18.夜の哨戒飛行(カイオ視点)
本部棟に出勤すると、同じ班の団長が待っていた。
「ルシア様は元気になったようだな。倒れられた時はどうしようかと思ったが、大したことがなくて本当に良かった。だが、朝から公園でいちゃつくのはどうかと思うぞ。せめて家の中だけにしておけ」
またしても身に覚えのないことで責められた。
「俺たちはいちゃついたりしてません。天気が良かったので外でパンを食っていただけです」
ルシアは外で食うのは初めてだと随分とはしゃいでいたが、言い争いをしていたので、仲良くしている感じではなかったはずだ。
「二人で仲良くパンを分け合って、それから、花時計の周りを手を繋いで歩いていたらしいじゃないか?」
だから、誰がそんなことを一々団長に報告しているんだ? 竜騎士団は暇なのか?
「全部の種類を食べてみたいとルシアが言ったから、パンを分けて食いました。それに、ルシアがはしゃいで転びそうになるので、手を繋いでいました。それだけです」
「まぁ、そういうことにしておこう。さぁ、軽い訓練をした後に仮眠、それから哨戒飛行だからな。ルシア様が神殿を出られて以来、魔物の動きが活発になっている。前回よりきつい任務になることを覚悟しておけ」
団長は真顔になった。先日の緊急発進時程の大規模な魔物の侵入はないが、哨戒飛行時にも小規模の戦闘は行われているらしい。
「了解しました」
俺は団長に敬礼をした。
腹筋と首を鍛える運動をして、運動場を五周ほど走り込む。そして、シャワーで汗を流して仮眠室に向かった。
すぐに眠りにつき、目が覚めると既に夕方になっている。本部棟の食堂で軽めの夕食を済ませて、竜舎へ急ぐ。
鞍と弓が背に取り付けられているライムンドは、竜舎前の広場で俺を待っていた。
「ライムンド、夜の散歩を楽しもうぜ」
ライムンドは俺の言葉に咆哮を上げて答える。俺は身体強化して地を蹴ると、一気にライムンドの背に乗った。そして、鞍に座り革のベルトで固定する。
「第十二番竜ライムンド、発進」
俺は大声を出す。通常発進なので、装備班は予めライムンドから離れている。
ライムンドが大きく羽ばたきをして、星が瞬く大空へと舞い上がった。この瞬間が俺は好きだ。竜騎士になって良かったと本当に思う。
哨戒飛行の目的は、国内をくまなく調査し、魔物が侵入していれば殲滅することであるが、飛行することが大好きな竜のためでもあった。
音速の八割ほどの速度で、国の中央付近にある基地から大きく螺旋を描きながら国の果てまで行き、膜の内側を一周して再び基地に戻る。飛行は時間にして八時間ほどの予定だ。
前回の哨戒飛行はルシアが神殿を出る前だったので、魔物の侵入はなかった。しかし、今夜は荒れそうだ。
「ライムンド、絶対無事に帰ってこような」
俺はルシアが祝福した認識票を掲げてみせた。ライムンドは頷くように顔を振ってみせる。
携帯食を口にしながら星の輝きと町や村の灯りを楽しみ、俺たちは聖なる力の膜のところまで着いた。この三日で膜はかなり縮小したらしく、以前はかなり距離があった辺境の村が、膜のすぐそばになっている。これ以上縮小するためには村を廃棄するしかない。
膜の外側ではひっきりなしに魔物がぶつかり、光りながら消えていっている。膜は虹色に輝いていてとてもきれいだ。しかし、民家が近いので、一旦魔物に突破されると被害が出そうで怖い。
「カイオ、下だ。四足獣の形態の魔物が突破してきた」
前を飛行している団長が風魔法を使って声を届けてくる。
下を見ると、盛大に光を放ちながら五十匹ぐらいの魔物が走って膜を突破していた。聖なる力が黒魔素を分解するより早く魔物が黒魔素を生成しているので膜を突き破ったのだ。少し高度を落として見るとかなり大型であることがわかる。地響きが聞こえてきそうだ。
「カイオ、村が近い。絶対に村へ侵入させるな」
「了解!」
俺たちは竜騎士だ。この国の人たちを絶対に守らなければならない。
俺は弓に矢をつがえた。そして、ライムンドを旋回させながら矢を射る。地上を走る魔物は一匹ずつやっつけなければならないので面倒だが、反撃される心配はなく時間さえかければ確実に殲滅出来る相手だ。だが、村が近いので一匹も漏らすことなく素早くやっつけなければならない。
幸いなことに膜はすぐに修復されたらしく、それ以上の魔物の侵入はなかった。
ライムンドは空中を舞い、魔物を追いかけていく。
団長と俺は何度も矢を射る。
俺たちの矢は確実に魔物の核を貫き、魔物は大きな光とともに消え去っていく。
残りの魔物が数匹になって安心した時、魔物の進行方向に子どもが座っているのが見えた。魔物が放つ光に誘われて村の外に出てしまったらしい。
「矢では間に合わない」
俺は左手を突き出しながらライムンドから飛び降りた。最大限の身体強化を行い速度を上げる。その落下の勢いで魔物の核を殴りつけた。予想通り、魔物は眩しい光を放ちながら消え去った。
一旦足を地につけて再び飛び上かり、子どもに迫っていた魔物を左手で殴ると、きらきらと光が舞い踊る。もう一匹は右手で抜いた剣で核を両断した。
後ろでは最後の一匹を団長の矢が貫き、光を撒き散らして魔物は消えていった。
辺りは昼のように明るくなり、やがて闇に包まれる。その中を松明を持った人たちが走ってくるのが見えた。
「すげー、竜騎士だ。かっこいい」
泣いていると思っていた男の子は元気に立ち上がり、俺に握手を求めてきた。とりあえず無事で良かった。
風が巻き上がり、ライムンドと団長の竜アウレリオが近くに並んで着地する。
「カイオ、無事か?」
「怪我はありません。要救助者も無事確保しました」
「あんまり無茶をするなよ。また竜騎士の上着が駄目になっているぞ」
近寄ってきた団長が俺の上着を指差した。確かに速度を上げたので空気との摩擦の熱で一部燃え上がっている。
「必要経費でお願いします」
「任務中の破損だから予算は出るが、また書類を書かなくてはならないのか」
団長がため息をつく。確か竜騎士の上着は幾重にも布を重ねて丁寧に作られたとても高価なものらしい。でも、子どもを守るためだったから、書類ぐらい書いてください。団長、お願いしますよ。
「竜騎士って、ちょっと思っていたのと違う」
救助した子どもは、団長を見て首を傾げている。確かに書類の心配をしている竜騎士なんて、理想を壊しそうだ。でも、これが現実だからな。竜騎士は魂までも自由だなんていうにはただの幻想だ。
「こら、坊主、魔物が来ているのに村の外に出ては駄目ではないか」
団長が怒ると、子どもは舌を出して迎えに来た村人のところへ走って逃げていった。