SS:最高の聖乙女(神官長視点)
村の中央に建つ一際大きな建物が村長の屋敷だった。我々はその広い庭に三台の馬車を停めた。すると、すぐに村長が庭に出てきて、我々を屋敷の中に招き入れてくれた。馬車の後ろを走ってきたルシアの父親もついてくる。
「この子は聖乙女です。あまりに聖なる力が強いため、体にかなりの負担をかけています。私と医務官が治療するので部屋を用意してください」
ルシアを抱いたままお願いすると、村長はかなり驚いたようだ。
「わかりました。今すぐ用意いたします」
村長が目配せをすると、控えていた使用人の一人が屋敷の奥へと走り出した。
「それは大変だ! 俺は妻を呼んできます」
ルシアの父親も慌てて玄関から外へ走り去っていった。
「それから、狼煙を上げて竜騎士に連絡してください。聖乙女を見つけた時の信号は覚えていますよね?」
私は村長に訊いた。地方の町や村には、薄い鉄の板を横にずらして蓋にできる焚き火場所があり、その場所で煙の出る木を燃やすことにより、狼煙を上げるのだ。
竜騎士への連絡のための信号は予め決められていて、鉄板の動きで煙を遮ることにより、その信号を作り出す。
「もちろんです。誰か、青年団へ連絡して狼煙を上げてもらえ!」
また一人の使用人が走り出す。
地方の住民にとって、狼煙を上げる技術はとても大切なので、彼らに任せて大丈夫だろう。
私と医務官はルシアのために用意された小さな部屋に案内された。私は壁際に置かれたベッドにルシアを横たえる。
「ルシアさん、大丈夫ですか?」
医務官はそう声をかけたが、ルシアの反応はない。彼はルシアのまぶたを開けてみたり、脇の下の体温を手で計ったりしていた。
「体温は少し高めですね。息も荒い。かなり苦しそうです。治療方法はわかりますか?」
「銀に聖なる力を込めてもらおうと思っています。しかし、どうせするなら祝福の方法を教えながらの方がいいのだが」
銀には聖なる力を溜める不思議な性質がある。そして、銀に聖なる力を込めることを、我々神殿関係者は聖乙女の祝福と呼んでいた。
私は手首にはめている銀の腕輪を取り外した。この腕輪は巡回神官に与えられるもので、聖乙女に祝福されていた。魔物に襲われた時のお守りのようなものだ。
私たち神官は聖なる力を可視できることに加えて、聖なる力を移動する魔法を使うことができる。しかし、それほど圧をかけられないためか、銀に聖なる力を込めることは聖乙女はしかできなかった。
私は魔法を使い、腕輪に込められた聖なる力を全て外へと放出した。
「ルシア!」
部屋の中へ父親に加えて、中年の女性と幼い男児が走ってきた。ルシアの母親と弟に違いない。狭い部屋はかなり窮屈な感じになってしまう。
「本当にうちのルシアが聖乙女なのですか? この子はまだ八歳なのですけど、何かの間違いではないのでしょうか?」
村長の家まで急いでやってきたらしいルシアの母親は、肩で息をしながら懇願するように私を見ていた。間違いだったとの答えを期待しているのは明らかだ。それでも、私は彼女の望む言葉を口にすることが出来ない。
この国に産まれた者ならば、聖乙女の大切さは子供の頃から聞かされて育つ。聖なる力が発露すれば、神殿へ行かなければならないのは常識になっているのだ。それでも、母親は幼い娘を手放す覚悟がすぐにはできないのだろう。
「姉ちゃんはどうなるの?」
まだ五歳だというルシアの弟は、不安そうにルシアの手を握っていた。
「彼女は私が見たこともないほど、聖なる力を作る能力が高い。だから、神殿へ連れて行かなければならない。それが私の仕事だから」
「でも、この子は病気です。今も殆ど意識がありません。こんな状態のこの子を連れて行くのは勘弁してやってください」
母親は深く頭を下げる。五歳の弟もそれに倣った。
ルシアの父親は唇を噛み、両手をきつく握りしめていた。母親のように表立って反対はできないが、内心では納得できていないのだろう。
「この子の病気は私が治しますから、心配はいりません。それに、聖乙女をここに放置していくと、他国の奴らにさらわれてしまうかもしれない。また、魔物に襲われる心配もあります。それの方が、この子にとって残酷でしょう。出来うる限り神殿は聖乙女を護りますから、どうか、ルシアを我々に預けてくれませんでしょうか?」
私も深く頭を下げた。聖乙女を得るためならば、これぐらい安いものだ。
「でも……」
母親はまだ迷っていた。それは当然かもしれない。この村は王都からあまりに遠い。これが今生の別れになるかもしれないのだ。
「お母さん? それに、セザル?」
ルシアが目を覚ましたらしく、弱々しい声が聞こえてきた。
「ルシア、大丈夫? どこか辛いの」
「体が熱いの。それに、ぼうっとする」
「ルシア、私は巡回神官のウォレスです。これに触れてくれますか? この中に力を押し込めるような感じを頭に思い浮かべてみてください」
母親がルシアの手を握っていた弟を抱き上げた。私は空いたルシアの手の近くに腕輪を持っていく。
「えっと、ルシア、よくわからない」
ルシアは腕輪を触るのをためらっている。
「大丈夫です。気楽に触ったらいいですからね」
おずおずと小さな手が腕輪に触れた。
物凄い勢いで腕輪に聖なる力が吸い込まれていく。
その様子は他の聖乙女による祝福とは全く違った。
「すごいわ。だんだん楽になっていくの」
ルシアはベッドから身を起こして、夢中で腕輪を祝福をしていた。あまりに聖なる力を込めすぎて、銀の腕輪は自ら発光しているように輝いて見える。
「やはり、ルシアは聖乙女なのね」
ルシアの母親は諦めたように呟いた。