SS:王都へ(神官長視点)
「竜騎士に連絡が取れました。赤い大きな竜が村の上空に浮かんでいます」
部屋の外から若い男の声が聞こえてきた。聖乙女が見つかると、竜騎士は竜の高度を下げ、空中に停止させるように留まって、魔物や他国の者から聖乙女を護るのだ。
もちろん我々も全力で聖乙女を守ることになる。
聖乙女を無事に王都へと連れて行く。それが我々の使命なのだから。
しかし、王都へ出発する前に、祈りと祝福をルシアに教えておかなくてはならない。普通の聖乙女なら神殿に入ってから教えても十分だが、ルシアはこのまま放っておくと、再び聖なる力があふれて倒れてしまうだろう。
「ルシア、私の腕輪は立派に祝福できた。本当にありがとう。これから、もう少し大きなものを祝福してくれるかな?」
「うん。体も楽になったし、ルシアは他のものも祝福したい」
ルシアはとても素直な性格のようだ。自らの力を恐れることなく受け入れているように感じる。
「それでは、銀棒と矢をここに持ってきてもらおう。ルシアの祝福がこの村を守ることになるのだぞ」
そう言うと、ルシアの顔がぱっと明るくなった。
「ルシアが頑張れば、村のみんなを守ることができるの?」
「そうだ。ルシアは凄い聖乙女だからね、その聖なる力で村を守ることでできるのだよ」
「みんなの役に立てるなら、ルシアは頑張る!」
私は思わずルシアの頭を撫でていた。その心根の優しさに感動しながら、ルシアを待ち受けている運命の厳しさを思っていた。
「まずは祈りからやってみよう。体の中の聖なる力を外に出す訓練だ。ルシアの体の中には聖なる力を溜めておく壺のようなものがある。そこに穴をあけて管を通して外に出す。それを想像してみるんだ」
「ルシアの体の中には壺があるの?」
ルシアは腹や胸を小さな手で押しながら調べていた。
「私には見えているが、触ってもわからないかもしれないね。でも本当にあるのだよ。それでは、両手を胸の前で組んで、目を閉じてごらん。そして、体の中の壺のことを考えて」
ルシアはベッドに腰かけて、その小さな手を組んだ。そして目を閉じる。
「これでいいの?」
「ああ。上出来だ。次に、壺に穴を開けて麦わらを突き刺してみようか」
「ルシア、それ固い木の実でやったことがある! お父さんがね穴を開けてくれたのよ」
ルシアがそう言った途端に、彼女の全身から大量の聖なる力が吹き出てきた。うまく聖なる力の通り道を開通できたようだ。
「凄いよ、ルシア。とても上手だ。今度は穴を塞いでみようか? 聖なる力がもったいないからね」
今度は聖なる力がピタッと止まった。ルシアは中々呑み込みが早い。
「ちゃんとできたよ。いい子だ」
そう言ってルシアを褒めると、彼女は大きな目を細めて喜んだ。
しばらく待っていると、村の青年たちが三十本の矢と五本の銀棒を持ってきた。
町や村の周りには所々に祝福された銀の柵を打ち込んでいる。これで大型の獣型魔物が防げるのだ。柵を突破した小型の魔物は、住民たちが銀の棒で退治する。
飛行型の魔物は大弓を用いて銀の鏃を付けた矢で撃ち落とすことになっていた。それらはもちろん聖乙女によって祝福されている。
我々巡回神官の役目には、それら銀の武器や柵の整備も含まれている。聖なる力が目減りしているものを調べ、持ってきた新しいものと取り換えるのだ。
しかし、この村のものはルシアに祝福してもらおうと思っている。
魔物だけではなく、人や猛獣も相手しなければならない竜騎士が使う矢は先端が尖っているが、町や村に与えられるのは先端が丸くなった魔物専用の矢だ。幼いルシアに触らせても危険はないだろう。
私は一番聖なる力が減っている矢を手に取った。
「ここの先が銀になっている。まずは私が残った聖なる力を外に出すから、祈りの要領で祝福してみてくれるかな。祈りと違って銀に力を吸い取られるような不快感があるらしいので、体が辛くなれば聖なる力を制限しながら、ゆっくりと祝福すればいいね。無理をしてはいけないよ」
ルシアは素直に私から矢を受け取った。
そして、彼女が銀の鏃部分に手を置くと、あっという間に聖なる力が満杯になってしまった。その量は我々が持ち歩く矢とは比べ物にならない。
すっかり要領を掴んだらしく、ルシアは順調に祝福をこなしていた。
「体は辛くないか? 苦しいのならば止めてもいいから」
「ルシアは大丈夫。ぐっと押し込める感じが気持ちいいの」
本当だろうか?
この作業はどの聖乙女も苦手にしていた。しかし、人々のため聖乙女たちは苦行に耐え、銀への祝福を行っているのだ。
普通の聖乙女ならば一本の矢に一日ほどかかる祝福も、ルシアは全ての矢と銀棒の祝福を一日で終えてしまった。
彼女は想像以上の聖乙女だ。
さすがにルシアの中の聖なる力は空になってしまったが、祝福を止めると徐々に溜まり始める。その速度は今まで見たことがないほど早い。その量は十二、三歳まで徐々に増えていくだろうから、彼女がどれほどの聖乙女になるのか予想がつかない。
しかし、聖乙女の記録が残されるようになってから千年余りの中で、最高の聖乙女であることは間違いないだろう。本当にルシアは先祖返りかもしれない。
結局、ルシアは翌日の一日で村の周りの柵を全て祝福し終えた。
そして、ルシアと出会って三日目、我々は王都に向けて出発することになる。
上空の竜は土色に変わっていた。
「ルシア姉ちゃん、行っちゃいやだ! 僕と遊ぶって約束したのに」
弟がルシアにしがみついて離れない。
「ルシア。可哀そうに。まだ、八歳なのに」
年の離れた姉が赤ん坊を抱いて別れに来ていた。
「ルシア、ごめんなさい」
娘が聖乙女となることは母親にとっても名誉なことだと言われている。しかし、実際には幼い娘を手放さなければならない母親にとって、とても辛いことだろう。
父親は涙を堪えるように黙っていた。
ルシアの大きな目には涙があふれていた。
私はそれでもルシアを王都に連れて行かねばならない。