SS:ルシアさんに嫉妬したけれど(パトリシア視点)
「お父さんの武器が新しくなったんだ。矢も剣も全て聖女ルシア様が祝福してくださったんだぞ。これで、カイオだけに良い格好はさせない」
夫は家に帰ってくるなり、子供部屋へ飛んで行き、嬉しそうに息子のジョエルにそう告げていた。
ルシアさんが神殿を出られた日、多数の魔物が聖なる力の壁を突破して我が国へ侵入してきた。その時緊急発進した夫は、危険な状況に陥り、危機一髪のところをカイオさんに救われたらしい。
『俺の武器もルシア様が祝福してくださっていれば、カイオに助けてもらうこともなかった』
カイオさんに感謝しながらも、夫は少し悔しそうだった。
「ルシア様が祝福した武器は本当に凄いんだぞ。魔物をまとめてやっつけることができるんだ」
まだ生後三ヶ月も経っていないジョエルはもちろん返事などしない。それでも夫は興奮気味に息子に話しかけていた。
「私と結婚をしたこと、後悔しているのではないの。ジャイルが独身なら、年齢的に考えて、ルシアさんの相手はあなただったわよ」
あまりに嬉しそうな夫を見て、少し嫉妬を覚えてしまう。だから思ってもいないことを言ってしまった。
馬鹿なことを言ったとわかっていた。夫が私をとても大事にしてくれていることは知っている。ジョエルが産まれた日は、心から喜んでくれた。
夫の愛情を疑うわけではない。
だけど、私は平凡な女なので、竜騎士の夫に劣等感を抱いてしまう。自分に自信が持つことができない。
歴代最高の聖乙女であるルシアさんと比べられたら、私は何の取り柄もない平凡な女だ。竜騎士であるジャイルを繋ぎ止めておく自信などどこにもない。
「えっ? それは困るぞ。あのルシア様の相手ができるのはカイオぐらいだ。俺にはとても無理だからな。俺は今心からパティと結婚していて良かったと思っている。まぁ、いつも思っているけどな」
夫はそう言って爽やかに笑う。そんな夫は誰よりも格好良い。私はその笑顔が大好きで、彼の言葉は涙が出るくらい嬉しかった。
「でも、パティがルシア様に嫉妬するとは思わなかったな。お隣さん、見ているこっちが恥ずかしくなるほど仲がいいのに。本人たちは夫婦喧嘩だと思っているようだけど、どう見てもじゃれているだけだよな」
まだ首の座っていないジョエルを慎重に抱き上げて、夫は愉快そうに笑う。
「本当にお隣さんは仲が良いわよね。今日の午後、カイオさんとルシアさんは庭で仲良く花の種を植えていたわよ。喧嘩もしていたけれど、何だかんだと言っても、カイオさんはルシアさんに優しいわ。あの二人がお似合いなのは私にもわかっているの。でもね、やっぱりルシアさんが羨ましいと思う。彼女は歴代最高の聖乙女で、今は竜騎士団専属の聖女様なのでしょう? 私は何もできなくて、竜騎士の妻に相応しくないと思うから」
凄い力を持つ聖女様なのに、気さくで優しいルシアさん。少し幼くて、それでも長年聖乙女を務めてきた自信に溢れていた。
十六年もの聖乙女生活はとても辛かったと思うけれど、彼女はいつも明るく笑っている。本当に素敵な女性だと思う。
「ルシア様の方が何もできないぞ。最初はカイオがいなければ生活もままならない状態だったらしい。十六年間も神殿にいたのだから当然だが。ルシア様はパティのことをとても褒めていた。何でも知っているし、何でもできて羨ましいって。俺もな、ルシア様と同じ意見で、パティほど俺に相応しい女はいないと思っているよ」
これ以上夫と話していると涙が決壊しそうだ。
私が平凡な女だけど、夫が相応しいと言ってくれたから、本当になるようにできるだけ努力しようと思う。
「確かに、ルシアさんはちょっと浮世離れしているところがあるわね。自分の凄さがわかっていないところとか、素直過ぎるところとか」
「そうだよな。カイオも大変だと思うよ。俺には無理だ。まぁ、あいつは楽しそうだけど」
「ルシア! 昼間に種を植えたばかりだから、まだ芽が出るはずはないだろう。寒くなってきたから、こんな夜に家を出ていくな」
「夜って、まだ夕食前じゃない。それに、本当に芽が出ていないか確かめるだけよ」
「暗い庭に出て転んだらどうする」
「私だって、そんなに転ばないわよ。ランプだって持っているし」
「って、言ってるそばから転ぶやつがあるか」
「だって、カイオが助けてくれるから。ほら、転ばなかったでしょう?」
「次は絶対助けないからな」
「嘘、カイオは絶対に助けてくれるもの」
お隣の庭から賑やかな声が聞こえてきた。やはり、あの二人はとても仲が良さそうだ。
「カイオ、こんな外でキスするなんて! 誰かに見られたら恥ずかしいじゃない」
「油断しているルシアが悪い」
ごめんなさい。我が家の子供部屋は隣の庭に面していて、ランプを持ったルシアさんが窓から見えてしまいました。
「あいつら、新婚だからって調子に乗っているよな。俺たちも負けていられない」
夫はジョエルをベッドに戻して、そっと私を抱きしめてくれた。そして、私の唇にキスを落とす。
ジョエルが微笑んだ気がした。




