22.本当に望むもの(ルシア視点)
「何でも欲しいものを言え」
今日はカイオの完全休養日。一昨日に頼んでおいたことを覚えていてくれたようで、朝食を食べ終わり、一緒に皿洗いをしている時にカイオはそう言ってくれた。
「それは……」
彼の一生に関わることだから、やはりためらってしまう。
「そんなに恥ずかしがらないでも、あんたの欲しいものぐらい知っているぞ。大きなライムンドのぬいぐるみだろう?」
「えっ? なぜそれが欲しいってわかったの?」
確かにライムンドのぬいぐるみはとっても欲しい。
「俺が夜勤の時は寂しいから、ライムンドと一緒に寝られたらいいけど、木だと硬いと前に言っていたじゃないか」
カイオは私の言うことを思った以上に覚えてくれているらしい。
「それにね、ライムンドを下に敷いてしまって翼を折ったら大変だから、一緒に寝ることを諦めていたの。本当にライムンドのぬいぐるみが売っているの? それなら絶対に欲しい」
ライムンドのぬいぐるみは可愛いだろうな。柔らかいから抱きしめて一緒に寝ることが出来るのよ。凄いわ。
「さすがに既成品はないけれど、竜騎士の先輩が娘にねだられて、特注で自分の竜のぬいぐるみを作ってもらったことがあるって。その人形工房の場所を教えてもらったから、今からでも行けるぞ。昼は王都のレストランで食うか?」
魅力的過ぎる申し出だけど、とっても行きたいけれど、でも、今は私の希望を伝えなければ。
「私の一番欲しいものはライムンドのぬいぐるみではないの」
ちょっと悔しそうな顔をするカイオ。ライムンドのぬいぐるみもかなり欲しいのよ。大幅に外したわけでもないから。
「絶対にそれだと思ったけどな。まぁ、欲しいものがあるのなら何でも言ってみろ。高い宝石でもいいぞ」
「私が欲しいのは、カイオに良く似た赤ちゃんなの。パトリシアさんにみたいに、私も赤ちゃんを産んでみたい」
「えっ? 意味がわかって言っているのか?」
カイオはかなり戸惑っているらしく、声がうわずっている。
「だから、私と結婚してください」
カイオは男性だから、離婚歴は女性ほど重要視されないかもしれない。だけど、子どもがいるとなれば気にする女性も多いだろうから、彼の負担になることはわかっている。でも、カイオに迷惑をかけしまうとわかっていても、私は願わずにはいられない。
「俺たちは婚約しているから、そりゃ、そのうち結婚するだろうよ」
「それは違うわ。カイオは私なんかと結婚すべきではないの。もっと若くて綺麗な人を探さないと。でも、私はどうしても子どもが欲しいの。だから、一時的でいいので私と結婚して。赤ちゃんを産んで、私一人で育てることが出来るようになったら、子どもを連れて出ていくから。お金もあるし、絶対に貴方に迷惑をかけない」
カイオの顔が怒りに歪んだ。彼がとても怒っているのがわかり、私は思わず後ずさる。するとカイオも距離を詰めてきて、とうとう壁際に追い詰められた。カイオは両手を私の両脇の壁につけたので、私は逃れられなくなった。
「ふざけるな! 俺が妻と子を捨てるような不実な男だと思っているのか? 俺は竜騎士だぞ。大切な妻と子は一生守り抜くに決まっているだろう。子どもを連れて出ていくなんて絶対に許さない」
「だって、他の女性を探すのが面倒なんて理由で結婚を決めてはいけないわ。心から望んだ人と結婚しなければ駄目よ」
カイオは悔しそうに歯を食いしばった。
「一回しか言わないから、よく聞いておけ。俺は結婚するのならばルシアがいい」
驚いてカイオの顔を見上げると、落ち着かない様子で彼は横を向いた。
「今、何て言ったの?」
聞き間違いの可能性が大きいと思う。
「だから、よく聞けって言っただろうが! 俺はあんたと結婚したいと言ったんだ」
壁から手を離したカイオは、横を向きながら私から少し離れた。
「カイオの女性の趣味は変なのかしら? 私は何もできないし、迷惑ばかりかけたでしょう。いったいどこが良くて結婚したいなんて思ったの? とっても謎だわ」
「あんたはライムンドに好かれているし、あんたと一緒にいると退屈しない。それに、純粋で一所懸命なところが可愛いと思う」
私が可愛いの? 四歳も年上よ。
「本当に私でいいの?」
後でカイオが後悔することになったら悲しい。そうなる前にちゃんと言ってもらいたい。
「何回も言わせるなって言っているだろう! それより、ルシアはどうなんだよ。俺は口は悪いし優しくもない。団長にも餓鬼だとよく言われる。どうして俺の子が欲しいなんて思ったんだ?」
「だって、カイオはとても素敵なところへ連れて行ってくれるし、私の作った食事を美味しそうに食べてくれる。カイオと一緒にいると、本当に幸せなの。それに、カイオはとっても優しいわよ。だから、カイオに似た子どもが欲しいと思ったの」
カイオは優しくないと言うけれど、とても優しくて面倒見がいいと思うわよ。
「神殿に長くいたルシアは、俺以外の男を知らないだろう。だから、俺が優しいなんて感じているのではないか? ルシアこそ、他の男の方がいいと言い出したりしないか心配だ」
「そんなこと絶対にないわね。カイオと一緒にいるととても楽しいから」
「俺と結婚すれば、気軽に基地の外へも行けなくなるぞ」
「そんなこと平気よ。基地の中はとても素敵だもの。私の産まれた村より広くて何でもあるのよ。一人で雑貨店や図書館にも行けるようになったし、本当に楽しいわ。それにカイオの完全休養日には王都や湖に連れて行ってくれるのでしょう?」
料理を作るのも、掃除をするのも、全部が幸せ。公園の散歩だって大好きだし、ライムンドの背に乗って空を飛ぶのは最高に気持ちいい。
カイオは嬉しそうに笑った。本当に私と結婚したいと思ってくれているの?
「それじゃ、このまま結婚するということでいいな? 結婚すれば五日間の特別休暇が貰えるので、ルシアの村まで連れて行ってやれるぞ。十六年間も帰っていないのだろう」
「村から神殿まで五日間以上かかったわよ」
子どもの私にとっては、もう村には帰ることができないのだと覚悟するぐらいに長く感じた。
「それは馬車だからだろう。ライムンドなら直線で飛んでいけるからな。風魔法でルシアを守りながら音速の五割ぐらいで飛べば、半日で着くぞ。王都での結婚式の衣装のまま村に帰って、ルシアの家族の前でも結婚式を挙げよう。ルシアの家族にも結婚を祝ってほしいから」
優しいカイオはそう言ってくれた。
「とっても楽しみだわ」
「それじゃ、ライムンドのぬいぐるみを頼みに王都へ行こうぜ、外出の用意してこい」
こんなに幸せでいいのかと思ってしまう。でも、ライムンドのぬいぐるみは是非とも欲しい。




