Extra step02.息を吐く
本編後の冬の話。短いです。
はぁー、と深く息を吐くと、それは白い靄となって視界に移った。
その事は何も朝に限った事ではなくなり、下校中である今の夕暮れ時にも白い靄となる。
それを見て、もう冬なんだなー、と遥は当たり前な事を思った。
「見て見て、人間スチーム」
隣を歩く北村に向かって、はぁー、と息を吐いて見せる。
「冬だな」
北村は染々と呟いた。
先程自分が思っていた事と同じ内容の呟きに、無性に嬉しくなる。
「真也も供に人間スチームしましょうぜ」
「断る」
スパッと切り捨てられた。
付き合う事になってからも、北村は割と容赦なく遥の発言を切り捨てる。
しかし、それは遥に対する無駄な遠慮がないだけであって、距離を置かれているとか、そう言う訳ではない。
遥はにへ、と笑った。
「断られても、私はめげない!」
「お前は、『控えめ』とか『自重』とか言う言葉を覚えるべきだ」
北村は呆れた様な顔をする。それを見て、遥の頭にとても素朴な事が浮かんだ。
「……何か、真也、ため息吐かなくなったよね」
前はかなりの頻度でため息を吐いていた様な気がするのだが、いつからか、彼がため息を吐く姿をめっきり見なくなった。
今の季節、ため息を吐くと白い息が大きくなるので、吐くとすぐに解る。
しかし、北村の吐く息は、決して大きな靄となったりしなかった。
「──!」
遥の言葉を聞いた瞬間、北村はギクリと無言で肩を跳ねさせる。
「何で?」
「…………」
顔を覗き込むと、彼は無言のまま遥の視線から逃げる様に顔を反らした。
耳が赤いのは、きっと寒さのせいだけではない。
「真也」
「……お前が、」
「うん?」
ボソッと小さく聞こえた声に、遥は先を促す様に首を傾げた。
「……本田が、ため息を吐くと、幸せが逃げると言ったんだろう」
「……へ?」
思わず目を見開く。
確かに、そんな事を言った様な覚えはある。多分、初めて一緒に帰った日の事だった様な。
「……まさか、それが理由?」
「……悪いか」
ギッ、と北村は顔を真っ赤にしながら遥を睨んできた。顔の赤さが寒さだけが理由ではない事は、最早明白だ。
遥は自分の内から、何かが込み上げてくるのを感じた。
これは───間違いなく、北村に対する愛しさだ。
「うおーーーー!!真也、大好きだーーーー!!」
何も考えず、本能のまま北村の腰に横から激突する勢いで抱き着く。
北村は「ぐっ、」と小さく呻き声を上げたが、遥を引き離そうとはしない。
それに甘えて、頬の筋肉をゆるゆるに弛緩させながら、遥はしばらく北村から離れようとはしなかった。