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SS:ルシアの家へ(中堅女性神官視点)

「ほら、見てください。カイオが認識票に魔法を込めてくれたのよ。これを使えば魔法が使えない私にだってドアを開けることができるの」

 ルシアは嬉しそうに手首に巻いた金色の認識票を私たちに見せた。カイオの手首には銀色の認識票が付けられている。二枚の認識票は素材以外全く同じもののようだ。

 

 ルシアはドアの鍵に手首の認識票を近づけノブを握ってそっと回すと、無事にドアが開いた。

「どうぞ、中にはいってください」

 ルシアは得意そうに私たちを招き入れる。

 さすがに竜騎士の家は広くて立派だった。玄関ホールも広い。そこには小さな丸テーブルがあり、その上に真っ黒い竜のぬいぐるみが鎮座していた。


「ライムンドのぬいぐるみなの。カイオがね、特注で頼んでくれたのよ。ライムンド、ただいま」

 テーブルから竜のぬいぐるみを両手で抱き上げたルシアは、そのまま奥へと進んでいく。

 人妻としてはあまりに稚すぎるのではないかと、私は思わずカイオを見上げてしまった。しかし、彼は慣れているのか、微笑みながらルシアの後に続いている。自分が乗る竜のぬいぐるみをルシアが大切にしているので、カイオは喜んでいるようだった。

 何にしろ、カイオが不快に思っていないようなので安心する。



「ここに座って待っていてくださいね。すぐに食事の用意をしますから」

 ルシアは神官長と私を食事室に連れてきた。中央に置かれたテーブルは八人がけほどの大きさがある。ルシアはそのテーブルを指差した。

「私たちはルシアの普段の生活がわかっただけで満足ですから、すぐに帰ります」

 神官長はしばらく悩んでいたが、この家を辞することに決めたようだ。

 ルシアがとても幸せにしていることは十分にわかったから、神官長はこれ以上新婚の邪魔をするのは忍びないと思ったのかもしれない。


「あのね。カイオはいつもこれぐらい食べるのよ。だから、たくさん作っているの。二人ぐらい増えても平気なんです。どうか、夕食を食べていってください」

 ライムンドをテーブルの端に置いたルシアは、両手を大きく動かして山のような図形を空に描いている。

「いくら俺でも、そこまでの量は食わないからな。ルシアが作った料理は不安かもしれないけれど、今日の料理はかなり美味いと思うから、一度食べてみてやってください」

 ルシアとカイオに引き止められてしまうと、無理に帰るのも失礼だと神官長は思ったらしい。

「わかりました。ラリーサさん、ルシアの料理をいただいて帰りましょうか?」

「はい」 

 神官長の問いに私は素早く答えていた。ルシアの料理が気になってしかたがない。本当に彼女はカイオを満足させるようなものを作っているのだろうか。


 私たちが椅子に座ったのを見て、ルシアは嬉しそうに台所の方へ向かった。そして、カイオもまた台所の方へ歩いていく。

「俺も手伝うから」

「待ってください。お手伝いなら私がしますから。哨戒飛行から帰ったきたばかりの貴方に食事の用意を手伝わさせるなんてできません」

 私は思わず立ち上がった。しかし、カイオは手で私を止めた。

「そんな軟な鍛え方なんてしていないから。これぐらい平気です」

「カイオはね、いつも手伝ってくれるの。力も強いし魔法も使える。カイオは本当に凄いのよ。だから、ラリーサさんは座っていてくださいね」

 ルシアはさりげなく惚気けながら、私にそう言った。


 カイオは竜騎士である。一代限りであるがどの貴族より上位の身分として扱われるし、王でさえ彼らに命令する事はできない。

 身分制度や法律からも自由。神であろうと彼らを縛ることはできず、竜騎士は魂さえも自由と謳われる存在である。

 もちろん、その力も魔力も常人とは比ぶべくもない。

 ルシアは本当にカイオの凄さを理解しているのかと心配になった。




「いい匂いがしてきますね」

 神官長が言うように、台所の方から香辛料のいい香りが漂ってくる。

 少し空腹を感じながら待っていると、ルシアが食事室にやってきて皿を幾つか並べ始めた。そして、カイオが大きな鍋を持って現れる。

「本当に大量にありますね」

 私はその大きさに驚いた。

 大型の鍋には黄緑色のスープが入っていた。見た目はあまり良くないが、独特のいい匂いがしていた。

 ルシアがそのスープを深皿に入れている。そのスープは具が多く少し粘性があるようだ。

 大量のパンが入ったかごと、大きなサラダボウルをカイオが運んできてテーブルに置いた。それらもルシアが皿に配っていく。

 

