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Step09.当たり前になる

 放課後、担任の「はい、ではさようなら」と言う挨拶が終わるか終わらないかと所でガシッと鞄を掴んだ。

 クラスの中の誰よりも速く、遥は動き出す。


「北・村・君!」

「近い」

「ふぉぶふ」


 駆け寄って身を乗り出すと、顔を教科書で押し退けられた。物凄くデジャブを感じる。前にもこんな事があった。


「相変わらず、扱いが微妙に雑な様な気がするのは気のせいだと思いたい……」


 顔の前から教科書を退けながら、現実逃避する様に遠い目をする。

 北村は退けられた教科書をヒョイと持ち上げると、自分の鞄の中へと仕舞った。


「まぁ、気のせいじゃないがな」

「ですよねー!」


 アッサリと言い切られ、最早乾いた笑いしか出てこない。虚しいって、今の感じを言うんだろうなー、と遥は若干思う。


「俺は今から職員室に用があるんだが、お前はどうする」

「へっ?」


 鞄のチャックを閉めながらの北村の言葉に、すっとんきょうな声が出た。意味もなく、何度も瞬きを繰り返してしまう。


「……?何だ、何をそんなに驚いている?」

「え、いや、だって」


 不思議そうな北村に、遥はしどろもどろになってしまった。今の言い方ではまるで、既に二人で一緒に帰る事が決まっているかの様だ。

 今日はまだ、遥は北村を誘っていない。と言うか、今から誘おうと思っていたのだ。


「どうする、って、どう言う事?」


 取り敢えず、質問の意味を聞いてみる。


「?俺が職員室に行っている間、教室で待っているか、先に帰っているか、聞いているだけだが」


 不思議そうに首を傾げつつ、北村は然も当たり前の様にそう言ってのけた。

 遥は思わず、目を円くして、口をあんぐりと開けたまま、数秒間固まる。


「……?おい?」


 そんな遥の様子を変に思ったのか、北村は意識を確認する様に遥の目の前でヒラヒラと手を振った。

 遥は次第にフルフルと震え出す。それに気付いた北村が、何だ何だとばかりに眉を寄せた。


「おい、一体どうし」

「ぴぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 北村の台詞に被せ気味に、遥は奇声を発する。突然の大声に、北村の肩がビクッと跳ね上がった。

 教室内にまだ残っていたクラスメイトたちが、ギョッとした顔で遥を見る。

 クラスの視線を独り占めだ。


「もちろん待つ!待ちます!最早『待つ』一択です!」


 周囲から突き刺さりまくる視線などものともせず、遥は息を荒くして興奮気味に何度も頷く。

 どちらかと言うと、遥よりも北村の方が周囲の視線に困惑していた。


「分かった。分かったから、少し落ち着け」


 周りを気にする様に見渡しつつ、北村は遥をなだめにかかってくる。

 クラスメイトたちは、奇声の発信源が遥だと判ると、「何だ、本田遥か」とでも言うような顔で各々の活動へと戻っていった。普段、遥がどのような目で見られているのか良く判る。


「落ち着きって何ですか!今の私の脳内辞書に『落ち着き』の文字はなぁぁい!!」


 遥は顔をキラキラと輝かせながら、クルクルとその場で回って見せた。

 頭の中に、春が訪れている。脳内で桜が満開だ。

 浮かれまくっている遥を、北村は困惑顔で見下ろしてきた。


「何をそんなに浮かれているのかは知らんが、そんな欠陥のある辞書は棄てておけ」

「困惑気味な割には冷静な突っ込みワンダフル!」


 テンションの高い遥はグッ、と親指を立てる。

 今ならどんな皮肉や悪態も、サラリと聞き流せる気がした。馬の耳に念仏バッチコイ。


「興奮し過ぎではないか」

「いやぁ、もう、そりゃ、だって、ねぇ!?」


 戸惑い気味の北村に、意味の分からない返事を返すと、更に戸惑った顔をされる。

 そんな事は気にもとめず、遥はガッツポーズをした腕を胸の前でブンブン振った。

 嬉しい。嬉しくて堪らない。

 先程からの北村の言葉は、どう聞いても、どう考えても、当たり前の様に今日も遥と一緒に帰る事を前提としていた。

 遥はまだ、『一緒に帰ろう』と口にしてはいないのに。

 一緒に帰りたいと、一緒にいたいと、北村も思ってくれているのだろうか。

 そう考えると、自然と顔がにやけ、浮かれずにはいられなかった。


「ふふー。待ってるよ」


 笑いながらそう言うと、北村は嬉しそうに顔に微笑みを浮かべる。


「……そうか」


 遥は反射的に、バッと自分の鼻を押さえた。

 「ヤバい何その笑顔鼻血吹くから止めろよ嘘ですもうちょいその笑顔下さいグッジォォブ!!」と、心の中で一息にシャウトする。


「……おい、どうした?」


 急に黙って鼻を押さえた遥に、北村は不思議そうに首を傾げた。

 同時に、北村の笑顔が終わる。ファンサービスは一瞬だ。


「くそっ、まだその笑顔をしっかり脳裏に焼き付けていないと言うのに!」

「会話のキャッチボールをしろ」


 片手で鼻を押さえたまま悔しさに拳を握ると、北村に呆れた様な顔をされた。

 どうしたと聞かれても、貴方の笑顔に鼻血吹きそうでしたとしか答え様が無い。さすがに、それは言うのが憚られた。結果、適当に誤魔化した訳である。実際に思った事でもあるが。


