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Step06.我儘になる

「で、聞きたい事って?」

「…………いや、その、だな」


 北村の視線が、あっちを向いたりこっちを向いたりと忙しく動く。

 そんなに聞き辛い事なのだろうかと思いながら、遥は白米を食べた。

 言うのを躊躇う様に押し黙ってしまった北村に、もしやと閃く。


「ま、まさか私のスリーサイズを聞こうと……!?ごめん、ヒップとか詳しく測った事ないんだ!」

「な…っ!?ち、違う!!」


 遥のぶっ飛んだ予想を、北村は顔を真っ赤にしながら慌てて否定した。

 うむ、可愛い。満足なり。


「ごめん、冗談。で、本当は?」


 笑いながら謝ると、遥はおかずを口に含んだ。遥の弁当箱の中身も、残すはミニトマトだけになる。

 北村は顔を赤くしたまま、不満げに遥を睨んできた。


「……スリーサイズでは、ない」

「うん、わかってるって」


 思わず苦笑いしながら、ミニトマトを口へと放り込む。噛めば、口の中でプチッとミニトマトが弾けた。

 北村は前に向き直ると、空の弁当箱の蓋を閉める。その頬は、まだ僅かに赤かった。


「……、その、だな」

「うん」


 頷きながら、遥も空になった弁当箱の蓋を閉める。喉が渇いたので、水筒を取ってお茶を飲んだ。

 北村は弁当箱にバンダナを巻き直しながら、ゆっくりと口を開く。


「……異性を好きになる事は、食べ物を好きになる事と同じ感覚なのか?」

「……ほほう」


 恋愛超初心者な北村にしては、案外まともな質問に思えた。少なくとも、恋が引力と関係あるのかとか聞いてきた時よりかは、相当マシだ。

 遥は水筒を脇に置くと、腕組みをして考え込む。


「それは、『好き』の種類によって違うかな「

「『好き』の種類?」

「そう」


 一旦腕組みをやめ、弁当箱にバンダナを巻き直す。キュ、とバンダナを縛ると、人差し指を立てた。


「友達としての『好き』と、恋愛対象としての『好き』」

「それは、違うものなのか?」


 北村は不思議そうに首を傾げる。

 やはりと言うか何と言うか、予想通りの質問に思わず笑ってしまった。


「大分違うと思うよ」

「どう違うんだ」

「んーとね……」


 顎に手を当て、遥は思考を巡らせる。

 昨日から、北村に恋愛について教える事にかなり頭を使っている気がした。おそらくこれは、気のせいではない。

 遥は浅い自分の知識の泉に潜り、説明する事に使うのに相応しい言葉を探す。


「まず、友達としての『好き』だけど。これは、さっき北村君が言ってた様に、食べ物に対する『好き』と同じ感覚かな」

「……ふむ」


 遥の言葉に、北村は納得した様に頷いた。


「英語で言う、『favorite』とか『like』ね。お気に入り、みたいな」

「恋愛対象としての『好き』も、お気に入りの様な感じではないのか」


 何が違うんだとでも言いたげに、北村の首が傾げられる。

 割と適切な突っ込みに、遥は頭を悩ませた。


「うーん……ちょっと、違うかな」

「違うのか」


 北村の声音は、遥に説明を求めている。遥は首を捻らせ、どう説明したものかと考え込んだ。

 北村と話していると、恋愛について真剣に考えさせられる。

 それは、北村が恋愛について何一つと言って良い程理解がない事と、単純に遥が彼に、自分の気持ちを解って欲しいと、信じて欲しいと思っている事が理由だろう。

 しかし、遥は別に恋愛について、そんなに詳しい訳でもないし、研究している訳でもない。ついでに言えば、偉そうに説明出来る程、恋愛について理解がある訳でもない。

 説明している内容は、遥がそう思っているだけのものに過ぎず、もしかしたら一般的な考えとは違っているかも知れなかった。それでも、遥は北村が、自分の説明でもっと恋愛について理解し、自分の気持ちを信じてくれる事を願う。


