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2.妻が決まってしまった(カイオ視点)

 竜騎士は何ものにも束縛されず、その魂さえ自由である。そう謳われているが、それはただの幻想であった。

 竜騎士は当然大型の翼竜を相棒としなければならない。そして、竜の飼育はまさに国家事業だ。巨大な竜舎を維持するために多くの人が働いている。たった十二頭の竜が消費する餌に、国家予算を組まなければならないほどだ。

 竜騎士は一人では成り立たないのだ。俺たちは竜を相棒として得たからこそ自由な竜騎士となれた。しかし、その竜が俺たちを国に縛っている。

 この大国でなければ、竜を飼育することが難しいのだ。だからこそ、この国は大国でありえた。


「ふうっ」

 王が待つ謁見室に向う長い廊下で、俺はため息を一つつく。俺には結婚の自由さえないらしい。


 謁見室で待っているのは王だけではない。歴代最高の聖乙女だとの誉れも高いルシアという女が待っている。通常なら十五歳を超えると急激に衰える聖なる力が、二十四歳になった今でも普通の聖乙女並に残っているという。

 彼女のお陰でここ十数年は魔物の勢力も弱く、この国はとても安定していた。

 しかし、長年神殿の奥で祈りを捧げるだけの生活を送り、結婚の機を逃してしまったルシアを憐れみ、王は彼女を神殿から解放し、望む夫を与えることに決めたらしい。


 ルシアが望んだのは竜騎士。しかし、竜騎士はたった十二人しかおらず、独身は俺だけだった。それ故に自動的に俺が彼女の夫に選ばれてしまった。

 竜騎士団の基地にやって来た王宮の使いにそう告げられても、俺には逃げ出すこともできない。相棒のライムンドは基地の竜舎でしか生きられない。王の命令とあれば、どんなに理不尽であっても従う以外に俺に選択肢はなかった。



 謁見室に入ると、小柄な女性がこちらを見ていた。あれがルシアに違いない。彼女は思った以上に普通の女だった。

 聖なる力で国を守りながらも、神殿の奥深くに守られていて一切その姿を現さない聖乙女は、若い男の妄想をかき立てる存在だ。年に二、三人は役目を終えた聖乙女が神殿を出されるが、すぐに交際相手が見つかり結婚していくほど人気がある。

 しかし、ルシアはあまりにも長く聖乙女であり続けた。王の強権で結婚相手を決める以外になかったのだろう。


「ルシアの聖なる力は若い頃より衰えたとはいえ、本来ならば神殿に留めておくほどには残されている。そんな彼女を神殿から出せば、聖なる力を狙った他国の奴らにさらわれたり、魔物に襲われたりする危険がある。そこで、竜騎士と結婚して基地内の官舎に住んでもらおうと思う。それで全て解決すると思わないか? 幸い彼女は結婚相手として竜騎士を望んでいるのだ。カイオよ、この国のために長年尽くしてきたルシアの願いを、是非とも叶えてやって欲しい」

 謁見室の一段高い豪華な椅子に座った王が、厳かにそう言った。ふざけんなと言い返してやりたいがぐっと我慢する。


「国王陛下、おおそれながら、結婚は一生の問題だと存じます。今しばらく考慮する時間をいただけませんでしょうか?」

 逃げられそうにもない雰囲気であるが、少しでも抵抗したい。

「陛下、カイオ様と二人きりでお話させていただけませんか?」

 それまで黙って聞いていたルシアが口を挟んだ。彼女は俺を見ても顔が緩むどころか、かえって険しくなっている。俺のことが気に入らなかったのだろうか。それならそれで何だか悔しいし、先輩の竜騎士が離婚させられるような事態になっても困る。


「そうだな。あとは若い二人で話し合ってもらおう。すぐに部屋を用意させる」

 ルシアと俺の間の微妙な空気も読まず、王は笑顔だった。しかし、口角が震えているところを見ると、王は気がついているが、俺がルシアに拒否されて既婚竜騎士を指名されるようなややこしいことになる前に、この話を強引に進めようとしているみたいだ。

