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SS:続・ルシア姉さんが帰ってきた(ルシアの弟視点)

 俺の家は狭いのでとても竜騎士を泊めることはできないと、カイオさんは村長の家に連れて行かれてしまった。

 夜になると三十四歳になる上の姉もやってきて、久しぶりに家族水入らずで過ごすことになった。


「結婚するって手紙を書いて巡回神官さんに渡したのだけどまだ着いていないのね。カイオもお父さんやお母さんに手紙を書いてくれたのよ」

 ルシア姉さんはちょっと残念そうだった。

「巡回神官の人たちはいつこの村に来るかわからないものね。手紙が届くのを楽しみにしているわ。私たちはね、号外であなた達の結婚を知ったのよ」

 母はカイオさんが手紙を書いてくれたと聞いて嬉しそうだ。



「ところで、ルシア。なぜ竜騎士なんて凄い人と知り合うことができたの?」

 上の姉は興味津々だった。最初に産んだ娘は十七歳になっているので、二十歳のカイオさんと三歳しか違わない。いわば息子といっていい年齢の男性だけど、やはり竜騎士は特別のようだ。

「カイオは背が高くてとてもいい男だわ。その上竜騎士なのよね。彼が義理の息子になったなんて、今でも夢のようよ」

 母もとても嬉しそうに話に加わってきた。カイオさんは俺より若いんだけどな。


「私は長年神殿にいたので婚期を逃してしまったじゃない。それを哀れに思ったのか、王様が結婚相手を探してくれることになったの。そして、望む結婚相手を訊かれたから、冗談で竜騎士と答えたら、王様がカイオを紹介してくれたのよ」

「はぁ?」

 母と上の姉の声が重なった。


「それって、カイオさんは王様の命令で仕方がなく結婚したんじゃないの?」

 上の姉が気遣わしそうにルシア姉さんを見る。

「もしくはルシアを哀れに思って結婚してくれたのかしら。どうしましょう。相手は竜騎士よ。本当に好きな相手が現れてしまったら、四歳も年上のルシアなんて捨てられてしまうのではないかしら」

 母は思ったことをすぐ口にする。もっとやんわりと言えないものか。

「でもね、カイオは私と結婚したいとちゃんと言ってくれたのよ」 

 その言葉とは裏腹に、ルシア姉さんは辛そうに目を伏せた。

 カイオさんの気持ちはわからないが、姉さんがカイオさんを好きなのは確実だ。そして、姉さんはカイオさんに好かれている自信はあまりないように見える。


「大丈夫だ。カイオさんに捨てられたら、この村に戻ってくればいい。本当に何もない村だけど、温暖で自然は豊かだから、ルシア姉さん一人ぐらい増えたってどうってことはない」

 ルシア姉さんはこの村に多額に金銭を残した。離婚されて帰ってきたとしても誰も文句を言わない。この村全体が一つの家族みたいなものだ。傷ついた姉さんの心だって癒せるに違いない。

「セザル、本当にありがとう。カイオに捨てられたらこの村に戻って、セザルに面倒を見てもらうことにするわ。セザルが結婚してもこの約束を忘れないでね。小さい頃はよく忘れ物をしたから心配だわ」

 ルシア姉さんは冗談だというように無理して笑った。

「俺はもう大人だから、約束を忘れたりしないさ」

 俺も冗談のように笑って返した。内心で約束は絶対に守ると誓いながら。




 翌朝、俺は朝早く起きて竜桃の収穫のために、荷車に大きめのかごを載せ村外れの農園へと向かった。

 普段ならば収穫した竜桃は竜の祠の供物とするが、今回はカイオさんの竜に食べてもらえないかと思っている。村長から許しを得たので、できるだけ多くの竜桃を収穫することにした。


 竜桃をかごいっぱいに収穫して家に帰ると、村長の家に泊まっていたカイオさんがちょうどやってきた。

「玄関先の荷車に積んでいるのは竜桃じゃないのか?」

 カイオさんは家に入ってくるなり俺に聞いた。

「はい。今収穫したてで新鮮ですよ。カイオさんの竜に食べてもらおうと思って採ってきたんです」

「それは凄いな。ライムンドが喜びそうだ。干した竜桃を持って来ているが、新鮮なものとは大違いだから。でも、なぜ人は食べることができない竜桃を農園で作っているんだ?」

