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11.ちょっとしたお散歩(ルシア視点)

 カイオが仕事へと行ってしまった。

 家の中には私一人。昨日はとても心細かったけれど、昼にはカイオが帰ってきてくれると思うと、今日の私には何の不安もない。思い切り自由を満喫しなければ。 


 朝食に使った食器を片付けて、二枚の毛布とライムンドの模型を持って二階の部屋へ行き、ライムンドをチェストの上に飾る。それから……


 暇すぎる。することがない。掃除や洗濯をしようと思ったけれど、慣れないことをして失敗すればカイオに馬鹿にされそうだし、彼を心配させたくもない。

 本当に私は何もできない。魔法も使えないし。


 私は昨日火傷した人差し指を見た。あんなにずきずきと痛かったのに、カイオが魔法を使ったらあっという間に治ってしまった。

 シャワーの大きなタンクにだって一瞬で水を満杯にすることができるカイオ。そして、彼は得意な風魔法で私の髪の毛を乾かしてくれた。

 幼い時から訓練に明け暮れ、命がけで竜に挑み、竜から相棒だと認められた誇り高い竜騎士。王にさえ膝を屈することなく、誰も彼を縛ることはできない。その魂さえ自由な存在。

 カイオと私とは本当に正反対。何でもできるカイオと、何もできない私。


 でも、落ち込んではいられない。家政婦さんがこの家にやって来たら、みっちりと家事を教えてもらうの。そして、完璧に家事をこなしてカイオに『恐れ入った』と言わせてみせるから。

 私は手を握り締めてそう誓った。

 

 一昨日までは朝の祈りをしていた時間だけど、聖乙女を辞めた今はそんなこともしなくていい。

 何をしても自由なはずなのに、何もすることがない。



 ふと窓の外に目をやると、色とりどりの綺麗な花が咲いている花壇が見えた。私が借りることにした二階の部屋は玄関と反対側に窓があるので、あれは裏庭だと思う。

 一階に降りて玄関に行ってみる。ドアノブを回し軽く押すと難なくドアが開いた。そっと一歩足を踏み出す。神殿に入ってからは庭にさえ一人で出たことがなかったから、裏庭へ行くのも私にとってはちょっとした冒険だ。

 完全に外へ出てドアノブを持つ手を離すと、後ろでドアが閉まる音がした。

 私はそのまま壁を伝って裏庭へ行く。


「綺麗!」

 神殿のように広い庭ではないけれど、小さな花壇の花は十分に見応えがあった。カイオは独身寮に住んでいたらしいので、花壇の世話をする人が他にいるのだろう。

 その人に花の育て方も習うことができたら、とても素敵だし、カイオを驚かせることができるかなと思う。


 しばらく花を見ていると、蝶が二匹仲良く飛んできた。つかず離れず飛ぶ蝶はとても楽しそうだ。私はその様子を時が過ぎるのも忘れてじっと見ていた。


 初めての一人だけの外出は家の敷地内の裏庭までだったけれど、とても楽しかった。

 カイオが帰ってくるまでに家の中に戻れば、一人で外に出たことはばれないから大丈夫。

 そう思っていたのに、玄関のドアが開かない。閉まった時自動で施錠されてしまったらしい。

 魔法認証方式の鍵なので、登録されていない私には解錠できない。登録してもらおうにも、私には魔力が全く無い。

 どうしよう。カイオはおとなしく待っていろと言ったのに、外へ出たことを知られたら怒られてしまう。


 何回がドアを叩いたけれどびくともしない。それより叩いた手が痛い。

 心細くて泣きそうになってしまう。


「どうかしましたか? 貴女は昨日基地内の雑貨屋で会ったカイオさんの婚約者の方ではないですか?」

 私に声をかけてくれたのは、臨月のようにお腹が大きい女性だった。確かジャイル先輩という人の奥さんだ。

「いいえ、私はカイオさんの婚約者というわけではなくて、ただの居候なのです。それで、裏庭を見たいと外に出たら、ドアが勝手に閉まって開かないの」

 そう言うと、その女性はふっと笑った。その様子も可愛らしい。

「このドアは自動で鍵がかかってしまいますからね。カイオさんはお仕事なの?」

「はい。でもお昼には帰るらしいです」

「それなら、カイオさんが帰ってくるまで私たちの家で待ちませんか? 自分で焼いた茶菓子があるの」

「行きます!」

 手作りの茶菓子はぜひ食べてみたいです。


 ジャイル先輩の家はすぐ隣だった。間取りはカイオの家と同じように見える。近所には十五軒ほど同じような家が建っていて、全ての竜騎士の一家がここら辺りに住んでいるらしい。

