Step07.再び告白する
北村と共に弁当を食べる様になってから、数日がたった。あれから、遥は学校がある日は毎日北村と共に帰っている。
そのおかげで、遥は連日ハイテンションだ。
「最近の遥は、いつにも増して頭オカシイよね!」
──友人たちに、そう断言される程には。
遥はフッ、と芝居臭く息を吐く。
「何を言っているんだね君は……私は通常運転だぜ?」
「あ、ゴメン、遥はいつでもアクセル全開だよね!」
「暴走特急が通常運転とか、流石マジキチ」
「失礼な」
ムッ、と頬を膨らませる。
今は体育の授業の真っ最中で、バスケットボールの試合をしている所だ。
チーム編成は自由に五人で組め、と言われたので、遥は前まで弁当を一緒に食べていた二人と、「組もう」と言ってきた二人とチームを組んだ。
遥のチームは今、出番ではないので他のチームが試合をしているのをボンヤリ眺めながらお喋りをしている。
ちなみに、「組もう」と言ってきた内の一人は審判をして、もう一人は得点板に張り付いているため、お喋りしているのは前まで弁当を一緒に食べていた三人組だ。
「まぁ、遥のテンションがオカシイ理由なんて、簡単に想像つくけどね」
弁当組の片方が、腕組をみしながらため息を吐く。
「なん…だと…!?希美様にはお見通し…だと…!?」
「ノゾミ様が見てる…!」
「ハイ、香織、悪ノリしない!」
腕組みをしていた友人、希美がもう一人の友人である香織に軽くチョップした。
それと同時に、コートの方でビー、とホイッスルの音がする。どうやら、ボールがコートから出た様だ。
それを横目に見ながら、希美が再度ため息を吐く。
「遥の事だし、どうせ北村関連でしょ」
「何故分かった!?」
「希美先輩、ハンパねぇッス!マジハンパねぇッス!」
嘘臭く驚いて見せる遥に、香織が便乗する。希美はそれを「ウザッ!」と一言で切り捨てた。
「アンタが北村を好きな事なんか皆知ってんだから、普通に分かるっての」
「え、何で皆知ってんの?」
呆れた風に言った希美に、遥は首を傾げる。
別に北村を好きな事を隠した事はないが、言い触らした事もない。何故、皆が知っているのだろう。
「まぁ、さっきも『何で男子外なんだー!運動頑張る北村君を観察出来ないじゃないかクソッ!』とか叫んでたし。普通分かるよね」
香織がやれやれと言った風に肩をくすめながら、そう説明した。
そう言えば、授業が始まってすぐに、そんな事を喚いた様な気もする。そりゃバレる。
「それと同時に、皆川の不憫具合も大変有名となっております」
香織がそのまま、「プークスクス」と小馬鹿にした様に笑いながら続けた言葉に、遥は再び首を傾げた。
「え、何で今、皆川が出てきた?」
「アッハー!マジで不憫!」
香織は答えず、ただゲラゲラと笑い出す。
助けを求める様に、希美に視線を向けた。すると、希美は「ハハハ」とわざとらしく笑う。
「私が教えるとでも思ったか!」
「希美様!お願いします!希美様マジ天使!」
「白々しいわ!」
遥の頭に、希美のチョップが降ってきた。手加減されているので、痛くはない。
「私は馬に蹴られて死にたくはない!」
希美は腕組みをしながらそう言い切った。更に意味が分からない。
馬に蹴られて死ぬのは、誰かの恋愛を邪魔した人間だ。希美に北村との仲を邪魔された覚えはないし、そんなことにはならないと思うのだが。
それとも、皆川の恋愛の邪魔だろうか。皆川が誰を好きかなど知らないが。
「ま、邪魔する前から終わってるけどねー!」
香織はそんな事を言いながら、未だにゲラゲラ笑っている。遥一人が、事情を分かっていない状況だ。
「でも、アイツまだ諦めてないよね」
「マジでか!」
「え、何を?
