表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/44

SS:竜を帰す日(竜騎士団団長視点)

 それは、最後の挑戦だった。

 竜騎士の訓練生は十五年で満了との規則がある。二十五歳になった俺は、この挑戦で竜騎士になれなければ、竜騎士になるという夢を諦めなければならない。


 俺はそんな竜を得た日を思い出していた。


 俺が訓練生になったのは十歳の時。同期の誰よりも体が大きく力が強かった俺は、最短で竜騎士になってやろうと意気込んでいた。

 二百人以上いた同期は、きつい訓練に一人去り、二人去りと、二十歳を超えた時にはたった四十人ほどになっていた。

 十年間辛い訓練に耐えることができれば、竜騎士団の職員になる資格が得られる。また、通常の騎士団に入団することも可能だ。しかし、そんなことより重要なのは、竜への挑戦が許されることだった。


 二十歳になった俺は、この日をどれほど待ち望んでいたか。

 竜に認められることだけを目標に辛い訓練に耐えてきたのだから。



 竜の住処がどこにあるのかわかっていない。少なくともこの地上に存在しないことは確かめられている。

 そんな未知の竜の住処へ行くための竜門が、世界中にいくつか存在していた。我が国の竜門は竜騎士団の後ろの山中にある。そして、一年に一度だけ、竜門が開かれるのだ。


 俺が初挑戦した年、竜への挑戦希望者は四十人ほどだった。彼らと共に山へ登る。厳しい訓練に耐えてきた俺たちにとって、登山など大した負担ではなかった。

 朝に出発して、昼前には山腹あたりにある竜門のところへ着く。

 皆で昼食を用意して、腹ごしらえをした。

 そして、まずは竜門に挑む。竜に挑戦するに値しない者には、竜門の扉は決して開かれることはない。


 俺は長かった十年の訓練を思い出し、大丈夫だと自分に言い聞かせながら門をくぐろうとした。

 しかし、門は開くことはなかった。門前払いを受けたのだ。

 俺は呆然としながら、竜門の通過者を見送ることしかできないでいた。


 結局、門を通過できたのは五名のみ。だが、五人とも竜に認めてもらえず、重傷を負って門のところまで送り返された。


 二十一歳になった年も、その次も年も、俺は竜門を通過することさえできなかった。

 やはり竜門を通過できなかった同期の多くは、諦めて騎士団へ行ったり、竜の飼育係や武器係として竜騎士団職員になったりして、訓練生の同期は更に減っていた。


 そんな中、俺が二十三歳の時、後に妻なるジョアナと王都で出会った。

 彼女は聖乙女を七年も務めた十七歳の少女で、世間になれるために王都の支援施設に住んでいたが、一人で買い物に出て、帰り道がわからず困っていたのだ。

 困っているその様子がとても可愛く、元聖乙女とは知らずに俺は一目惚れをしてしまった。


 俺は彼女を支援施設まで送っていく途中で、彼女から元聖乙女だと聞かされ、その場で思わず求婚してしまった。

 聖乙女を務めた女性は男性にとても人気がある。数年の間神殿内のみで過ごすため、彼女たちは本当に無垢で忍耐強い。

 実家へ帰らず王都残留を希望した元聖乙女は、二年ほど支援施設で花嫁修業を積み、それから結婚相手を探す。その時になれば、結婚希望者は百人を下らないだろう。


 ジョアナは神殿を出て一ヶ月ほどしか経っておらず、まだ、世間にも男にもなれていない。競争相手がいないうちに結婚を決めてしまいたかった。


 俺はジョアナが結婚してくれるのならば、訓練生を辞めて竜の飼育係になろうと思っていた。

「私のために夢を諦めるのなら、結婚はしないわよ」

 訓練生を辞めると告げた俺に、ジョアナはそう言って笑いかけた。

 