 ルシアとカイオが椅子に座れば、皆で祈りを捧げて食事が始まった。

「人参が多くないか?」

 カイオは眼の前に置かれた深皿をスプーンでかき混ぜている。

「あのね、色のついた野菜は体にいいのだって。家政婦のテレーザさんが教えてくれたのよ。だから、一杯目をちゃんと食べたら、二杯目はお肉をいっぱい入れるからね」

「わかった。約束だぞ」

 カイオはそれから凄い勢いで食べ始める。身体強化しているのじゃないかと思わせるような速度だった。


 私も一口スプーンですくってそっと口に中に入れてみる。

 そのスープは想像以上に美味しかった。香辛料の辛さと野菜の甘さがちょうどいい。パンにスープを絡ませて食べても絶品だ。

 これをあのルシアが作った。そう思うだけで何だか泣けてきてしまった。

 竜が故郷へ帰る場面に立ち会い、少し感傷的になっているのに違いない。


「泣くほど不味いですか?」

 ルシアが驚いて私を見ながらそう言った。私は強い女性だと思われているので、涙を見せたことに驚いたのだろう。

「いいえ、とても美味しいわよ。貴女がこれを作ったかと思うと、感慨深くてね」

 十六年も神殿で暮らしていて、二十四歳になっても少し幼いルシア。彼女は料理などろくにできないと思っていた。


「テレーザさんはとても博識で、いろいろな料理を教えてくれたわ。でも、いっぱい失敗もしたのよ。カイオはねそんな失敗作でも完食してくれるの。そして、『食えないこともない』『微妙だ』『普通』『そこそこ美味い』「結構美味い』『大好きだ』って評価してくれるの。このスープは、カイオに大好きって言ってもらったの」

「良かったわね」

 私は心からそう言った。人を育てるのは正当な評価だと思う。褒めるばかりでは慢心してしまい、貶すばかりでは萎縮してしまうだろう。

 しかし、普通の男性ならば、最初の不味い食事で諦めて家政婦に家事を任せてしまうのではないか。

 すぐ転ぶという体力のないルシアに怪我をさせないためという理由で、家に閉じ込めてしまうかもしれない。まさしく、神殿のように。

 不味い料理も耐えて、根気よく正当に評価し続けるのはとても大変で、カイオにしかできなかったのではないか。そう思うと、ルシアの幸せそうな様子の意味がわかってくる。

 彼女は様々なことを経験して、これからも成長していくのだろう。


「おかわり」

 あっという間に人参だらけのスープを完食したカイオは、ルシアに深皿を差し出した。ルシアは大きな塊の肉を三個その深皿に入れる。

 それを見たカイオは破顔した。

 今のルシアとカイオはまるで姉弟のようだ。そして、兄妹のようでもある。親しい友のように喧嘩をして、時に恋人のように甘い雰囲気を周囲に振りまく。


 何も所有することを許されず、十六年の時を奪われたルシアは、兄も弟も友人も恋人も、そして、最高の夫を得ることができた。


「幸せそうですね」

 神官長も感慨深いらしい。

「それほどでもないですよ」

「そうよ。喧嘩もするしね」

 ルシアとカイオは目を見合せて笑っている。その様子もやはり甘い。

 ルシアの作ったスープは、すこし涙の味がした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 可愛い〜 みんな可愛いですね 甘々な雰囲気いただきました! [一言] 鈴元さんの作品は、Amazonでも購入しています。 今回も一気に読みました。 鈴元さんの強く優しく甘いヒーローが大好き…
[一言] 番外編を書いてもらったら、嬉しいです。心がほっこりする作品でした。
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