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死神と、とある変わり者の話

作者:港瀬つかさ
色々あったのを自分の中で呑み込んで、思いを作品にしてみました。
受け止めて、受け入れて、呑み込んで、作品にする。
それが俺に出来る、たった一つのことだと思うから。

「……だから、いい加減に、大人しく、ついてきてくれないか?」

 面倒くさそうに、疲れたように、そう言葉を吐き出したのは、全身白ずくめの男だった。外見は三十路前後と思われるが、その顔に浮かぶ表情も、眼差しも、その見た目以上に老成しているように見えた。真っ白の、腰まで隠れるような長いシャツに、同じく白いズボン。シャツにはフードがついていて、男はそのフードを被っていた。フードの中からこぼれ落ちるくすんだ金髪が、妙に浮き上がって見える。
 男の問いかけに、パソコンの前で三角座りをしていた人物が、振り返りもせずに首を左右に振った。嫌だ、という意思表示なのだろう。男は面倒そうに、また、ため息をついた。

「そこでそんなことをしていても仕方ないだろう?」
「意味はある」
「いやいやいや、無いから。何一つ無いから」

 男はため息をついた。何度目のため息だろう。目の前の相手と出会ってから、ため息しかついていない気がした。男が吐き出したため息に反応するように、くるりとその人物は振り返った。面倒くさそうな顔で男を見ているのは、まだ、四十路には届かないだろう年齢の、男だった。日に焼けたせいで茶色くなった髪、黒目が妙に大きな瞳。中肉中背の、どこにでもいそうな、特徴の無い顔立ちの男。
 それなのに、その瞳だけは真っ直ぐと男を見ていた。

「煩いぞ、死神」
「俺が煩いなら、お前は往生際が悪いんだよ、死人」

 きっぱりと言い切った相手に、男は噛み付くように、けれど辛うじて叫んではいない声音で言い返した。そう、白ずくめの男は死神で、茶髪の男は死人だった。死神と言っても、何も命を無意味に刈り取りに来るわけではない。いわば、三途の川の水先案内人みたいなものだ。死を迎えた魂を、死神達はあの世へと送り届けるために、迎えに来る。
 そうだというのに、眼前の死人は、幽霊は、いつまで経ってもパソコンの前から離れてくれないのだ。触ることが出来ない筈だというのに、何故かパソコンは起動して、画面にはSNSのタイムラインが延々と流れている。幽霊はずっと、ずっと、自分が死んでから、肉体は既に埋葬されているというのに、このパソコンの前から離れない。
 ここは、幽霊が生前使っていた部屋だ。誰もいないのにパソコンだけついていたら、家族が恐れおののくだろうが、実は、この部屋はまだ、家族に知られていない。家では無いのだ。ここは幽霊が生前、とある作業に使っていた特別な部屋で、家族が辿り着くにはまだもう少し時間がかかりそうだった。
 だがしかし、そんなことは死神にはどうでも良い。死神にとって重要なのは、葬式も火葬も埋葬も済ませたのに、幽霊が現世にいつまでも留まっていることだ。さっさとあの世に連れて行かないと、地縛霊や悪霊になってしまう。そうなったら確実にペナルティだ。勘弁してくれ、と死神は思う。

「死んでしまったのに、パソコンなんて見ていても仕方ないだろう」
「まだだ」
「はぁ?」
「まだ、この中の俺は、死んでいないから」

 何をワケのわからないことを、と死神は思った。しかし、幽霊は真剣だった。ここ、と幽霊が示した先には、幽霊と交友関係のある者達がSNSで何かを書き込んでいる。……その全てが、幽霊の死を受け止めきれず、認められず、ただただ、混乱している様だった。

「……何だ、これは?」
「ここには俺の、仲間がいる」
「仲間?」
「そうだ」

 死神の問いかけに、幽霊は静かに頷いた。幽霊の仲間達は、皆、幽霊の死を悲しんでいるようだった。だが、同時に、信じ切れないと否定したがっているようでもあった。どうやら、このSNSの中にいる《仲間達》は、幽霊の葬式には出なかったらしい。そんなことを死神は思った。
 だがしかし、それが何だというのか。それらは生者の領分で、死者となった幽霊にはもはや関係の無いことだ。お前は早くここから立ち去らなければならないんだぞ、と死神は何度目になるか解らないツッコミを口にした。しかし幽霊は、ただ、真剣な瞳で、画面を見つめていた。



――嘘だ。あの人が死んだなんて嘘だ。


――あんなに元気だったのに……!


