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3.竜に乗せてもらった(ルシア視点)

 つい結婚ぐらいできると叫んでしまった。カイオは口角を上げて私を見ている。

「これで決まったな。とにかく陛下に結婚すると申し出よう」

 カイオは私が他の竜騎士と結婚したいと言い出すと思っているようで、それを阻止するために私との結婚を決めてしまいたいようだった。見上げた自己犠牲の精神だけど、思い込みが激しすぎる。若気の至りか?

 カイオはまだ二十歳だと聞いているので、私の三歳下の弟より若い。私が村を出る時の弟はちょっと生意気な五歳児で、それでも神殿に私が連れて行かれると知って私にすがって泣いていた。

 あの弟はもう二十一歳になっているはず。元気にしているかなと物思いにふけっていると、カイオに腕を掴まれていた。


「思い悩んでいるようだけど、とにかく陛下のところへ行くぞ」

 そう言うとカイオは私の手を掴んだまま歩き出そうとする。

「ちょっと待って。結婚は一生の問題だから、考慮する時間が欲しいと言ったのは貴方でしょう?」

「竜騎士は即決が売りなんだ。うだうだ悩んでいると魔物に食われてしまうからな」

 カイオはこれ以上考えるつもりはないようだったので、私は仕方なく椅子を立った。そんな私を見てカイオは安心したのか私の手を離し、部屋の外へと歩き出す。私はため息をついて、カイオの大きな背中の後を追った。


 竜騎士は竜に乗って魔物の生息地へ飛んでいき、魔物と戦うことでこの国を守っている。魔物には普通の武器や魔法は全く通じず、私たち聖乙女が聖なる力を込めた銀の武器だけが有効だった。そのため、聖乙女の役割の一つは銀の剣や(やじり)を祝福することだった。そんな祝福された銀の剣をカイオは腰に佩いている。

 カイオは四つも年下だけど、当然体は私より大きい。神殿で祈ることしかしてこなかった私がカイオと歩く速度が同じだととても思えないけれど、私が普通に歩いていてもカイオに置いていかれることはなかった。



 謁見室の前に控えている侍従に話が済んだことを伝えると、再び謁見室に招き入れられた。

「ルシア、カイオ、話し合いはいかがだったかな?」

 王はそれなりに私たちのことを心配しているようではあった。 

「陛下のお言葉通り結婚することに決めました。さっそくルシアを我が家に連れ帰ることにします」

 私が返事をする前にカイオがさっさと答えてしまった。

「それはいい考えだ。ルシアは神殿以外のことを何も知らないので、普通の生活になれる必要があるが、市井で暮らすのは安全を考えると難しい。竜騎士の基地ならば王都でも一番安全であろう。ルシアの年を考えると、結婚式も急いだ方がいいので、予め一緒に住んでいても問題はない。カイオよ、国の宝であるルシアを守ってやってくれ」

「陛下の仰せのままに」

 カイオは綺麗な騎士の礼をとった。私が口を挟まない間に物事が決まっていくが、とても上機嫌な王に逆らえない。


「そして、竜騎士であるカイオもまた国の宝だ。ルシアよ、カイオに尽くしてやってくれ」

「はい。陛下の御心のままに」

 とうとう結婚を了承してしまった。しかも、カイオの家に居候することまで決まってしまっていた。





 謁見室を退室して長い廊下をカイオの後ろをついて歩いていると、カイオが大きなため息をつきながら振り返った。

「別に、俺はあんたとどうしても結婚したかった訳ではないからな。行きがかり上仕方がなかっただけだ」

「私だって知らない間に結婚が決まっていたのよ。私が結婚を望んだわけではないわ」

「夫を選べと言われて竜騎士を指名したんだろう? 望んでいるじゃないか!」

「ちょっとした冗談よ。だって、竜騎士はその魂さえ自由なんでしょう? 陛下からの要請だからといって、聖乙女を辞めた普通の村娘である私との結婚を了承するなんて思わないわ」

 カイオは盛大に舌打ちした。

「竜騎士にだって色々事情ってもんがあるんだよ。それにな、あんたは自分の価値を全くわかっていない。史上最高の聖乙女だぞ。その願いが聞き入れられない筈はないだろう」

「聖乙女がなによ。貴方だって誇り高き竜騎士なのでしょう? こんな訳のわからない結婚なんて断ればよかったのよ。我が国が誇る竜騎士にはそれぐらいの自由はあるでしょうに」

「それで、気に入らない俺ではなくて、他の竜騎士と結婚しようと思っているのか? そんなことは許さないからな」

「そんなこと思っている筈はないでしょう!」


 私たちは静かな王宮の廊下で殆ど怒鳴り合うように話をしていた。たまに行き交う人がいても思い切り避けられている。その人達の目が哀れなものを見るようだったのでかなり傷ついていた。

