SS:本当に理解しているのだろうか(カイオ視点)
「あのさ。ルシアの家族は子どもの作り方とか、教えてくれなかったのか?」
「それがね、結婚前からカイオと一緒に住んでいたと言ったら、それなら大丈夫ってお母さんが言ってくれたの。お父さんはちょっと怒っていたけどね。なぜかな?」
全く大丈夫じゃないから。ルシアの家族には婚前交渉があったと確実に思われている。
「同じ家に住んでいただけで、俺とは部屋が別だったってちゃんと伝えたのか?」
首を傾けて思い出そうとしているルシア。これは絶対に伝えてないな。
「どうだったかしら。でも、それは別に重要なことではないでしょう?」
「そこ、重要だから!」
ルシアは困った顔をしても可愛いとは思うけれど、俺も非常に困っている。
「カイオは私と結婚したことを後悔しているの?」
またルシアが突飛なことを言い出した。
「そんなことは言っていないだろうが!」
涙目になられても俺だって困る。
「だって、今日のカイオは変なんだもの。はっきりものを言わないし、ちょっと苛ついているように見えるわ」
「そ、そんなことはない!」
ルシアが何も知らないのは覚悟していたはずだ。八歳からこの国のために祈り続けてきて、本当に何も教えられていないのだから。
あまりの清らかさに戸惑ってはいるが、ルシアに対して苛ついているわけではない。
「あのね、望む結婚相手を問われたので竜騎士と答えたら、王様がカイオを紹介してくれたと家族に話すとね、とても心配されたの。カイオのことはあんな辺境の村でも皆知っているのよ。たまに村にやって来る巡回雑貨店が新聞を持ち込むから。私達の結婚を知らせる号外も皆読んでいたらしいの。竜騎士は女性にとても人気がある。ましてや、史上最年少の十九歳で竜騎士になった独身のカイオの人気は本当に凄いよね。そんなカイオが平凡な私と結婚してくれたのは、陛下の命令だからで、私はカイオにいつか捨てられるかもって。そうなれば村に帰っておいでと弟が言ってくれたの」
「だから、俺は竜騎士だぞ。妻を捨てたりしない! 結婚式の時、俺が捧げた誓いをちゃんと聞いていたのか? それにな、ルシアが平凡なわけあるか!」
ルシアが平凡なら、人類皆平凡だ。いくら何でもその認識はおかしい。陛下が結婚相手を紹介する時点で、村の人もルシアが普通ではないと気づかないのか?
「でも、私にはちょっと聖なる力があるだけよ。たまたまだもの。カイオみたいに、不断の努力をして竜騎士になった凄い人とは違うから」
「ルシアの聖なる力はちょっとではないだろう。それに、何もしないことに耐えるのは、並大抵の忍耐ではないと思うぞ。国民の命を救うため、祈るだけの生活にルシアは十六年も耐えてきた。それは誰にでもできることではない。俺はそんなルシアを妻にできたことを誇りに思う」
ルシアを知れば知るほど、神殿での生活がどれほど過酷だったか思い知らされる。彼女は何も知らない。そして、何もできなかった。残酷なほどに無垢だ。
「カイオ、ありがとう」
ルシアの大きな目から涙が一粒流れ落ちる。
「ルシア、泣くな」
この汚れなど全く知らない少女のようなルシアを、このまま守ってやったほうがいいのだろうか? しかし、彼女の希望は子どもを産むことだ。
「子どもを作ろうとすると、聖なる力がなくなってしまうかもしれないが、それでもルシアは子どもが産みたいか? 後悔しないか?」
結婚するまで聖なる力を保っていた聖乙女は過去に存在しない。そのため、結婚後のルシアがどうなるか神官にもわからないらしい。
しかし、世俗的なことは聖なる力に影響を与えるのは確実らしいので、純潔を失ったルシアは本当にただの人になってしまうかもしれない。
もちろん俺はそれでもいい。ルシアの祝福は竜騎士にとって大変魅力的だが、歴代の竜騎士が普通の聖乙女が祝福した武器で戦っていた以上、俺たちにできないはずはない。
俺たちはそのために鍛えてきた。ルシア一人に頼るようでは竜騎士の資格はない。
それよりルシアの望みを叶えたいし、それに、俺だってルシアと情を交わしたい。
「なぜ、私が聖なる力を失うの?」
「聖女であるルシアを俺が汚すことになるから」
「赤ちゃんを産むことはとても神聖なことだと思うけれど」
「それは、快楽を伴うからじゃないか」
ルシアの顔には疑問と大きく書いているようだ。おそらく彼女の思考の処理が追いついていない。男女の交わりのことは本当に想像外なのか。
「それって、気持ちいいの?」
「男はな。女性は最初の時痛いらしい。しかし、徐々に気持ちよくなっていく」
「私が七歳の時、姉さんが実家に帰ってきて赤ちゃんを産んだの。狭い家だから半日以上も姉さんの呻き声が聞こえてきて、弟と二人で抱き合いながら、とても怖いと思っていたの。だけど、赤ちゃんを抱いた姉さんはとても幸せそうに笑っていた。あんなに苦しそうにしていたのが嘘のように。そんな感じなの?」
それはちょっと違うだろう。いくらなんでも破瓜の痛みは子を産む時ほど強くはないはずだ。出産は死ぬほど痛かったと俺の姉も言っていた。
「そんな神聖な感じではないからな」
俺がそう言うと、ルシアは再び考え込んだ。
「ルシアは俺に裸を見られても平気か?」
まずはここからだ。裸を見せたくはないと言われたらどうしようもない。
「えっ? それは恥ずかしいわ。それに、男性に肌をさらすのは、とてもはしたないことだとお母さんに教えられたの」
「母親に夫以外の男と言われなかったか?」
夫は除外してくれていると思いたい。
「そうだった! 未来の旦那様以外の男性には肌をさらしてはいけないと言われていたの」
初めてルシアの母親が仕事をした。ルシアが母親と離れたのは八歳の時だから、ちょっと心配してしまったけれど、ちゃんと伝えてくれていた。
「俺はルシアの夫だぞ」
俺は腰を屈めてルシアの顔を覗き込んでやった。
「確かに、カイオは私の旦那様だけど……、裸を見せないといけないの?」
ルシアの頬が真っ赤になった。目も潤んできている。また泣いてしまうのではないだろうか?
「嫌なら無理にとは言わないが……」
でも、やっぱり妻の体は見たい。
「カイオも裸を見せてくれる?」
「そりゃ、夫婦だからな」
ルシアの顔が一気に明るくなる。今の会話の何がそうさせた?
「カイオの裸、是非見たいです。だって、カイオは竜騎士なのよ。竜を得るために鍛え上げるのよね。その体を見せてもらえるなんて、カイオと結婚してよかったわ」
俺と結婚する恩恵がそれか? 他にもあると思うけれど。
「あのな。あんまり期待するなよ。男の裸なんて、見ても楽しいってもんじゃないから」
「あの大きなベッドのある部屋で見せてもらえるのよね。早く行きましょう」
言い訳する俺の手を引いて二階へ行こうとするルシアは、自分も裸になることを覚えているのか怪しいと思う。