 確かに俺もそんな事態は避けたい。先輩竜騎士の家庭はどこも円満だ。俺の次に若い竜騎士の妻は妊娠中で、もうすぐ初めての子どもが産まれる。そんな家庭を壊す訳にはいかない。




 侍従に案内されたのは会議室のようだった。向かい合って座ってもルシアとはかなり距離がある。

「俺たちは竜騎士になるために長年血の滲むような努力をしてきた。そして、命をかけて竜に挑み、ようやく竜を相棒とできて竜騎士になれるんだ。それが、生まれながら聖なる力を持っているだけで、何の努力もしていないあんたに、なぜ俺の将来を決められなければならないんだ?」

 ルシアがこの国に多大な貢献をしてきたのは理解している。そして、そのために婚期を逸してしまったことも。だが、今までの俺の努力が軽んじられているようで、文句の一つも言わないとやってられない。


「そうよ。聖なる力は知らない間に与えられていた。気がつけば神殿へ連れてこられて、祈り以外は何もさせてもらえない生活を強要された。十六年もの間よ。私に聖なる力なんてなかったら、貧しくても自由な暮らしができたわ。好きな人と結婚して、可愛い赤ちゃんを産む。そんな普通の女としての幸せを手に入れられたのよ。貴方は竜騎士になりたいから努力したのでしょう? そして叶えられた。私は聖乙女になることなんて望んでいなかった。私はただ自由が欲しかった。でも、私たちが祈らなければ、この国には魔物が溢れて滅んでしまうのよ。だから私たちが犠牲になるしかないじゃない!」

 ルシアは涙目で悔しそうに俺を睨んできた。話を聞けば確かに気の毒である。だが、それを素直に認めるのは悔しい。


「わかった。あんたと結婚してやるよ。死ぬほどの努力をして竜騎士になったのに、行き遅れの女のせいで、これから恋人を作って、しばらく付き合ってから幸せな家庭を築くというささやかな夢さえ砕かれた。どうだ! 俺の方が国の犠牲度が高いだろう?」

 そう言うとルシアは呆れたように少し笑った。

「そんなことに対抗心を燃やしてどうするの? 馬鹿じゃない。あのね、神殿の部屋の窓から空を舞う竜が見えるのよ。その自由さに憧れて毎日眺めていた。そして、ちょっとだけ憎いと思っていたわ。だから、結婚相手を聞かれた時思わず竜騎士と答えてしまっただけで、本気ではなかった。貴方と結婚したい訳じゃないの」

 俺のどこが不満なんだとむかついた。これでも、我が国が誇る竜騎士の一人なんだぞ。

「駄目だ。俺との結婚を断って他の竜騎士を望まれたりしたら非常に困る。先輩たちは皆既婚者なんだ。独身の俺で手を打っておけ」

 

「奥さんがいる男性と結婚したいなんて絶対に言わないわよ。だって、私も不幸になるに決っているもの」

 ルシアは頬を膨らませて俺に抗議した。その様子は年齢よりかなり幼く見える。

「その言葉が嘘でないとどうしてわかる? それに陛下はあんたを守るために竜騎士団の基地に住まわせるつもりだ。あんたがその気がなくても、王は竜騎士との結婚を進めてしまいそうだ」

 それだけは阻止したい。俺がルシアと結婚したがっていると思われるのは癪だが、どう考えても、俺が彼女と結婚するのが一番揉め事もなく収まるだろう。

「聖乙女を辞めれば出身の村へ帰ろうと思っていたけれど、それも叶わない。安全のために竜騎士団の基地に住まなければならないみたいだから、そこで職を見つけて一人で生きていくわ。だから、もう私に構わないで」

 ルシアは泣きそうになっている。まるで俺が虐めたみたいで落ち着かない。


「祈ることぐらいしかしてこなかったあんたに、基地でできる仕事があるとは思えないけどな。確かに食堂や洗濯場には女性が働いているけど、あんたの細い指では無理じゃないか? 素直に結婚しておけばいいと思うけど。それとも、結婚する自信さえないのか?」

「馬鹿にしないでよ。結婚ぐらいいつでもできるから」

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