15.無理やり祝福(ルシア視点)
目が覚めると窓の外はかなり暗くなっていた。
私はベッドから降りて、壁にかかっているランプに左手をかざす。すると、金の認識票に反応したらしく、ランプの燃料に火が着いた。私が一人で灯りをつけることできた。そのことがとても嬉しくて、ランプを持って部屋を出る。
階段をランプで照らすと、楽々と段を降りることができた。
一階に着くと、食事室から灯りが漏れている。カイオが待ってくれているようなので、私はドアを思い切りよく開けた。
カイオは椅子に座っていた。ドアを開ける音に驚いたのか、彼は目を見開いて私を見ている。食事室には彼しかおらず、既に家政婦さんは帰ったらしい。テーブルには彼女が作ってくれたらしい美味しそうな料理が並べられていた。
「見て! ランプを一人でつけることができたのよ」
私は褒めてもらおうとランプを掲げて見せた。
「もう動いて大丈夫なのか?」
私の予想に反してカイオは褒めてくれなかった。ちょっと悔しい。
「あっ! 私は騎士団で祝福していて、眠ってしまったのだった」
今更思い出してしまった。あまりに眠くて、七人の認識票を祝福し終わったところで記憶が途切れている。でも、知らない間に家で寝ていた。カイオが連れて帰ってくれたの?
「急に倒れるから驚いたぞ。体が辛かったら、ちゃんと言わないと駄目じゃないか!」
何故かカイオが怒っている。
「別に体が辛かったとかではなく、眠かったから」
よく考えると、あんなにも眠かったのは昨夜椅子で眠ってしまったカイオのせいだわ。カイオがベッドへ行けば、私だってベッドで寝たもの。
「神官が祝福は聖乙女の体にとても負担をかけると言っていたぞ」
「他の子たちはね、祝福時には銀に聖なる力を無理やり吸い取られてしまうような、物凄い不快な感じがするって言っているけれど、私はそんなこと感じたことはないわよ」
「それって、感じていないだけで体に負担はかかっているんじゃないのか? あんたは鈍感そうだし」
相変わらずカイオは失礼だった。
「鈍感て何よ! そんなはずないでしょう。祝福ぐらい簡単にできるから。ちょっと左手を出してみて。貴方の認識票は聖なる力が少し減っているので、速攻で一杯にしてみせるわ」
私はランプをテーブルの真中に置いた。そして、カイオの横に行き、彼の左手首の認識票を掴もうとする。しかし、カイオが急に立ち上がり左手を上げてそれを阻止した。
「馬鹿! また倒れたらどうする!」
「だから、倒れたりしないって言ってるでしょう。昼間は眠かっただけよ。そもそも、貴方が昨夜ここで寝てしまったのが原因なのよ。私のせいじゃないもの。とにかく左手を下ろしさないよ」
カイオは背が高い。彼の腕も長いので私が背伸びして腕を伸ばしても銀の認識票に届かなかった。
「だから、祝福しなくてもいいって言ってるだろうが!」
「私の祝福は最高だったんじゃなかったの? やはり嘘だったのね」
「最高だというのは嘘じゃない! だが、またあんたが倒れてみろ。怒られるのは俺だぞ」
カイオがその気なら、私だって考えがある。
私はカイオがさっきまで座っていた椅子の上に乗り立ち上がった。ようやく私の目線の方が彼より高くなる。それでも腕の高さは変わらないので、少し離れたカイオの手には届かなかった。
椅子の上で背伸びをすれば届きそうだ。そう思ってつま先で立とうとしたが、椅子がぐらついてしまった。
「危ない!」
カイオが私を抱きとめる。その隙にカイオの左手首に巻いている認識票を掴んで、無理やり祝福してやった。ちょっとだけしか聖なる力が入らないのが残念。
「私の勝ちよね」
高笑いをしたい気分だけど、カイオの腕の中ではちょっと格好がつかない。
「もう、負けでいいよ」
カイオは私を降ろしながら、大きなため息をついた。そして、頭を振っている。
「夕飯にしよう。今日から来てくれた家政婦が作ってくれた。今魔法で温めてやる」
カイオが手をかざしながらテーブルの上を動かすと、温かい料理からは湯気が上がりだした。そして、デザートはより冷たくなっている。
「本当に便利ね。一家に一人カイオがいれば、いつでも温かい食事ができるのね」
「これぐらい魔法があれば誰でもできるから」
魔力を持たない私に喧嘩を売っているのかしら。
「私にはできないもの」
頬を膨らせて抗議の意を伝える。
「あんたには聖なる力があるじゃないか。それの方が凄い」
「だって、聖なる力なんて、生活の役に立たないもの」
「聖なる力がなかったら、この国の皆が窒息してしまうんだぞ。魔物だって国内に侵入し放題で、黒魔素中毒で死んでしまう。わかっているのか?」
「わかっているわよ。だから、こんな年になるまで、この国のためにひたすら祈ってきたんじゃないの」
祈ること以外は全て諦めて生きてきたのよ。
「わかっているのなら、とりあえず食え」
せっかく温めてもらったのだから、素直に従うことにした。
家政婦さんが作った料理はとても美味しかった。カイオも凄い勢いで食べている。
夕飯を作ってくれた家政婦さんに料理を習うと、カイオに参ったと言わせることができそう。私は『やるぞ』と決意しながら夕飯を楽しんだ。
「湯船に湯は張っている。燃料に火をつけて好きな温度に調節しろ。皿洗いは俺がするから、先に風呂に入って、もう部屋で休め」
「嫌よ。私が皿洗いをするの」
唯一私にでもできそうな仕事を取り上げられたら困る。本当に役立たずになってしまうから。
「だから、あんたは今日倒れたんだぞ。無理をするな!」
怒鳴られても、ここは引くことはできない。
「違うって言っているでしょう! 眠っていただけよ。皿洗いぐらいできるからね」
さっきまで眠っていたのに、今からまた眠ることなんてできないし。
「俺が皿を洗うって言っているだろうが」
私が皿を台所まで運ぼうとすると、カイオが皿を取り上げようとする。取られたくない私とカイオは汚れた皿を引き合っていた。力はカイオの方が強いに決まっているが、割れやすい陶器なので力を制限しているようだ。
「仕方がないわね。一緒に皿洗いをしましょう。これが妥協点よ」
これが大人の決着というやつよね。
「わかった。だけど、皿は俺が運ぶ。あんたは落として割りそうだから」
やはりカイオは私を子ども扱いする。ちょっと納得はできないけれど、落として割らないという自信もなかったので、私はカイオが皿を運ぶのを黙って見ていた。
「水を温めるから冷たくないはずだ。それから、洗った皿はそのかごに並べろ。風魔法で乾かすからな」
スポンジに洗剤をつけて泡立たせて食器を洗うと、カイオがキコキコと水道のレバーを押してくれた。すると温かい水が勢いよく流れてくる。その水で泡を洗い流して皿をかごに入れた。
全部の食器を洗い終わると、カイオが温かい風を送り食器を一瞬で乾燥させてしまった。
「凄い! やはりカイオは便利だわ。一家に一台は絶対に必要ね」
「俺は家事を手助けする機械じゃないぞ」
そう言ってカイオは顔をしかめているけれど、便利であることは間違いない。
こうして神殿を出て二日目が無事に終わった。