「「教えぬわ!」」
二人は声を合わせて答える事を拒否した。遥はムッとして頬を膨らませる。
「何でー!?」
「えー、他の人が言うと、皆川が更に不憫だし」
「もう北村に聞けば?」
「あ、それはダメだね!絶対面白い!」
「面白いとか言っちゃてるし」
今度は二人して笑い出した。遥は全く面白くない。
「いいよ、じゃあ北村君に聞くよ!」
「ま、アイツも分かんない人種だと思うけどねー」
希美はハッ、と鼻で笑った。自分で北村に聞けとか言ったくせに、酷い態度だ。
「あ、でも、北村君が何て言ってたかは教えてね!」
香織は完全に面白がっている。口元に手を当てながら、ニヤニヤと笑う姿が腹立たしい。
イラッとした遥は、香織の頬を全力で横に引っ張った。
「いひゃひゃひゃひゃ、いひゃい、いひゃい!」
「ニヤニヤしてるのはこの口か!」
「ひょめん!ひょめんっひぇ~」
「何語?」
希美が冷静に突っ込みを入れると同時に、コートから一際大きなホイッスルの音が鳴り響く。その後すぐに、「終わりだー!」と叫ぶ先生の声がした。
次は、遥たちのチームが試合に出る番だ。
「おーし、いっちょ暴れますかぁー!」
香織の頬から手を話し、気合い十分に肩を回した。やる気?いいえ、殺る気です。
遥の後ろで、引っ張られた頬を擦りながら「イエー!」と香織が叫ぶ。彼女も殺る気満々だ。
「あ、そうそう、遥」
「む?」
コートに入ろうと足を踏み出しかけた遥を、希美が呼び止める。
希美は腕を軽くストレッチしながら、遥の横に並んだ。
「さっきの話、皆川本人には絶対聞かないように」
「え?何で?」
北村に聞いて分からなかったら、本人に聞こうと考えていた遥は、出鼻を挫かれた気分になる。
皆川の事なのに、何故皆川に聞いてはいけないのかが解らない。
本気で解っていない様子の遥に、希美は呆れた様にため息を吐いた。
「これ以上、傷を抉ってやるな」
「はい?」
疑問符を浮かべた遥を無視して、「さぁ殺るぞー!」と希美はコートに入って行く。遥は慌ててそれを追いかけた。
「え、ちょっと待って!今のどういう意味!?」
「待たぬ!」
「えぇぇぇぇ!」
他のチームメイト達は、既に試合前の挨拶のためにコートの中に整列している。
遥も急いで整列すると、先生がピー、と力強く笛を吹き、両チームが「お願いします」と頭を下げた。
「よし行け遥!ジャンプボールだ!」
「えっ!?ちょ、荷が重い!」
香織にグイグイと背中を押され、無理矢理ジャンプボールに駆り出される。
「え、マジでやるの?ねぇ!?」
「うん、マジ!」
振り返ると、香織が良い笑顔で親指を立てていた。腹立つ。
前を向くと、相手チームの背の高いバレー部所属の子が、ジャンプボールのために前に来て、遥を見てニコリと笑った。怖い。
「……やっぱ無理だろコレ!」
「遥ー、取られたら後で殴る!」
「イヤァァァァ希美様の鬼ぃぃぃぃ!!」
喚く遥を前に、無情にもジャンプボール、もとい試合が始まった。
結局、皆川の事について、詳しく聞く事は出来ず、体育の授業は終了してしまう。
ちなみに、ジャンプボールは普通に相手チームに取られた。
そして、公言していた通り、希美は遥を殴ってきた。マジで鬼である。
* * * *
「……ねぇ、北村君」
「何だ」
いつも通り、北村と二人で昼食を摂っている真っ最中。
遥は、体育の時の話題を、早速北村に振ってみる事にした。
「皆川の事なんだけどさ」
「…………」
皆川の名前を出した途端、北村が不機嫌そうな顔になり、むっつりと黙る。
予想外の反応に、遥は話を続けて良いのか微妙に迷った。しかし、別に話を止められた訳でもないので、一応そのまま続ける事にする。
「何か、アイツが不憫とか何とか言われてたんだけど。何でだと思う?」
疑問をぶつけ、遥は口の中におかずを放り込んだ。
