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14.ルシアとの約束(カイオ視点)

 ルシアが俺以外の竜騎士の認識票を祝福している。それが何故か気に食わない。

 あのルシアが竜騎士と結婚して自慢しようなどと考えている筈はない。ましてや男を誘惑できるとはとても思えない。

 だから、先輩たちがルシアに近づいても問題は何もないとわかっている。

 だが、嬉しそうに左手を差し出す先輩たちに笑顔で答えているルシアを見ていると、何となく不愉快だったので、ルシアから目を逸していた。


 それでも気になってルシアに視線を戻すと、笑顔がなくなっていて少し体調が悪そうに見える。しかし、ここでルシアの祝福を止めたら、狭量な男だと先輩たちからからかわれそうだ。もう少し様子を見ようと思ったのが大きな間違いだった。


 七人目の認識票を祝福し終わった途端、ルシアは椅子から崩れ落ちるように気を失ってしまった。

「ルシア! どうした」

 俺はルシアに駆け寄って、彼女が床に倒れ込む寸前に抱え込んだ。彼女の頬を軽く叩いても反応はない。

「ルシア、目を覚ませ。お願いだ。ルシア!」

 大声で呼びかけて少し揺さぶってみるが、ルシアはやはり目を開けない。

 俺はどうしたらいいかわからず、途方に暮れていた。


「医務官と神官を呼んでこい」

 団長の怒鳴り声が聞こえた。そして、ジャイル先輩が走って部屋を出ていくのが見える。竜騎士団の基地では、竜騎士の武器の状況を把握するために、神殿から出向するかたちで神官が働いている。聖なる力を視認できる彼らは、武器に込められた聖なる力の残量や魔法の被覆に破れがないか確認する作業に従事していた。


 医務官や神官を呼びに行くより、俺がルシアを抱えて医務室へ行った方が早く診てもらえるのではないかと思ったが、下手に動かすと重篤化する危険性があるので、逸る心を抑えて医務官の到着を待つことにする。


 しばらく待っていると、竜騎士団の基地で唯一の女性医務官と神官がやって来た。

「これは……、まさか、皆さんの認識票を祝福させたのですか?」

 神官が俺たちの認識票を見て絶句している。

「貴方達はか弱い女性に何をしているの!」

 甲高い声で医務官が叫んだ。


「団長の奥様は元聖乙女ですよね。祝福が体にどれほど負担がかかるのかわかっているでしょう? 神殿では必ず神官が立ち会い、聖乙女の体調を確認しながら祝福を行うのですよ」

 神官が大声で団長に詰め寄っている。この基地の総司令官である団長だが、今は怒られた子どものように身を縮こませていた。

「ルシア様があまり簡単に祝福するものだから、彼女にとっては簡単だと思ったんだ。ルシア様も気軽に引き受けてくれたし」

 団長が小声で言い訳をしているが、神官は益々怒りが募ったようだ。

「簡単って! 何を言っているのです。本当に話にならない。聖乙女は魔力を全く持たない繊細な人たちなのですよ。貴方達みたいに魔法で身体を強化しながら竜に乗って戦うような化け物じみた人たちと一緒にしないでください。皆さんのような大男に囲まれて、ルシア様は祝福を断りきれなかったのでしょう。どれほどお辛かったことか、おかわいそうに」

 団長と同年代の神官は、涙ぐみながら訴えていた。

 ルシアの様子はそんなに大変な感じではなかったけどな。本当にルシアはそれほど辛かったのだろうか?



「動かないでしっかりと抱いていてね」

 医務官はそう言って、俺が横抱きにしているルシアを診察魔法を使って全身を走査した。

「特に悪いところは見当たらないわ。寝不足と疲労ね。環境が急激に変わって疲れていたところに多大な祝福を行ったので倒れてしまったのでしょう。ゆっくり休ませてあげてくださいね。気がついたら消化の良い栄養のあるものを食べさせるように」

 俺は医務官の言葉に安堵して、大きく息を吐き出した。確かに昨夜はルシアを椅子で寝かせてしまったので、睡眠が十分に取れなかったのだろう。今日はちゃんとベッドで寝かせなければ。