――この間まで、普通に会話してたじゃないか……!




 流れていくたくさんの文字の中で多く見られるのは、そんなコメントだった。お悔やみを申し上げます、という定型文は、死神が幽霊に張り付くようになった初日に幾つも見た。しかし、それを口にした人々が、それでもまだ信じられないという形で書き込みを続けているのは、死神には何やら奇妙に思えた。だがしかし、無理も無いのかとも判断した。彼らは画面を通してのみ、ネットを通してのみ、幽霊を知っていたのだ。現実に幽霊の葬式に参列したという書き込みは、存在しない。
 死神は、幽霊をちらりと見た。彼はずっと、このタイムラインを眺めている。自分の死を悲しむ人々の言葉を、どういう風に受け止めているのか。これでは、彼を惜しむ言葉の数々に縛られて、地縛霊か何かになってしまうのではないか、と死神は危惧した。そんなことになったら困る。主に始末書が大変だという理由で。

「で、お前はこんなものを見て、何がしたいんだ」
「待っている」
「は?」
「待っているんだ」

 幽霊はそう、静かに告げた。何を待っているのか、死神にはちっとも解らない。解らないので、さっさと大人しく成仏してくれないだろうかと、ため息をついてしまうのだ。眼前の相手を連れて戻れば、晴れて仕事がおしまいで、休暇だというのに。どんな休暇を過ごそうかと考えていたのに、その日数が目減りしていくのだから、死神がため息をついても仕方ないだろう。勤め人は辛いのだ。
 早く諦めてくれないかなー、と死神は思った。死神に、強制的に死者を連れて行く権利はない。あるにはあるが、それは色々と手続きを踏まなければならないし、悪霊や地縛霊になった場合に適応されるパターンなので、今は該当しないのだ。
 説得だけで死者をあの世に連れて行かねばならない職業、死神。必要とされるのは、圧倒的なコミュ力と、死者を納得させることの出来る口の良さであった?……いや、相性もあるので、普通にさくっと迎えが完了することの方が多いのだけれど。何故か今回はハズレクジを引かされてしまった気分の死神だった。俺の休暇、とぼやく声が耳に入っていないのか、幽霊は相変わらず、パソコンの画面ばかりを見ていた。

「……あ」
「あん?」

 それまで、食い入るように画面を見ていた幽霊が、小さく声を発した。……勿論、幽霊なので死神の声と同じく普通の物音とは違うが、とりあえず、死神の耳には届いた。死神はひょいと幽霊の背後からパソコンの画面を覗き込んだ。そこには、相変わらずSNSのタイムラインが流れている。
 相変わらず、そこには、幽霊の死を悔やむ言葉や、それを信じられない人々の言葉が並んでいる。何だ、何も変わっていないじゃないか。そんなことを思った死神は、幽霊の視線の先のコメントを見て、瞬きを繰り返した。



――俺は、書くよ。



 それは短い書き込みだった。だが、何故か、奇妙に力強さを感じさせるコメントだった。死神が首を捻っている間に、画面が動く。動いて、先ほどの書き込みをした人物が、新たにコメントを書き込んでいた。死神はそれを、幽霊と一緒に真剣に見ていた。……ただの画面の向こうの文字に、惹きつけられる何かを感じたのだ。


――俺に出来るのは、書くことだけだから。書いて書いて、書き続けるよ。あの人だって、書きたかったんだ。書き続けたかったんだ。



 何故だろう、ただの言葉の羅列だというのに、そこには、血を吐きそうなほどの感情が込められているように死神には思えた。幽霊はただ真剣に、じっと、画面を見ている。言葉の続きを待つような、何かを願うような、死神が見たこともない顔で、必死に画面を見つめていた。



――だって俺は、何も、恩返しが出来てない。死んでしまったあの人に、俺が返せるものも、届けられるものもない。なら、せめて、あの人が褒めてくれた俺の物語を、書き続ける。それが俺に出来る、あの人への、供養で、恩返しで、決意だ!