「ごめん、私が得意なのは言葉のドッジボールなんだ」


 鼻から手を話し、微妙に格好つけて言うと、北村に白い目で見られた。


「当てる事が目的か」

「当たればいい方かな」

「せめて当てろ」

「無茶を仰る」

「どこがだ」


 北村は再び呆れた様な顔になる。

 実際、遥は一人で変な事を言って空回る事が少なくないので、ドッジボールすら成り立たない事がしばしばあったりする。ちなみに、割と切ない。


「じゃあ、俺はそろそろ職員室に行ってくる」


 北村は話を一旦途切れさせると、机の中からプリントを取り出した。


「あ、うん、行ってらっしゃい」

「…………」


 へらりと笑って手を振ると、何故か無言で目を見開かれる。

 今、何か驚く様な事を言っただろうか。ただ北村を教室から送り出そうとしただけなのだが。訳が分からず、遥は思わず首を傾げた。


「北村君?」

「あ、ああ……行ってきます」


 遥の呼び掛けに反応した北村が、そう言ってはにかみながら、ふわりと微笑む。


「ぐげふぁぁぁぁ!!」


 はるかに こうか ばつぐんだ!

 いきなり顔を両手で押さえながら座り込んだ遥に、北村がビクッと肩を跳ねさせた。


「何だ、どうした……?」


 北村は困惑した様な様子を見せながらも、微妙に心配そうに腰を屈めて遥を見る。突然奇声を発しながら座り込む様な人は、普通関わらない方が良さそうなものだが。

 遥は膝に顔を埋めながら、手だけ振って北村を制した。


「大丈夫、気にしないで……!」


 ぶっちゃけてしまえば、先程のやり取りが新婚さんの朝のやり取りを連想させ、テンションが上がってしまっただけだ。

 そのまま、「行ってきますのキスは?」とか、言ってみたい。別に恋人な訳でもないので、そんな事は言えないが。


「……?じゃあ、もう行くぞ」


 北村は不思議そうに首を傾げながら、プリントを持って教室を出て行った。

 彼が出て行った後、遥はしばらく座り込んだまま顔を伏せて悶々と思考を巡らせる。

 はにかみながらの「行ってきます」はヤバい。北村の笑顔の破壊力は、衰える事を知らないんじゃないかと思う。

 チラリと顔を上げると、北村の席が目に入った。

 ……座りたい。

 遥は思わず、うずっ、とする。好きな人の席に座ってみたくなるのは、一体何故なのだろうか。

 立ち上がって周りを見渡すと、もう教室内にはほとんど人がいない。

 ……座っていんじゃね?

 うずうずと、座りたい欲求が強くなる。

 北村が帰って来るのを待つ、少しの間だけだ。少しなら、良いのではないだろうか。と言うか、他人の席に座ってはいけない等と言う決まりは無いのだから、座っても良い筈である。

 遥はゴクリ、と唾を飲み込んだ。

 良いよね?良いよね?座っちゃって良いよね!?と、心の中で意味もなく自問を繰り返す。


 ──うん、良し、座る!


 遥は意を決すると、机の上に置きっぱなしにしてある北村の鞄の横に自分の鞄を置き、勢い良く椅子を引いて素早く北村の席に座った。


「ぅおぅ……」


 口から妙な声が漏れる。

 ただ、好きな人の席に座った、と言うだけの事なのに、何故かドキドキした。

 キョロキョロと辺りを見渡す。北村はいつも、ここから授業を受けているんだな、と当たり前の事を思った。

 何だか今、とても青春している様な気がする。そう考えると、何だか微妙に気恥ずかしかった。


「本田」

「ぼぎゃあ!!」


 ニヤニヤと顔を緩めている時に名前を呼ばれ、遥は反射的に可愛くない悲鳴を上げながら背筋を伸ばす。本当に可愛くない悲鳴だ。

 声のした方を振り向くと、ポツンと、変に真面目な顔をした皆川が一人で立っていた。

 他のクラスメイトの姿が一切見当たらない。気付かぬ内に、皆帰ってしまったらしい。

 しかし、まぁ、好きな人の席に座っている所を見られるなんて、どんなベタな状況だ、と言う感じだ。ただ、見つかった相手は北村本人ではなく、皆川な訳だが。


「うん、何て言うか、お前かよ!」

「悪いか、俺で!」


 皆川が不満そうに顔を歪める。

 別に、皆川で悪い、と言う事はないのだ。ただ、どうせ見つかるなら北村に見られて、少女漫画的王道展開でも起きて欲しかっただけで。


「いや、別に悪くないけど。何で一人残ってんの?」


 遥は少し椅子を引くと、座ったまま皆川の方へと身体を向けた。

 皆川が一人で教室に残っている理由が良く分からない。遥と同じように、誰かが戻って来るのを待っているのだろうか。しかし、教室内を見渡しても、置いてある鞄は遥と北村のものと、おそらく皆川が持ち主であろうものしかない。


「……お前に、話があるんだ」


 皆川は妙に緊張した面立ちで、二、三歩遥に近付いてきた。

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