SS:ルシア姉さんが帰ってきた(ルシアの弟視点)
ルシア姉さんが竜騎士のカイオさんを連れて村に帰ってきた。
二人は婚礼衣装を着たまま村にやってきたので、既に夕食も済んだ時間だったが、急遽村長の家で結婚式が始まった。村人の多くが村長の屋敷を訪れ姉たちに祝いの言葉を贈る。そして、村長は樽で保管していた酒を村人たちに振る舞った。人々は酒を飲みながら踊りだす。それは夜が更けても続けられていた。
村はまるで祭りの夜のようだった。
我が国が誇る若き竜騎士とルシア姉さんが結婚したのは、巡回雑貨店が持ち込んだ号外を読んで知っていた。俺は十六年も会わないでいるうちに、ルシア姉さんが絶世の美女になっていたのかと驚いていた。しかし、帰ってきた姉さんは至って普通の女性だった。長い亜麻色の髪の毛は良く手入れされているし、神殿で長年聖乙女として暮らしていたせいか、肌は真っ白くなめらかなので、村の女よりは確かに美しいが、竜騎士を射止めるほどの美貌だとはとても思えない。
しかし、俺より若いカイオという男は竜に乗って現れた。確かに竜騎士なのだ。そして、ルシア姉さんの夫となるらしい。
村人はルシア姉さんの結婚を祝いながらも、不思議な気持ちでカイオさんを見つめていた。
途中で村の女達が家へと帰った。母とルシア姉さんが家に帰った後も、村の男達は村長の屋敷に上がり込み宴会は続いていた。もちろん花婿であるカイオさんも残っている。
普段は村の寄り合いが行われる大広間。そこには酔いつぶれた男たちが死体のように横たわっていた。そんな中でカイオさんは正気を保っていた。カイオさんに酒を勧めていた父も村長も既に眠ってしまっている。
カイオさんはため息をついて、壁に背をつけた。俺はカイオさんの横に行き、同じように壁にもたれかかる。
「こんな派手な結婚式になるとは思わなかった。ちょっと照れくさいな」
カイオさんが小さな声でつぶやく。
「あまり楽しみのない村だからね、飲むためのいい口実なんだよ。許してやってくれ」
「許すも何も、俺たちの結婚を祝ってくれているのだろう。ありがたいことだ」
竜騎士なんてもっと不遜で偉そうなやつだと思っていた。王様にさえ頭を下げる必要がないほどの人物だから、実際に偉いのだが、カイオさんは普通の青年のように振る舞ってくれていた。
最初は竜騎士を前にして緊張していた村の者たちだが、気楽に酒を酌み交わすカイオさんを見て、すっかり気を許して気分良く飲みまくり、こんな体たらくになってしまった。
王都で行われた結婚式の後、姉さんを魔法で守りながら四時間ほどでこの村まで飛んできたというカイオさんは、流石に疲れたのかゆっくりと目を閉じた。
俺も壁を背にしてカイオさんの隣で少し眠ることにした。
翌朝、村の男たちは村長から軽い朝食を振る舞われてから家へと帰っていった。父も先に家へ帰ってしまった。
「ルシアの両親にちゃんと挨拶できなかったから、家まで連れて行ってくれ」
竜に乗って現れた姉さんとカイオさんはそのまま村長の家に連れて行かれたので、俺たちの家には寄ってはいない。
「俺たちの家は小さいから驚かないでくれよ」
そう言うと、カイオさんは少し首を傾けた。
「聖乙女が出た家には多額の金銭が支払われると聞いたが。その金で家を建て直さなかったのか?」
「確かに姉が神殿へ行く際にお金をもらったらしい。しかし、この村ではそれは村の共有財産になる。病が流行ったり大規模な災害が起こったりした時に、町から医師を呼び食料や薬を買うために貯めておくんだ。こんな小さな村で一軒だけ大金を持っていては上手くいかなくなるから。それに、村内では物々交換なので金は必要ないし」
「そうか。いい村だな。ルシアの性格もこんな村で育ったせいかもな」
カイオさんは田舎だと馬鹿にすることもなく、柔らかく微笑んだ。
村の大通りを歩いていると、村人たちがカイオさんを見るために家から出てきた。カイオさんは多くの女性たちから熱い視線を向けられている。
彼はそんな視線には慣れているのか、表情を変えることもなく悠然と歩いていた。
そんなカイオさんは男の俺から見ても格好が良い。
村の中央にある井戸のところで、俺たちはルシア姉さんと出会った。
「ルシア、何をしている?」
カイオさんが姉さんに訊く。
「あっ、カイオ、おはよう。あのね、私は水を汲みに来たのよ。これが井戸で、ここに桶を吊るして縄で降ろして水を汲むの。王都育ちのカイオは知らないでしょう?」
なぜか姉さんは勝ち誇ったように説明している。井戸はそんなに誇るようなものでもないと思うが。
「王都にも井戸ぐらいある。桶を貸せ。俺がやってやるから。ルシアに任せると井戸に落ちかねない」
「井戸に落ちたりなんかしないもの」
姉さんは口を尖らせながらカイオさんに抗議した。それでも素直に桶を渡す。
軽々と水を汲み上げたカイオさんは、桶を持って歩き始める。その横を少し距離を開けて姉さんが歩き出した。
新婚らしい甘い言葉など一言も交わさない。それでも、二人はとても楽しそうにしていた。
「俺は下町育ちだし、訓練ばかりしていたので礼儀作法とかあまり知らない。ルシアの両親に嫌われたりしないだろうか?」
竜騎士に文句を言えるやつはこの国にいない筈だけど、カイオさんはそんなことを気にしてくれていた。
「私の両親は田舎者だから、礼儀作法なんて気にしないと思うのよ。心配いらないわ」
姉さんはそう言うけれど、田舎者の家族がカイオさんに嫌われる心配をした方がいいと思う。そんな家族に俺も入っているのが悲しいが。
「俺はカイオといいます。職業は竜騎士をやっています。この度はお嬢さんと結婚することになりました。どうかよろしくお願いします。事前に許可を得ることができず申し訳ありませんでした」
緊張しながらもカイオさんは俺の両親に頭を下げた。
「こ、こちらこそ、不束な我が娘を嫁にしていただいて、有り難く存じておる、しょ、所存であります」
父は慣れない丁寧語を使おうとして盛大に失敗していた。
「私は不束な娘じゃないもの。ねぇ、カイオ」
今そこを突っ込むところなのかと思う。
「まあな」
カイオさんが横を向いて笑っている。
硬かった空気が柔らかくなったので、まあ良かったのかもしれない。