 死神は、ちらりと幽霊の顔を見た。幽霊は何も言わなかった。ただ、画面を見つめて、そして、ゆっくりと唇に笑みを浮かべた。何故笑うのか、死神には解らなかった。そんな死神に気づいたのか、幽霊はすいっと指をパソコンの画面へと向けた。
 そこには。



 そこには、溢れるほどの言葉が、書き込まれ続けていた。



 まるで、先ほどの書き込みが呼び水であったかのように。幽霊の死を信じられないと嘆いていた人々の中から、ぽつり、ぽつりと、最初の書き込みに同調するような意見が増え始めた。中には、不謹慎だと咎める声もあった。なんだそれはと、書き込みをした人物の独り善がりだと告げる言葉もあった。けれど、それらは増えていく書き込みに流されて、画面から消えていく。


――……そうですね。書くのが我々の仕事です。書き続けましょうか。


――ここで凹んでたら、怒られますよね?早く続きを読ませろ!って。


――あの人に褒めて貰ってここまでこれたんだ。ちゃんと書いて、書き続けて、完成させないと!



 それは、前向きになった人々の姿だった。幽霊の死を受け止めきれずに燻っていた人々の中から芽吹いた、明日へ歩き出す一歩。ふうん、と死神は小さく呟いた。たった一つの書き込みが、たった一人の言葉が、こんなにも何人もの存在を動かすのかと、そう、思った。

「これで良い」
「は?」
「これで、俺はちゃんと死んだ。……死んで、皆は、動き出せる」
「……お前はこれが、見たかったのか?」
「あぁ」

 死神の問いかけに、幽霊は満足そうに笑った。その笑顔は、死神が初めて見た、幽霊の生き生きとした表情だった。思えば、ずっと、不慮の事故で死んでしまった事実を受け入れられないのか、幽霊の表情は暗かった。しかし、死神が不思議に思うほどに、幽霊は家族よりも、画面の向こう側の存在を意識しているようだった。

「家族は、俺の死をちゃんと見て、受け入れてる。だから大丈夫だ。けれど彼らは見てないから、自分の中で処理をするのが、難しいんだ」
「……そういうもんか?」
「俺も、そうだった」

 ぽつりと幽霊が呟く。お前も?と死神が問いかければ、そうだ、と静かに答える。なるほど、そうか、と死神はそれ以上気にしなかった。こうして、ネット回線を通して他者と繋がれるデジタル時代においては、まったく顔を合わせずに親しくなることも多々あるのだろう。その中で、顔も知らぬ誰かの死を知って、受け入れて、乗り越えてきたということだろう、と。

「こいつらは、俺と同じ作家だ。実際に本を出しているやつもいれば、それを目指してるアマチュアもいる」
「ほうほう」
「他人に感動を与えられる、良い物語を紡ぐ奴らばっかりなんだ」
「ふむふむ。……で?」
「俺がいなくなったからって、あいつらが筆を止めるのは、勿体ないだろう?」

 そう言って、幽霊は楽しそうに笑った。あぁ、なるほど、と死神は思った。画面に踊る書き込みの文字は、正しかった。怒られると、続きを読ませろと言われると、なんだそれはと思ったが、それは幽霊の性格を実に的確に捉えていたのだろう。似たもの同士の仲間達なのかも知れない、と死神は思う。
 まぁ、そんなことは死神には関係なかった。死神にとって重要なのは、一つだけだ。幽霊に向けて、死神は手を差し伸べる。

「それじゃあ、そろそろあの世へ一緒に行ってくれるか?」
「了解だ」
「……あー、良かった。これで仕事終わる。休暇万歳」
「手間をかけたな」
「本当だよ。お前が地縛霊や悪霊になったら始末書だし、どうしようかって思ってたんだからなー」

 死神は軽い口調で言いながら、幽霊の手を繋いで空間を登る。何もない空間に、まるで階段があるように歩いて行く。目に見えない透明な階段を、幽霊は死神に連れられて登った。途中でくるりと振り返り、未だ動いたままのパソコン画面へと視線を向けた。



 頑張れよ、と声には出さずに唇だけで呟くと、幽霊はもう二度と振り返らずに、死神と共に空へと歩いて行った。


FIN
語ると蛇足になりそうなので、割愛で。
ただ、こう思って生きて行こうという、個人的な決意表明です。
ツギクルバナー

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