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1.お役御免になりました(ルシア視点)

 あれは十六年前のこと、私がまだ八歳の時だった。

 私の住む小さな村に見たこともない豪華な馬車が何台もやって来た。そして、両親とともに村長に呼ばれた私は、聖なる力を持っており、聖乙女として王都へ行かなければならないと告げられた。

 両親や兄弟と離れ離れになんかなりたくないと拒否したけれど、それは叶うことがなかった。

 この国のためには聖乙女がぜひとも必要であり、聖なる力の持ち主は非常に貴重であるので、その力が発露した娘は本人や家族の意思の如何にもかかわらず聖乙女とされる。そう国の法律で決まっていて、村長でも拒否はできない。ましてや一介の村人である両親は黙って頷くしかなかった。


 こうして、私は無理やり家族と引き離されて王都へと連れて行かれることになった。王都への旅の間、私が乗る馬車の上を大きな竜が舞っていたことを覚えている。あれは私を護衛している竜騎士だと、馬車に同乗していた侍女が頬を染めながら教えてくれた。


 この世界には魔素が存在する。そして、魔素は黒と白に分かれていた。

 黒魔素はそのもの自体が人にとって毒となり、凝り固まると魔物が産まれてしまう。その上、魔物が息をするだけで黒魔素を放出してしまうのだった。そのため、魔物を放置していると黒魔素の濃度が上がり人が住めない場所になってしまう。

 一方の白魔素は人が生きていくのには必要不可欠なものだった。また、人が使う魔法にも白魔素が消費されるので、何もしなければ白魔素が段々不足していき、やはり人は生存できない。

 黒魔素を生産できる魔物に対して、白魔素を消費するだけの人類。普通ならばすぐに人類は滅亡してしまい、魔物が闊歩する世界になってしまうはずである。


 しかし、神はこの世界に聖なる力を与えた。聖なる力だけが黒魔素を浄化して白魔素に変換できる。聖乙女である私たちの祈りは、この世の黒魔素を白魔素に変えることができるのだった。


 普通の聖乙女は十歳前後で聖なる力が発露して、十五歳を過ぎると急に力が衰えていく。そして、十六歳ほどで神殿から解放され、多額の報奨金を受け取り結婚相手を見つけて幸せに暮らすのが通常だった。

 しかし、私の聖なる力は中々衰えなかった。二十歳を過ぎても神殿を出してもらえない。後からやって来た聖乙女が幸せそうに神殿を出ていくのを何人も見送った。


 ただひたすら祈りを捧げる日々、私を慰めるものは窓から見える空高く舞う竜の姿だけだった。

 何ものにも囚われることなく、自由に回転して急降下、そして、急上昇を繰り返す竜の姿は、神殿の奥深く囚われている私と対極にあるような気がして、憧れるのを止めることができなかった。いつかはあの竜のように自由に空を飛んでみたい。そう思い続けていた。

 


 こうして、私は十六年ものあいだ祈り続けて、気がつくと二十四歳になっていた。歴代最長の期間聖乙女を務めたことになる。

 村を出た時、十歳上の姉は十六歳で結婚して可愛い女の子の母親になっていた。王都でも多くの女性は十代で結婚する。二十四歳は十分行き遅れの年齢である。


「聖乙女ルシアよ。長きに渡り誠にご苦労であった。その長年の働きに報いるため、通常の三倍の報奨金をそなたに与える」

 呼びつけられた謁見室で、王が厳かにそう言うけれど、私は他の聖乙女の三倍は働いたので当然だと思う。

「身に余る光栄でございます」

 それでも礼を言うのが大人の対応。聖乙女を辞めれば私は一平民なので、王の前では無力だった。


「それに加えて、そなたの伴侶となる男性を紹介したい。希望があるのならば申してみよ」

 なるほど。王は二十四歳まで神殿に留めおかれた私を哀れに思って、夫を探してくれるらしい。

「もし許されるならば、竜騎士様を希望します」

 言うのは只だからね。

 空を自由に舞う竜を乗りこなし、世界中を駆け回る誇り高い騎士。それが竜騎士だ。竜を使役し体を強化して大空を自由に飛行する彼らは何ものにも縛られることがなく、その魂さえ自由だといわれる至高の存在だった。

 神殿の窓から見えた空を舞う竜は、竜騎士の訓練風景に他ならない。


「そ、それは……」

 王は言い淀む。やはり無理ですよね。

 神殿から出ることができなかった私は、自由に空を舞う竜と竜騎士に憧れていた。でも、ほんのちょっぴり憎くもあった。私がどんなに願っても得られなかった自由を持っているから。

「無理を申すつもりはございません。どうか、私の結婚のことなどお気になさらないでください。私は村に帰って自由に生きたいと思います」

 誇り高い竜騎士が、二十四歳の元聖乙女との結婚を受けるはずがない。だから、私の希望は叶わないはず。私は憐れまれてまで結婚したいと思わない。幸い普通に暮らしていれば一生困らない程のお金はもらったので、これまで経験できなかった自由を満喫したい。


「いや、ルシアの聖なる力はそれほど衰えていない。その力を狙って他国に連れ去られたり、魔物に襲われる可能性があるので、気の毒だが村には帰すことはできない。一番安全な王都に住んでもらうことになる。そうだな。護衛として竜騎士は最適だ。ルシアが望むのなら、結婚相手は彼に決めよう」

 私は二十四歳になっても完全に聖なる力を失っていなかった。私の最盛期と比べると随分と衰えているけれど、普通の聖乙女の最盛期と同程度の力は残っている。

 私の知らない間に王は私の結婚相手を決めてしまったらしい。

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