「お邪魔します」

「今は私だけだから気を使わないでね。さぁ、どうぞ」

 殺風景なカイオの家と違い、玄関には可愛らしい小物があちこちに飾られていた。これも奥さんの手作りに違いない。こんなものまで作ることができる奥さんが羨ましい。こんな可愛いものが作れるようになったら、カイオはどんな顔をするのだろう。

「こっちよ」

 奥さんの手招きに従って進むと、思った以上に落ち着いた雰囲気の応接室に通されるた。


 私が革張りのソファに座ると、奥さんは手際よく茶を入れてくれて、手作りのお菓子が入ったかごをテーブルの上に置いた。この奥さんは私よりかなり若いのに、本当に何でもできる。羨ましい限りだ。

「私の夫とカイオさんは好敵手でもあり、良き友でもあるの。だから、カイオさんが結婚すれば家族同士で交流できると楽しみにしていたの。カイオさんの奥様になる方がこんな優しそうな女性で良かったわ。だって、他の竜騎士の奥様は結構年上なので、話が微妙に合わなくて」

 ただの居候だと伝えたのだけど、もう婚約者と断定されてしまっている。カイオが婚約者だと私を紹介したので、無理もないか。


「奥様はお幾つなんですか?」

 絶対に若いわよね。

「私は今十九歳なの。昨年十八歳で結婚したのよ。夫は二十六歳で七歳上。うちの人が二十一歳で竜騎士になった時には最速で竜騎士になったと騒がれたのに、昨年カイオさんが十九歳で竜騎士になったから、あっさり抜かれてしまって、夫は少し落ち込んでいたのよ」

 はぁ、この奥さんは私より五歳も年下なのね。それで、もうすぐ子どもが産まれると。

 羨ましくなんかないからね。


「竜騎士の妻って、思った以上に大変なのよ。自由に基地の外に出てはいけないの。だって、もし妻が人質にされて竜騎士に破壊活動を命じられたら困るでしょう。竜騎士が低空を超音速で飛ぶだけで甚大な被害が出るらしいの。王宮だって瓦礫になってしまうのだって。それに、緊急発進は何ものにも優先されるから、記念日だって一緒に過ごせないかもしれない。赤ちゃんだって一人で産む覚悟をしておかなければね。それに、いつ殉職するかもしれないって、夫から言われているの」

「とても大変なのですね。竜騎士はもっと自由だと思っていました」

 何ものにも縛られることなく、空を自由に飛ぶことができるから、竜騎士は誰よりも自由だと思っていた。

「竜騎士は本当に大変な職業だと思うの。でも、私は竜騎士のあの人が好き。それに、竜騎士は国王陛下の前でも礼を取らなくてもいいのよ。竜を得るというのはそういうこと。その意味では本当に彼らは自由だわ。竜騎士が膝を折ることがあるとすれば、それは聖乙女のルシア様ぐらいではないかしら」


「はい? なぜ?」

 急に私の名前が出て驚いた。それにしてもこの年になって乙女は恥ずかしいわ。何とかならないものかしら。

「カイオさんの武器は全てルシア様が祝福したらしいのだけど、うちの人は『あれは反則だ』って怒っているわ。自分のものと明らかに性能が違うらしいの。だから早く矢や長剣が劣化すればいい。そうしたら新しいものを支給されてルシア様に祝福してもらえるからと言っているの」

「あの、カイオさんの武器の性能は皆さんのに比べて勝っているのでしょうか?」

 私はカイオの武器を祝福した時のことを思い出していた。

 とうとう私より年下の竜騎士が誕生したと聞いて、ちょっとイラっとしたのよね。だから、彼の矢を円形に綺麗に並べて、中央でくるくる回りながら祝福してやったわ。立ち会いの神官からはふざけるなと怒られたっけ。

 もしかして、あの武器が高性能なの? 世の中わからないものね。



「その通りよ。あのルシア様が祝福したのよ。凄いに決まっているじゃない」

 えっと、それって本当に私のことかしら?

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