 カイオさんの疑問は尤もだ。

 竜桃というのは竜の食べ物であり、人が食べるととても苦く感じる。人にとって毒ではないが栄養にもならない果物だ。

「昔からこの村は竜に助けられてきた。竜は神の使いだと崇められている。だから、竜の祠を作って毎日供物として竜桃を捧げている」

 竜は毎日昼と夜に村の上空を飛行している。もし大規模な災害や流行病が起これば、狼煙を上げて決められた信号を竜騎士に送ると、竜騎士が最寄りの町に連絡してくれたり、竜の力や竜騎士の魔法で町を救ってくれたりする。

 竜桃はそんな竜への感謝の気持ちで代々作り続けていた。



「私も一緒に行って、ライムンドに竜桃をあげてもいい?」

 ルシア姉さんが玄関まで出てきて、カイオさんに尋ねた。

「もちろんだ。一緒に行こう。ライムンドが寂しがっているかもしれないからな」

「わぁ、とっても楽しみだわ」

 ルシア姉さんはとても二十四歳とは思えないほどはしゃいでいた。


 俺が荷車を押して、その後をカイオさんとルシア姉さんが並んで歩いている。

 俺たちが竜のところへ向かっていると気がついた村の子供たちも後に続いた。気がつけば二十人ほどの子どもがついてきていた。


 村の表門を出たすぐ横に、その黒く大きな竜は佇んでいた。農園へは裏門から行ったので、竜をこんな間近に見るのは初めてだ。

 金属のように黒光りする鱗をまとった大きな体は、晴れ渡った空を背景に異彩を放っていた。

 竜は現実感がないほど大きく、何かの機械のようにも見える。

 そんな無機質だと感じさせていた竜は、カイオさんと姉さんを見ると、嬉しそうに翼を羽ばたかせた。

 竜もまた心ある生物なのだと思わせる動作だ。


 姉さんが赤ちゃんの頭ほどもある竜桃を一つかごの中から取り出した。

 そして両手で竜桃を捧げ持つようにしてルシア姉さんは竜に近づいていく。

「ライムンド。お腹が空いたでしょう。食事を持ってきたわ。これはね、この村の人達が竜のためにと丹精込めて育てた竜桃なの」

「ウオオーン」

 甘えるように鳴いた竜は、姉さんの手から直接竜桃を口に入れた。


「ねぇねぇ、カイオ。ライムンドがもぐもぐしているわ。可愛いわよね。あ、見て。ライムンドがごっくんした。本当に可愛い」

 ルシア姉さんは可愛いを連発しているが、竜はとても可愛いというような姿ではない。格好良いとは思うが。


「ライムンド、いっぱいあるからもっと食べてね。あなたたちもライムンドに食事をあげたい?」

 ルシア姉さんはそう言って子どもたちを振り返った。竜を怖がっている子どももいるが、殆どの子どもたちが手を挙げる。

「ライムンド、良かったな。竜は純真な子どもが大好きだから、もっと近寄っても大丈夫だぞ」

 カイオさんが子どもたちに声をかけると、子どもたちは次々にかごから竜桃を取り出した。


「ライムンドは本当に可愛いわ。あのね、カイオがね、こんな大きなライムンドのぬいぐるみを特注で頼んでくれたのよ。私の宝物なの」

 ぬいぐるみって、ルシア姉さんは二十四歳だよな。

「何だか姉がご迷惑をおかけしているようで、申し訳ありません」

 俺は思わずカイオさんに謝った。

「いや、ぬいぐるみぐらいで喜んでもらえたら安いものだから」

 何故かカイオさんは少し嬉しそうだ。


「私はカイオに迷惑をかけているかもしれないけれど、セザルに謝ってもらうほどでもないと思うのよ」

 ルシア姉さんがそう言うと、カイオさんが吹き出した。

「そうかもな」



 俺はそんな二人を見て、ルシア姉さんが離婚されてこの村に帰ってくるようなことは未来永劫ないだろうなと感じていた。

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