 訓練生を続けることでジョアナと結婚するができたが、彼女には辛い毎日だったのではないかと思う。

 妻帯者用の住宅といっても、訓練生に与えられるのは二部屋しかない狭い長屋だ。正規職員の住宅とは比べものにならない。

 俺は訓練を優先しなければならないので、世慣れないジョアナに殆ど構ってやることもできない。

 せっかく神殿を出たジョアナを、再び狭い家に閉じ込めることになってしまった。


 俺は悩んだ。竜騎士になれなくとも、竜騎士団の職員や騎士になれば、ジョアナにもっと贅沢をさせてやれる。一緒にいる時間も増やせるだろう。

「後二回しか機会はないのでしょう。精一杯頑張って。それで駄目なら、違う道を探せばいいのよ。大丈夫、フェルナンなら、絶対に竜騎士になれるから」

 しかし、結婚した年にも竜門をくぐることすらできずに落ち込む俺を、ジョアナは優しく励ましてくれた。

 かなり田舎の村で育ったという彼女は、村の実家よりここの方がずっといい暮らしだと喜んでいた。それがジョアナの本心かわからないが、俺が救われたのは事実だ。



 それから二年、二十五歳の俺は、やっと竜門の中に入ることができた。

 しばらく細い山道を歩いていると、急に開けた場所に出る。そして、俺の目の前に瑠璃色の美しい竜が現れた。俺は腰の鞘から剣を抜き、その竜と対峙した。


 それは想像以上に厳しい戦いだった。しかし、そう思っているのは俺だけだろう。瑠璃色の竜は遊んでいるような緩慢な動きだった。たまに硬い爪の生えた前足を振り下ろしてくるだけだ。しかし、その威力は物凄く、とても油断できない。まともに当たれば身を引き裂かれてしまうだろう。


 俺は傷だらけになり、いつしか気を失っていた。


 目を覚ましたのは竜騎士団本部の医務室。そして、竜舎には瑠璃色の竜が増えていた。

 俺は最後の年に、やっと竜騎士になることができたのだった。

 聖獣と呼ばれる竜がなぜ人に協力するのかわからない。竜は謎だらけの生物だ。

 しかし、俺はそんな竜を得たのだ。

 それ以来、俺はアウレリオと名付けた瑠璃色の竜と相棒を組み、数多あまたの魔物と戦ってきた。

 



「なぁ、ジョアナ、アウレリオを竜の住処に帰そうと思っている。その後は二人でゆっくりと過ごさないか?」

「あなたが竜騎士になって、もう二十年以上も経つのね。三人の子どもたちも独立してしまったし、ゆっくりするのもいいわね。でも、あなたが気にかけていたカイオさんのことはもういいの?」

 優秀だが少し無謀なところがある若き竜騎士。俺とは違って、二回目の挑戦で竜に認められた凄い奴だが、その若さが心配だった。

「カイオは結婚して守るべき者ができたからな。あいつはこれからもっと成長して強くなる。もう大丈夫だ」

「カイオさんの奥さんのルシアさんは、十六年も神殿で祈りを捧げてきたのよね。本当に大変だったと思うわ。それなのに、明るくて可愛らしい女性よ。結婚式も素敵だったわね」

 竜騎士の妻として最年長になったジョアナは、若い竜騎士の妻の相談に乗っていて、ルシア様とも親しいらしい。


「俺たちが結婚した時、俺はまだ訓練生だったので地味な結婚式しか挙げられなかった。本当に申し訳ない」

「そんなこと、謝らないで。私は努力を重ねて諦めることなく、夢を叶えて竜騎士になったあなたの妻になれただけで、本当に満足だから」

 ジョアナはそんなことを言ってくれた。俺は竜騎士になることができて本当に良かったと思う。




 そして、俺とアウレリオの最後の哨戒飛行の日がやってきた。

「アウレリオの最後の勇姿を見てやってくれ」

 俺はジョアナにそう頼んだ。

「ええ、絶対に見ているから。私は瑠璃色のアウレリオが一番好きよ。宝石のように綺麗だから」

 アウレリオを褒められるのは本当に嬉しい。アウレリオもジョアナのことが大好きだ。

 俺は竜騎士を務めた二十三年間、本当に幸せだったと思う。

「それでは行ってくる」

 俺はいつもと同じように家を出た。




「竜騎士団筆頭竜アウレリオ、発進」

 アウレリオは瑠璃色の美しい翼を羽ばたかせた。そして、ふわっと浮上する。

 今日の飛行には赤い煙が出る松明を搭載していた。俺は魔法で松明に火をつける。


「第十二番竜ライムンド、発進」 

 隣の竜舎前から大きな黒い竜が飛び立った。カイオの竜だ。


 本日は快晴。雲ひとつない青空だ。

 俺は基地の上を舞うようにアウレリオを飛ばしながら、ジョアナの姿を探す。視力を強化して見てみると、公園で手を振っているジョアナが確認できた。


 俺はカイオに手で合図する。カイオは任せておけと言うように片手を上げた。

 カイオもライムンドを基地の上を円を描くように飛行させている。そして、カイオは用意してあった花びらを撒き始めた。

 まるで竜騎士の結婚式のように、花びらが舞い落ちていく。ジョアナが結婚する時に経験できなかった風景だ。彼女は喜んでくれるだろうか?


 俺は曲芸飛行を繰り返し、空に文字を描いていく。

「ありがとう」

 空に大きな文字が浮かび上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