自覚している。だから、これ以上負担になりたくなかった。

「婚約もしていない女と一緒に住んでいる方が聞こえが悪いだろう?」

「それは、陛下に頼まれて護衛のため居候させていたと言えばいいと思うの」

 ちょっと苦しい言い訳だけど、私をここに住まわせるのが最善だと王が判断したのは本当だから。

「あんたは俺と婚約するのが嫌なのか?」

「そんなこと言っていないでしょう! 私のことはいいのよ」

 どうせ行き遅れだから、普通の結婚なんて諦めているわよ。幸いお金をたくさん貰えるらしいし、一人で楽しく生きていくの。

「なら、皆に婚約者だと言いふらしてもいいな。俺の婚約者だと知っていれば、他の竜騎士もあんたに誘惑されたりしないだろうし」

「だから、奥さんのいる人を誘惑したりしないから。本当にしつこいわね。結婚相手に竜騎士と言ったのは、ちょっとした冗談だったって言ってるでしょう」

「そんなこと信用できるか! 少なくとも陛下はそう思っていないぞ。とりあえず聖なる力がなくなるまで、あんたは俺の婚約者だ」

「わかったわよ。婚約者でも妻でも好きに紹介して。私は何も困らないもの」

 カイオは将来の想い人に私のことを誤解されて振られてしまえばいい。そう祈っておいた。全く効力はないのが悲しい。聖なる力以外私には何の能力もない。




 言い争っていると、三階建の大きな建物が見えてきた。

「あれが竜騎士訓練生用の独身寮だ。七百名ほどの訓練生が生活している」

「訓練生って、七百名もいるの?」

 竜騎士は十二人しかいないのに、訓練生がそんなにもいることに驚いてしまう。

「そうだ。だが竜騎士になることができるのは二、三年に一人ぐらいだ」

 過酷な訓練をくぐり抜けてきたほんの一握りの人だけが竜騎士になることができる。そう思うと、カイオは本当に選び抜かれた人なんだ。


「あっちは飼育係用の住宅だ。餌担当や竜舎の清掃や温度管理担当、竜の健康管理担当と様々な仕事があるんだ。また、訓練生の教官、洗濯や部屋の掃除、食堂の調理人や皿洗いなど、この基地には多くの人が働いている。訓練生と合わせて千人は下らない」

「凄いのね。広いはずだわ。私の産まれた村はね、三百人ほどしか人がいなかったの」

 長閑な田舎だったけれど、私は大好きだった。


 故郷を想っているとあっという間に雑貨屋に着いた。カイオの家から歩いて十分もかからない。これなら私一人でも買い物に来ることができそう。


「あれは何?」

 初めて入った店は、見るもの全てが新鮮だった。

「木で作った竜の模型だ。ほれ、十二体揃っているだろう。俺のライムンドは黒。団長のは瑠璃色。この基地の土産物で一番人気らしい」 

「私はライムンドのが欲しい。黒い竜って格好良いもの」

 私を乗せて真っ青な大空を飛んでいたライムンドは本当に美しかった。

「それじゃ、かごに入れろ」

 今はカイオのお言葉に甘えることにする。お金が届いたらちゃんと返すからね。


「ねぇ、あれは?」

「竜を(かたど)った焼き菓子だ。土産の二番人気だってさ」

「でも、竜を食べちゃうのは可哀想ね。これは諦める」


「あっちのは?」

「それは竜騎士の絵本って、俺たちは土産物を買いに来たわけではないぞ。必要な服や日用品をさっさと買え」

 尤もな意見だけど、この店に魅力的ものがいっぱいあるから悪いのよ。やはり目移りしてきょろきょろしてしまう。



「よっ。カイオ、楽しそうだな」

 そう声をかけてきたのは私と同じ年ぐらいの男性だった。隣には出産間近らしいお腹の大きな女性が立っている。彼女は私よりかなり若く、カイオよりも若く見えた。

「ジャイル先輩。俺の婚約者と買い物をしているだけだから、別に楽しかないですよ」

 カイオの先輩ということは、彼が二番目に若い竜騎士に違いない。カイオは私に彼を見せないためか、私を背に隠す。

「そんなに隠さなくてもとりゃしないって。俺は奥さん一筋だから。忙しそうだからまたな。家に近いからいつでも遊びに来てくれ」

 カイオの背中から覗くと、ジャイルと奥さんは小さく礼をして、手を繋ぎながら店の奥の方へ歩いていった。


「貴方と違って優しそうな人ね」

「先輩は鬼のジャイルって呼ばれているんだぞ。先輩が優しいのはあの奥さんにだけだからな。勘違いするなよ。惚れたりするな」

「しないから!」


 それから小一時間が経ち、ようやく買い物が終わった。結局夕飯の食材も含めて山のような買い物をしてしまっていた。

 どうして持って帰ろうと悩んでいたが、さすが竜騎士は力持ちだった。とても運べないと思っていた全ての物品をカイオは軽々と持ち上げる。

 私は手ぶらのままだったので、私も荷物を持つと言い張ったら、カイオはライムンドの模型を渡してくれた。


 もっと持つからと言っているうちにカイオの家に帰り着いてしまう。

 台所で食材の整理をしようと思っていると、大きな声が聞こえてきた。違う声が幾つも重なって、唸るように響いてくる。

「緊急発進の合図だ! 魔物が国土を侵犯した。俺は行かなくては」

 カイオが走り出そうとする。

「ちょっと待って、それは銀でしょう?」

 私の方が出入り口に近かったので、ドアを塞ぐ形で立ち、カイオが左手首に巻き付けている鎖と、鎖を通した銀色の金属片を指さした。

「ああ、そうだ。これは認識票だ。竜の紋章の下に、名前と生年月日、それに、出身地が刻印してある。竜騎士の証であり、死んでも個人が特定できるようこうして手首に巻いている。って、俺は急いでいるから、退いてくれ」

「その認識票に聖なる力を込めてもいい?」

「でも、時間がないから」

 カイオは焦っているけど、もう少し時間をもらう。

「すぐに済むわ」

 私はカイオの認識票を握り締めた。


「終わったわ」

 これぐらい、本当にあっという間に終わる。

「えっ? そんなことが……」

 信じられないものを見たように認識票を眺めているカイオ。私はドアの前から横に寄ったのに、カイオは動かない。

「無事帰ってきてね」

 そう願わずにはいられない。魔物と戦う竜騎士がとても危険な職業であると知っていた。でも、こんなにすぐに魔物が出てくるなんて思わなかった。

「ありがとう」

 カイオが素直に礼を言ったので、ちょっと調子が狂う。

「貴方が帰ってこなければ、私が困るからよ」

「ああ、絶対に無事に帰ってくる」

 カイオはそう言い残して、恐ろしい速さで家を出ていった。 

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