北村は不機嫌そうな顔のまま、ドスッと玉子焼きに箸を突き刺して食べる。
モゴモゴと口を動かしながら、彼は箸を持っていない方の手を顎に当てた。
「……、分からん」
ごくん、と口の中を空にしてから、北村はそう答える。
「そっかー、北村君も分からないかー」
「………………」
残念そうに呟くと、北村が再びドスッとおかずに箸を突き刺した。無言なだけに、謎のプレッシャーを横から感じる。
不機嫌オーラを全身で発している北村に、遥は首を傾げた。
「どうしたの?何で不機嫌?」
北村は口を固く閉じ、むぐむぐとおかずを噛んでいる。
口元が微妙に拗ねた様にへの字になっている気がするのは、気のせいだろうか。
「北村くーん?」
「…………」
プイッ、と顔を反らされてしまった。その行動が最早拗ねた子供にしか見えなくて、思わず吹き出しそうになる。
しかし、これ以上訳も分からないまま更に機嫌を損ねられたくはないので、すんでの所で何とか堪えた。
「北村君、言ってくれなきゃ解んないよー?」
言いながら、遥は白米を口に運ぶ。言い方が完全に小さな子供に対するものになってしまったが、気にしない事にした。
北村がチラリと遥を見る。眉が微妙に寄っていた。どう見ても、これは完全に拗ねている。判り易い北村の態度に、遥は口元を押さえて独り悶えた。何この人超可愛い。
「……よく分からんが、」
「うん?」
ようやく口を開いた北村に、遥は平静を装った。
口元がにやけているのを隠すために、おかずを口の中に突っ込み咀嚼する。
「何故か、もやもやする」
「……うん?」
ずいぶん曖昧な言い方だ。
北村はおかずを口にしながら、不思議そうに首を傾げだす。
「……、何故だ?」
「いや、聞かれても」
北村本人が解っていないのに、遥に解る訳がない。
しかし、一応何故なのか判断する手助けはする事にする。
「いつからモヤモヤするの?」
「…………」
遥の質問に、北村はおかずを口へと運びながら顎に手を当て考え込んだ。
「……、多分、お前が、皆川の事、とか言ってから」
「……ほほーう?」
難しい顔で、自信無さげに言う北村に、遥は意味ありげに頷く。
それは、俗世間では一般的に言うアレではないのだろうか。と言うか、アレだったら良いな、と言う遥の願望だ。
「あのですね、北村君」
「何だ」
北村は未だに首を傾げながら、白米を口に運ぶ。
コホンと意味もなく咳払いし、遥は緩む頬に無理矢理力を入れ、出来るだけ真面目な顔を作った。
「それってさ、妬いてる?」
「……、焼く?何をだ」
「OK、そんなの想定内だ!」
何とも予想通りな反応をして下さった北村に、芝居がかった様子で額に片手を当てつつ肩をくすめる。
北村はそんな遥に不審そうな視線を向けつつ、おかずを口にした。
「あえて言うなら、やきもちかな!」
「……、焼き餅?食べ物のか?」
「そんな事言う子はハグしちゃうぞー」
真顔で首を傾げた北村に向かって、ハハハハと嘘臭い笑い声を上げながらバッと両手を広げる。
瞬時に座ったまま後退りされた。北村はいらん所ばかり器用だと思う。
遥は思わずため息を吐いた。
やはり、北村が妬いてくれていると言うのは、遥の願望にすぎなかったのかも知れない。
「そうじゃなくてさ、嫉妬してくれてるのかなー、と思った訳ですよ」
半ば諦めつつも、一応説明してみる。
ふぅ、と息を吐き、おかずを噛み切らずそのまま口に突っ込んだら、大き過ぎて少し辛かった。
懸命に咀嚼しながらチラリと北村に視線を向ける。
彼は顎に手を当てた体勢で固まり、何かを考え込んでいた。
「……嫉妬」
ボソリとそれだけ呟いて、北村はまた考えに没頭し始める。
遥は取り敢えず弁当をもぐもぐ食べながら、そんな北村をひたすら眺めた。
