SS:竜は飛んでいく(竜騎士団団長視点)
「カイオはどうして竜騎士になろうと思ったんだ?」
哨戒飛行の最中、俺はカイオに風魔法で声を届けた。
「竜騎士訓練生になるための選考会に申し込んだのは、合格者に支払われる支度金が欲しかったからだ。合格さえすればそれで良かった。でも、団長のアウレリオに乗せてもらった時、空を飛ぶことがこんなに楽しいことだとわかって、絶対に竜騎士になりたいと思った」
カイオも風魔法で返事をしてきた。
「十二年も前のことを覚えていたのか?」
たった十分ほどの飛行だった。午前中のきつい体力測定の後でもあり、覚えていないと思っていたので、カイオの返事は意外に感じた。
「当たり前ではないですか。アウレリオのような美しい竜に乗ったのに、忘れるはずはないでしょう。あの時はありがとうございました。他のやつより派手な飛行を体験させてくれましたよね? あの時は本当に楽しかったです」
他の受験生を乗せた時より速度を上げていたことを、カイオは気がついていたのか? そんなに余裕があったとは驚きだ。
やはり、カイオは竜騎士になるべく産まれてきたようなやつだった。
竜による飛行体験の合格者は、その家庭状況を調査して問題がなければ正式に訓練生となることが決定する。もちろんカイオの家庭も調査された。そして、父親が友人だと思っていた男に騙され、多額の借金を背負わされていることが判明した。
父親は借金取りから『借金を返せないのなら娘を売って金を作れ』と迫られていたらしい。カイオは金が欲しい理由を俺に言わなかったが、そのやり取りを聞いていたのは間違いないだろう。
ただ、金額は正確に知らなかったのではないかと思う。竜騎士訓練生に支払われる支度金はそれほど多くなく、父親の借金の一割程度であった。
本来ならば娘を売らなければならないほどの借金がある家庭の子弟は、生育に問題があるとして不合格になるところだったが、当時の竜騎士団団長はカイオを合格とした。そして、カイオの父を騙した男を手配するように王宮騎士団に要請した。
カイオが合格した翌日には、借金取りと共犯であった父親の友人が騎士団に拘束され、借金はなかったことにされた。
父親はそのことをカイオに告げていない。カイオが頑張って竜騎士訓練生となることができたので、その支度金で借金を完済できたと感謝したらしい。
『俺はただ竜騎士になりたかっただけだ。借金なんて知らない』
たった八歳のカイオはそう言って、家を出て基地の寮に入ったという。
最年少のカイオは、合格者の中では一番小さく体力がなかった。一番大きく力も強かった俺でも、毎日が辛く何度も逃げ出そうと思ったものだ。
カイオはもっと辛かっただろう。
「訓練が辛くて、逃げ出そうと思ったことはなかったのか?」
俺は再度カイオに訊いた。訓練生になって十一年で竜騎士になったカイオは、最後の年にやっと竜騎士になることができた俺とは違うのか確かめたいと思ったのだ。
「訓練生の時は毎日逃げたいと思っていました。でも、年が上っていうだけで威張っている同期に負けたくはなかった。それに、どうしても空を自由に飛んでみたいと思っていたから」
「そうか。竜騎士になることができて、本当に良かったな」
「はい。俺もそう思います。今は本当に楽しいですから」
カイオの竜であるライムンドも嬉しそうに翼を振っている。ライムンドもカイオと飛ぶのが楽しいのだろう。
「さっき、奥さんが泣いていましたね。団長が竜騎士を辞めるのが悲しいのではないですか? 団長とアウレリオなら、もっと竜騎士を続けることができると思いますが」
小さな村の上空を通過した後、カイオが魔法で声を届けてきた。公園の上空で花びらを撒いた時、かなり視力を強化して地上を見ていたらしい。
「あれは嬉し涙だ。俺たちが結婚した時、俺はまだ訓練生だったので、かなり地味な結婚式しか挙げてやれなくてな、カイオとルシア様の派手な結婚式が羨ましそうだった。だから、竜騎士の結婚式の時のように花びらが舞って嬉しかったのだろう。カイオには手間をかけさせてしまったが」
「あれぐらいどうってことないですけど、アウレリオの飛行が見られなくなると思うと、俺は寂しいです。俺は団長の操竜術がとっても格好良くて好きでした」
若いカイオは変なべんちゃらを言うようなやつではない。どちらかというと辛辣な方だ。だから、この言葉は辞める俺への餞ではなく、本心なのだろうと思う。
「褒めても何も出ないからな。さぁ、無駄話をしていないで、聖なる力の壁まで急ぐぞ」
感傷的になっている今、これ以上話を続けていると、無様に涙を流しそうだ。今日は笑顔でアウレリオに別れを告げると決めている。
俺はアウレリオの速度を上げてライムンドの前に出た。ライムンドも同じように速度を上げる。
大きく羽ばたくアウレリオは、楽しそうに一声鳴いた。その声にライムンドが応える。
ライムンドもアウレリオの最後の飛行だと知っているはずだ。
二頭の竜は競い合うように飛んでいく。
基地へ帰り着いたアウレリオは、俺を降ろし、全ての武器と鞍を取り外された。
基地にいる全ての竜騎士と竜の飼育係が、竜舎前の広場に並んだ。中央に佇んでいるアウレリオが大きく鳴く。応えるように全ての竜が鳴き声を上げた。
アウレリオが夕暮れの空に飛び立つ。
俺たちは敬礼をしながら、空に消えていくアウレリオを見送った。
「アウレリオ、長年ありがとう」
俺の言葉はきっとアウレリオに届いたはずだ。