「それから、カイオさん、職場でいちゃつくのは控えた方がいいと思うのよ。ここには独身の人も働いているから、あまり彼らを刺激しないであげてね」

 医務官は俺に向かってからかうように笑った。


「いちゃついたりしていません」

 そんな覚えは全くない。今はルシアが倒れたから抱き上げているだけだ。

「そう? 食堂に仲良く二人で現れて、カイオさんが列に並んでいる間も座っている彼女のことをじっと見ていたと聞いたわ」

 誰だ? そんなことを医務官に教えたのは。

「目を離すと、ルシアは何をしでかすかわからないので見張っていただけだ」

「それに、二人で仲良く料理を分け合って食べていたらしいじゃない」

「それはルシアが量が多すぎると言ったから、俺が半分引き受けただけで、他意はない」

「婚約者なのだから、仲がいいのは仕方がないのでしょうけれど、彼女を疲れさせるようなことはしないでね」

 この医務官、全く人の話を聞いていない。見かけは年齢不詳だが団長より年上らしいので、耳が悪くなってるんじゃないか。



「君がルシア様の婚約者なのか? ルシア様に祝福させるために婚約したわけではないだろうな?」

 今度は神官が絡んできた。ルシアにこんなことができるなんて知らなかったから、祝福目当てで婚約なんてできない。

「ルシア様に祝福を頼んだのは私だ。カイオはそんな打算で女を選ぶような男ではない。安心してくれ。彼ならルシア様を必ず幸せにできるから」

 団長が庇ってくれるのは嬉しいが、何だか幸せにしろとの圧力を感じる。

「そうですか。それならば、ルシア様をよろしく頼みますよ。確かに、カイオさんの認識票だけ皆さんより一割ほど少ないのですね。ルシア様に無理をさせなかった証拠でしょう。長年国に貢献してこられた偉大な聖乙女なのですから、どうか、幸せにして差し上げてください」

 神官が俺に頭を下げた。

 それより、あれだけ派手に認識票の聖なる力を使ったのに、たった一割しか減っていないというのが驚きだ。とても信じられない。ルシアはこの認識票にどれだけ聖なる力を込めたんだ? 



「あの……、ルシアを連れて帰ってもいいですか?」

 これ以上ここにいると、とんでもないことを言われそうだから、とにかくルシアを家に連れて帰りたい。

「ああ。今日はもう帰ってもいいぞ。明日は夜の哨戒飛行担当だから、カイオもゆっくり休んでおけ」

 今日は訓練日だったが、団長に許可をもらったので帰ることにする。



 本部棟から家まで歩いて十分ほどだが、気を失っているルシアを横抱きにしているので、なるべく揺らさないようにゆっくりと歩く。

 いつもの倍ほどの時間をかけて家に帰り着いた。

 門を入り、ルシアの左手首に巻いている金の認識票で玄関のドアを開ける。

「約束だからな」

 元は俺の魔力だから、俺が開けても一緒だけど、ルシアが自分で開けたいと言っていたから何となく認識票を使ってみた。

 ルシアは気を失っているので覚えていないだろうけれど、認識票が正常に機能している確認だと思えばいいか。

 

 そのまま二階に上がって、ベッドが二つあるルシアの部屋へ入った。

 一方のベッドにルシアを寝かせ、畳んであった毛布をかける。まだ日が高いので、薄桃色のカーテンを引くと、部屋は少し暗くなった。


「カイオのいじわる。でも、ありがとう」

 小さな声でルシアが呟く。目が覚めたのかと思ったが、ただの寝言のようだ。

「ったく、どれだけ心配したと思ってんだよ。勝手にいなくならないでくれ」

 

 十六年も国のため祈り続けた聖乙女。ルシアは確かに幸せになる権利があると思うが、まるで少女のように無垢な彼女を、俺は本当に幸せにすることができるのだろうか? 不安だらけだが、それでもルシアの笑顔が見たいと思う。

 

 とにかく、家政婦が来たら美味しいものを作ってもらって、腹一杯になるまで二人で食おう。

 それだけで幸せになれるような気がした。

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