「恋愛対象としての『好き』はね、何て言うか、もっと強い感情なの」

「強弱の違いなのか」

「ん~……」


 北村の言い方だと、何となく違う様な気がした。強弱の違いも、確かにあるのかも知れないが。


「それだけじゃなくてね……恋愛対象としての『好き』って感情を持つと、我が儘になる、かな」

「は?我が儘?」


 北村が怪訝そうな顔で、眉間に皺を刻む。彼の放つ雰囲気が、全身で「何言ってんだ」と言っていた。

 一応、そんなに変な事を言ったつもりはないのだが。


「まぁ、これは個人差があるんじゃないかな、多分」

「しかし、結局は我が儘になるのか?」

「少なくとも、私はなったかな」

「どう言う風に我が儘なんだ」

「どう言う風に、と来たか」


 顎から手を放し、遥は腕組みをする。それこそ、個人差があるような気がした。

 だが、「それは人に由って違う」とだけ説明した所で、当然北村は納得しないであろう。

 取り敢えず、自分の場合を例えとして出す事にする。


「これは、例えば、なんだけど」


 一先ず、これは一例でしかない事だけは言っておく。北村が、解ったとでも言う様に頷いた。


「相手と一緒にいたくなったり、話していたくなったり、くっついていたくなったり、見ていたくなったりとか」

「…………!」


 いくつか挙げた所で、何故か北村が驚いた様に目を見開き、息を飲む。

 一体どうしたのか、よく判らないが、遥は取り敢えず言葉を続けた。


「あと、昨日も言ったけど、触りたくなるし、相手に自分をもっと好きになって欲しいと思ったりするよ」

「……、……」


 目を円くしていた北村は、伏し目になって顎に手を当てると、何かを考え込み始める。

 例えが良く解らなかったのだろうか。遥は微妙に不安に駈られた。


「……今のは、」

「うん?」


 小さく聞こえた声に反応して北村を見ると、彼はチラリとだけ遥を見てうつ向く。


「今のは、お前も、そう思っているのか?」

「何故バレた!?」


 遥はギョッと目を剥いた。

 実際はバレた訳ではなく、ただ遥もそう思っているのか聞かれただけなのだが。これを、世間では「墓穴を掘る」と言う。


「思っているのだな」

「思っているって言うか、今の例えは全部私です」


 北村の確認に、遥は余計な事まで自白した。


「そうか」


 ほっ、と何故か安心した様に息を吐く北村に、思わず首を傾げる。

 先程の例えの中に、何か安心出来る要素があっただろうか。正直、身の危険を感じられたかもしれないとは思ったが、ほっとされるとは思っていなかった。

 予想外な反応に微妙に戸惑っていると、北村が自分の水筒を手に取り、お茶をグイッと飲んでから立ち上がる。


「そろそろ、戻るぞ」

「あぁ、うん、そうだね」


 遥も弁当箱をバックにしまい、それを持って立ち上がると、北村に向かって手を差し出した。

 北村がその手を不思議そうに眺める。


「……?何だ、握手か?」

「え?何、握手してくれるの?是非!」


 ねだる様に手を延ばすと、北村は首を傾げながらも本当に握手してくれた。マジでか。


「ふぉぉお、もう今日は手を洗えない……!トイレ行ったら洗うけど!」


 遥は握手してもらった手をプルプルと震えさせて悶える。最後の一言が実に余計だ。

 北村は困惑した顔で、何故か握手した自分の手と遥とを見比べていた。


「……って、いやいや、違う!違うから!」


 我に返った遥は、ブンブンと首を横に振る。手を差し出した理由は、握手ではない。いや、ぶっちゃけ握手してもらえて嬉しかったが。


「違うよ!お弁当!」

「あぁ、美味かったぞ」

「マジでかヤッホォォォイ!!……だから違う!!」


 反射的に万歳してから、遥は再びブンブンと首を横に振った。


「何か今日はサービス精神旺盛だね!?」

「いや、別に何もサービスなどしていないが」

「なるほどデレ期か!」


 勝手にそう納得して、ぽん、と手を打つ。

 しかし、今言いたいのはそう言うことではない。遥はもう一度北村に向かって手を差し出した。


「あのね、そうじゃなくて、お弁当!」

「だから、美味かったぞ」

「ありがとう、違う!」


 キョトンとしながらまた感想を言った北村に、さらに手を突き付ける。


「お弁当、返して?」

「……あぁ、」


 やっと遥の手の意味を理解した北村が、納得した様に頷いた。

 しかし、彼は遥に弁当箱を渡そうとはしない。

 遥は困惑気味に、差し出した手を揺らして返すよう催促した。


「北村君?」

「お前は、何を言っているんだ」

「え」


 北村に呆れた顔をされたが、遥にはその表情の意味が解らない。

 取り敢えず、差し出した手を引っ込めた。

 疑問を持たれる様な事も、呆れられる様な事も、今は特に言っていない筈なのだが。


「作ってもらったんだ。コレは、洗って返す」


 そう言って、北村は弁当箱を持ち上げた。

 遥は思わず慌てる。


「えっ!?そんな、いいよ!」


 ブンブンと両手を振って断ると、北村はムッと眉間に皺を寄せた。


「よくないだろう」

「いや、いいって!どちらかと言えば、私が押し付けたんだし!」