 私は落ち着こうと深呼吸をしながら歩いていると、王宮の外まで出てしまった。


「竜に乗せてやろうか? ただし、相棒のライムンドがあんたを乗せるのを嫌わなければな」

 馬車置き場の方へ行こうとした私をカイオが引き止めた。神殿から乗ってきた馬車を待たせているが、竜に乗ってみたい。いつも憧れていた大きな竜に。

「竜に乗ってみたいけど、馬車を待たせているの」

「ライムンドに会わせてやるよ。そして、相棒があんたを乗せるのを拒否したら馬車で帰ればいい。どうせ行き先は同じだから」

 神殿と竜騎士の基地は隣接している。最強と謳われる竜騎士に神殿の聖乙女を守ってもらえるし、竜騎士の使う武器を祝福するのにも近い方が便利だとの理由らしい。だから、私たち聖乙女には訓練をしている竜の姿がはっきりと見えた。そして空を舞う竜を自由に操っている竜騎士に憧れを抱く聖乙女は多い。

 若くて独身のカイオならば、どんな女性とでも結婚できると思う。



「ここは竜のために設けられた広場だ。こうして竜を降ろすことができる」

 王宮の庭の一角に作られた何もない広い場所に、その美しい生き物は佇んでいた。黒い鱗は日の光を受けて金属のように輝いている。その黒き翼を伸ばせば私の背の十倍ほどは優にありそうだった。

「大きくて美しい」

 私は感嘆の声を漏らす。

「だろう? ライムンドは十二頭の竜の中で一番大きくて一番美しいんだ」

 相棒の竜を褒められて嬉しいのか、カイオの機嫌はすこぶるいい。 


 カイオが私の腕を掴んでライムンドに近寄っていく。ライムンドがゆっくりと羽ばたきをすると、風が巻き起こった。それだけで倒れそうになる。

「危ない!」

 カイオは私を腕で支えてくれた。

「あ、ありがとう」

 カイオが思った以上に優しかったので、お礼を噛んでしまう。


「ライムンド、身体強化の使えないただの女なんだ。気をつけろよ。そんな彼女だけど、乗せてやってもいいか?」

 大きな竜を見上げてカイオが大声を出す。

「ききぃ」

 思った以上に高い声で竜のライムンドが返事した。

「あんた、相棒に気に入られたらしいぞ。まあ、この剣や矢にあんたの聖なる力が込められているから、なじみがあったのかもな」

 できるだけ早く聖なる力を使い果たしたかった私は、最近では竜騎士の使う武器への祝福を一手に引き受けていた。カイオが竜騎士になったのは昨年なので、彼の持つ武器を祝福したのは私に他ならない。それにしても、そんな努力をしていたのに、まだ聖なる力が残っているってどういうことなのだろう。納得がいかない。


 カイオは私を抱えて飛び上がり竜の背に乗った。彼は身体強化を行って地面を蹴ったらしい。

 思った以上の高さに私は腰が引ける。これで飛ぶなんてやっぱり無理がある。

「そんなに怖がらなくても大丈夫だ。絶対に落としたりしないから」

 カイオは私を鞍に座らせて皮のベルトで固定した。そして、自身は立ったまま手綱を持つ。

「立っていて大丈夫なの?」

「平気に決まっているだろう。座ったままでは戦えないからな」

 竜騎士は竜に乗ったまま精密に矢を射ることができると本に書いてあったのを思い出す。確かにその本の挿絵でも竜騎士は立ったまま特殊な弓を使って矢を射っていた。


 ゆっくりと羽ばたきを繰り返すライムンド。その度に私の髪がなびく。

 押し付けられるような不思議な感覚があり、ふわっと竜が宙に浮いた。そのままゆっくりと横に移動していく。

「ルシアは俺が基地まで連れて行くから」

 途中で馬車置き場の上空に差し掛かり、カイオは下に向かって怒鳴った。御者がこちらを見上げて手を上げている。地上を見下ろすとやはり怖い。とても手を振り返すどころではなかった。


「身体強化が使えないあんたが一緒だから、あまり速度を出せない。馬車と同じぐらいの速度で進むからな」

 聖乙女は聖なる力を持っている代わりに魔法が全く使えない。もちろん私も身体強化などできるはずもなかった。

「わかったわ。これ以上速いととっても怖そうだからちょうどいい」

 竜の全速力は音を超えるらしい。神殿で読んだ本にはそう書いてあった。意味はよくわからないが物凄く速いのだと思う。そんな速さになれば、身体強化をしていないと体がばらばらになってしまうらしい。


 最初は怖いと思っていたが、初めて乗った竜の背は快適であった。頬を撫でていく風がとても気持ち良い。

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