17.家政婦さんと出会う(ルシア視点)
「本当に大きい! それにとても綺麗」
カイオが連れてきてくれたところには、大きな円形の花壇があり十二種類の花が植えられている。そして、針がゆっくりと動き時間を指し示していた。
針の動きを見ているだけでも楽しい。私は全ての花を見るために花時計のまわりをぐるぐると回っていた。カイオもそれに付き合ってくれる。
「この時計は空からでも見ることができるんだ。夜には周囲に火が灯されてとても綺麗だぞ」
「凄い! 見てみたい」
空から見る花時計はとても素敵だろうな。
「明後日は完全休養日で緊急発進も免除になるから、ライムンドに乗って王都へ買い物にでも行くか? 夜の飛行は無理だけど、昼間ならこの上空をゆっくり飛んでやれるぞ」
さらっとカイオが凄いことを言う。
「本当に? 王都へ行けるの? しかも空を飛んでなんて、素敵すぎるわ! 嘘みたい」
王都で買い物なんて幸せすぎる。ずっと憧れていたのよ。これだけ期待させて、嘘だって言ったらカイオを許さないからね。
「俺だって王都にそれほど慣れているわけではないから、あんまり期待するなよ」
カイオはそう言うけれど、今までカイオが連れて行ってくれた場所は全て素晴らしかった。基地の雑貨店もこの公園もとっても楽しい。だから、もちろん全力で期待しています。
とても満足した散歩から帰って、買ってきた食材を冷蔵保存庫へ入れていると、家政婦さんがやって来た。彼女は私の母親ほどの年齢だった。
「私は テレーザと申します。よろしくお願いいたします」
「私はルシアです。こちらこそよろしくお願いいたします」
私が挨拶を返すと、テレーザさんが嬉しそうに微笑んでくれた。怖い人だったらどうしようと思っていたけれど、優しそうな人で安心する。彼女ならば初心者の私にでも料理を教えてくれそうだ。
「カイオはお昼を食べてから出勤なのよね。テレーザさんと昼食を作るから、出来るまで部屋で待っていて」
料理は超初心者なのでカイオに見られて馬鹿にされると悔しいから、彼を台所から追い出すことにする。
「あんまりテレーザさんに迷惑をかけるなよ」
やはりカイオは意地悪だった。
「料理ぐらいちゃんとできるから、楽しみに待っていなさい」
私はドアを指さしてカイオに早く出て行けと促した。
「楽しみにはしている。テレーザさんの料理の腕は信頼しているから」
そんな嫌味を言ってカイオは台所を出ていった。
「お二人は本当に仲がいいのですね」
両手を胸のところで組んたテレーザさんは驚きの発言をする。
「テレーザさん、さっきのやり取りを聞いていましたか?」
あれのどこが仲がいいのでしょうか? カイオは意地悪で嫌味を言っていた。
「昨日、カイオさんはね、ルシアさんのことをとても心配していたのですよ。先程も、慣れない料理をして貴女が怪我や火傷をしないか心配しているに違いありません」
「昨日はカイオに心配をかけてしまったけれど、さっきのは違うと思うわ。カイオは意地悪だし」
そう言ったけれど、テレーザさんは微笑んでいるだけだった。
「私の夫も竜騎士だったのですよ」
しばらく微笑んでいたテレーザさんが静かに語りだした。
「竜騎士の奥様なのに、家政婦として働いているのですか?」
「十分な恩給は貰っているので、生活には困っていないのですけど、あのルシアさんが家政婦を募っていると聞きましたので、お手伝いできたらと思ってやって参りましたの」
「私が何かしたのでしょうか?」
テレーザさんとは初対面のはずだ。何か縁があったとは考えにくい。
「二十年ほど前のことです。夫は夜の哨戒飛行時に大量の魔物に襲われて竜から落下して殉職してしまいました。その時、国を覆う聖なる力の膜を縮小せざるを得なくて、夫の遺体は国の外に取り残されてしまったのです。でも、聖なる力の強い貴女が聖乙女になり、膜を一気に拡大することができました。夫の殉職から五年後、十五年前に夫は私の元へ帰ってきてくれたのです。だから、ずっと貴女にお礼がしたかったのよ」
テレーザさんは胸元から金色の認識票を取り出した。鎖を首にかけて首飾りのようにしているらしい。
「旦那様とお揃いの認識票ですね」
「ええ、あの人は銀の認識票を左手首に巻いていてくれましたから、骨になってもあの人だとわかりました。あの人もね、ちょっと照れ屋でぶっきらぼうだったけれど、本当はとても優しかったの。そして、絶対に諦めずに最後までやり抜く意志の強い人でした。私はそんなところをとても尊敬していました」
私は左手首に巻いた金の認識票を見た。危険な任務を行う竜騎士だからこそ身につける銀の認識票。その対となるこの認識票を本当に私がつけていてもいいのだろうか?
「ごめんさいね。お礼を言いたかっただけなのに、湿っぽい話になってしまったわ。気を取り直して、料理を始めましょうか」
「はい。カイオの好きそうなものを作りたいです」
せめて危険な地へ赴くカイオに、美味しいものを食べさせてあげたいと思った。今できる精一杯のことをして。
「あのね、焜炉の火は私がつけたの。それに、野菜は全部私が洗ったのよ」
昼食が出来上がったので、カイオを食事室に呼んでそう報告した。
「それは凄いな」
カイオの返事には全く気持ちがこもっていない。
「今日はこれだけだけど、これからもっと出来ることを増やしていくわ。そのうち一人で全部出来るようになるもの」
カイオが意地悪そうに笑う。
「怪我や火傷には気をつけろよ。あんたは不器用そうだから」
「失礼ね。私は不器用じゃないわよ。ただちょっと不慣れなだけ」
私が頬を膨らませて抗議すると、カイオは頬をつついてきたので、口から空気が漏れて変な音がした。
「ぷっ、だって」
カイオが声をあげて笑いだした。やはりカイオは失礼で意地悪だ。
「やっぱりお二人は仲がいいですね」
テレーザさんがほのぼのとそう言ったので、
「どこがですか」
速攻で否定しておいた。
「俺は明日の昼頃まで帰ってこないからな。絶対に危ないことをするなよ。火には注意しろ。熱い湯に手を入れるな。それから、暗い時は外に出たら駄目だ。用水路に落ちる危険がある。あと、夜更かしはするな。風呂の温度にも気をつけろ。毛布はちゃんとかぶって寝ろよ」
昼食も済んで出勤する際になって、カイオが長々とそんなことを言い出した。まるでお母さんみたいだ。
「わかっているわよ。ちゃんと待っているから」
「その言葉が信用できないから、言っているんだ」
私はどれだけ信用ないのよ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。私が夜までいますから」
テレーザさんが親切にもそう申し出てくれた。これで私も安心だ。
カイオもほっとした顔をしている。
「本当に世話をかけて申し訳ないが、よろしく頼む」
カイオは深々とテレーザさんに礼をしてから、家を出ていった。
どう考えても家で待つ私よりカイオの哨戒飛行の方が危険だから、気を付けてと言うのは私の方だったのではないかとちょっと後悔した。