 弁当は、頼まれて作った訳ではなく、遥が好きで作った物だ。北村は押し付けられただけなのだから、恩を感じる必要はどこにもない。

 断固拒否しようとする遥に、北村は眉間の皺を深くした。


「しかし、俺は嬉しいと感じたんだ。何か返さないと気がすまない」

「え、う、嬉しかった?今、嬉しいって言った?」


 逆にこちらが喜んでしまう様な言葉が聞こえた気がして、遥はまさか幻聴ではなかろうかと確認する。

 何をそんなに疑っているのかとでも言いたげに、北村は不思議そうに首を少し傾げてから頷いた。


「言ったが」

「ほぎゃあぁマジでか!私はそれが嬉しいわ!」


 肯定の言葉に、遥は顔を両手で覆い、身を仰け反らせながら発狂する。階段で危ないので、あまり暴れはしなかったが。


「それじゃ、お弁当箱は返してくれて良いから、その代わりに明日も一緒にお昼食べて欲しいな!」


 ダメ元で、調子に乗ったお願いをしてみる。

 すると、北村はアッサリ頷いた。


「分かった」

「えっ!?嘘、いいの!?」


 まさか承諾してくれるとは思っていなかった遥は、一気にテンションが上がる。

 完全にその場の勢い、と言うかノリで言っただけなので、正直期待はしていなかったのだが。


「本当!?本当にいいの!?」

「むしろ、明日だけでいいのか?」

「おおっとぉぉ……!?それは毎日でも良いぜ…って事ですか……!?」


 遥は興奮して拳を握る。まさかの大サービス発言だ。興奮し過ぎて、体温が高くなってきた。暑い。


「じゃあじゃあ、明日以降も一緒に食べてくれる!?」

「別に構わないが」

「ヤッターーーーーーー!!」


 サラリと了承した北村に、遥は力強くガッツポーズをしながら絶叫する。階段にとてもうるさい叫び声が反響した。

北村が顔をしかめる。


「うるさいぞ」

「ごめんなさひふふぇ」


 遥は頬の筋肉をゆるゆるに弛緩させながら謝った。

 今、真剣な顔をしろと言われても、それは無理な話だ。嬉し過ぎて、どうしても頬がにやけてしまう。

 あまりにやけ過ぎて北村に引かれてしまうのは嫌なので、せめて頬を両手で隠した。

 北村が、緩んだ頬を必死に隠そうとしている遥をじっと見つめてくる。


「ふひゃー、見ないで下ふぁい」


 北村の視線に気付いた遥は、咄嗟にバックで顔を隠した。


「何故だ」

「今ちょっとニヤけてるから。気持ち悪いから!」


 ひょい、と北村が周り込んで遥の顔を覗いてくる。

 バッ、と北村の顔がある方にバックを移動させ、ひたすら顔を隠した。


「笑ってるだけじゃないか」

「違うのニヤけてるの!」

「可愛いと思うが」

「……………………………えっ?」


 遥はピタリと動きを止める。何か今、驚きな言葉が聞こえた様な気がしたのだが。

 動きが止まったのを良いことに、北村は遥の腕を掴んでバックを下ろした。

 遥の顔が露になる。


「可愛いだろう」


 北村は真顔で、真っ直ぐに遥を見つめながらそう言い切った。

 カッ、と遥の頬が熱くなる。


「ッぼぎゃぶふぇあ!?」


 謎の悲鳴を上げながら、遥は咄嗟にその場に座り込んだ。

 必死に身を縮め、バックの影に入り込む。そんなに大きくはないので、もちろん全身が隠れる筈もなく、ただバックで頭を覆っただけになっている。

 北村はその行動に驚いた様に目を見開きながら、遥の前にしゃがみ込んだ。


「おい、どうした?」

「何ですか、北村君は私を嬉死させたいんですか……!」

「は?うれし?」

「嬉しくて死ぬ……!」


 遥はバックの影でプルプルと震える。

 全身に力が入らない。呼吸が苦しい。心臓が痛い。全部、北村のせいだ。


「……死なれたら、……困る」


 聞こえた北村の台詞に、奇妙な間があった。

 不思議に思った遥は、バックをそっと持ち上げ少しだけ顔を出し、北村の顔を盗み見る。

 北村は頬を赤く染め、視線を斜め下に泳がせていた。


「ぶっはぁ何その顔好きぃぃぃぃ!!」

「っ、う、るさい!お前が妙な事を言うから、恥ずかしくなってきたんだ!」


 照れ隠しなのか、北村は顔を赤くしたまま弁当箱を押し付けてくる。

 思わず笑ってしまいながら、遥はその弁当箱を受け取った。


「北村君、可愛い」

「うるさい。可愛いのはお前だ」


 そう切り返してくる北村が、また可愛い。

 ふひ、と変な笑い声を上げると、吊られた様に北村も笑った。

 お互いに顔を赤くしながら、座り込んで笑っている。それはきっと、端から見れば奇妙な光景で、それを想像したら更に笑えた。


「ねぇ。今日も、一緒に帰って良い?」


 笑いながら尋ねると、北村も笑いながら「ああ」と頷く。

 幸せだ。

 このまま、時間が止まって欲しい。けれど、彼と共にもっと沢山の時を過ごしたいとも思う。

 なんて厄介な我が儘だろう。


「教室、戻ろうか」

「そうだな」


 どちらからともなく立ち上がり、二人並んで歩き出す。

 遥は、チラリと隣を歩く北村を見上げた。頬が、まだ、少しだけ赤い。

 何となく、何となくだが、北村が自分の気持ちを信じてくれる様になるのは、そう遠くない未来な気がした。

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