伏せられた目を縁取る睫毛は、言うほど長くはない。鼻は高いと言うか、形が良いと思う。そんな風に、北村が固まっているのを良い事に、彼をパーツごとにじっくりと観察した。
出た結論は、「やっぱ超好き」とか、そんな感じだ。
「……そうか、嫉妬か」
考えがまとまったのか、北村が納得した様に頷いた。
何度も頷きながら白米を食べ始めた北村の顔を、遥は覗き込む。
「北村君?」
「!」
遥がいる事など最初から知っていた筈なのに、北村は大きく肩を跳ねさせる。
何故そんなに驚かれるのか、よく解らない。普通に声をかけただけなのだが。
「北村君」
もう一度呼ぶと、今度は顔を反らされた。
北村は、そのまま弁当を食べ始める。
本当に、一体何なのだろうか。
「どう?嫉妬、してくれてたりする?」
態度のおかしい北村に、これはもしやと再び微妙に期待を込めながら聞いてみる。
嫉妬してくれているのならば、少なくとも好意的に思われてはいる筈だ。
それならば、北村が遥の気持ちを理解し、信じてくれる可能性も上がるのではないだろうか。
「…………」
しかし、返って来たのは無言だった。まさか、あまりにしつこく聞いて来るから鬱陶しくなったとか、そう言うパターンだろうか。さすがに、それはキツい。
「えーと、あの、ごめん、ね…?」
一先ず、謝ってみた。
「……何故謝る」
北村はこちらを向かないまま、そう聞いてくる。
遥は弁当箱の中のミニトマトを、箸でつついて転がした。
「いや、しつこいから怒ったのかな、と……」
「……怒っては、いない」
否定の言葉に、遥は少なからず安堵する。
しかし、北村は未だ顔を反らしたままだ。
顔が見たい。
「じゃあ、こっち向いて」
「!」
遥のお願いに、北村は何故か小さく肩を跳ねさせた。しかも、なかなかこちらを向こうとしない。
遥の中に、言い知れない寂しさが生じた。
「……北村君」
思っていたより、か細い声が出る。狙っていた訳ではないのだが、今にも泣き出しそうな声だな、と自分で思った。
その声に反応したのか、北村が勢い良くこちらを向く。
「どうした!?」
「えっ」
あまりの勢いに、思わず驚いてしまった。
北村は焦った様な、困った様な、心配そうな、どれともつかない表情を浮かべている。
キョトンとした顔で見つめると、彼は不思議そうに首を傾げた。
「……何だ、何でもないのか?」
「え?あ、うーん、敢えて言うなら、北村君がこっち向いてくれなくて、寂しかっただけ」
遥の言った事に、北村はう、と言葉を詰まらせる。
じわりと、彼の頬が少しだけ赤く染まった。
「……いや、その……、すまん」
妙に素直に謝られる。
頬を赤くさせてしゅんとしている北村に、遥は無意識の内に笑ってしまった。
「ふはっ。その可愛さに免じて、許してしんぜよう」
「……嬉しくない」
「何ですと」
北村が瞬く間に仏頂面になる。言い方が悪かったのだろうか。
「……『可愛い』は、嬉しくない」
拗ねた様に言う北村に、遥は吹き出しそうになった。
だからそう言うのが可愛いんだっつーの!と心の中で叫ぶ。
しかし、失敗した。男の人が可愛いと言われて嬉しいと感じる事など、滅多にないと分かっていたのに。
「ごめんね。でも、可愛い北村君も、好きだよ」
「!」
謝るついでにノリで告白してみると、カッ、と北村の顔が一気に赤く染まった。
その反応を見て、遥はおや、と思う。
遥の告白に、北村が照れている。
これはもしや、告白を信じてくれているのではないのだろうか。
北村はプイッ、と再び遥から顔を反らしてしまった。
今回は、完全にただの照れ隠しだと判るので、寂しく感じたりはしない。
向こうを向いたまま、無言で残りの弁当を食べる北村が堪らなく愛しい。
「……好き、だよ」
自分にしか聞こえない程小さな声で呟く。
今日も北村と一緒に帰る事が出来たら良いなと思いながら、遥も弁当の中身を片付けにかかった。