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緋凪の理不尽事件ファイル  作者: 神蔵(旧・和倉)眞吹
File.2 スケープゴートの求援《きゅうえん》
29/43

Prologue

 十歳の時、突然父が帰宅しなくなった。

 母に訊ねても、『仕方ないのよ』と寂しげに笑うだけだった。


 どうして寂しげなのか、その時の志和里しおりには分からなかった。

 物心つく前後から、なぜか父は、母と志和里に暴力を振るうようになっていたからだ。

 父がいなければ、母も志和里も殴られずに済む。志和里はそれが嬉しくて、むしろホッとしていた。

 ずっと父が戻らなければいいのに、とさえ思っていた。


 コトがそれほど単純でなかった、と気付いたのは、小学校の六年生になった、ある朝のことだった。


***


「いただきます」


 その朝も、志和里は小さな声で食事前の挨拶をして、一人で食べ始めた。

 母は夜勤明けで、寝室で横になっていた。

 それでも、こうして志和里の朝食だけはきちんと準備してくれる。

 看護師という職業柄か、一日の原動力となる朝食をおろそかにしてはならない、というのが母の持論だった。

『志和里はまだ小さいんだから、尚更よ?』

 小さい、というのは年齢的なモノを指していたのだろう。

 とは言え、当時の志和里はそれでも『あたし、もう十二歳よ』と内心でムクレていたが。

 サラダの最後の一口を箸で口に押し込み、ココアを飲み干そうとしたその時、玄関のチャイムが鳴った。

 志和里は、眉根を寄せて首を傾げた。

 時計の針は、七時半を指している。こんなに早い時分から、一体誰だろう。

 ココアを飲み切り、カラになっていたトーストとサラダの皿を重ね、その上にやはり空になったマグカップを重ねて立ち上がる。食器を流しへ運ぶあいだに、もう一度チャイムが、家人けにんを呼んだ。

(どうしよう)

 志和里は迷った。

 このご時世、母には口を酸っぱくして言われていることがある。

 一人の時、決して玄関に出るな、だ。

『お母さんは合い鍵を持ってるからね。チャイムが鳴っても、絶対出ちゃダメよ』

 と。よからぬ企みを持って、ドアを開けさせようというやからも、いるかも知れないからだ。

 今、母は眠っていて、出られるのは志和里だけだ。夜勤明けだから、午後から仕事ということはないだろうが、志和里としては今は母を寝かせておいてあげたかった。

 しかし、このままチャイムが鳴り続ければ、必然、母は睡眠を妨害されるだろう。

 三度みたび、チャイムが鳴るに至って、志和里は意を決した。

 食卓にある椅子を持って、玄関へ移動する。扉の前へ椅子を置いて、その上に上がり、ドアスコープから外をうかがった。

 玄関に立っていたのは、数名の見知らぬ男だ。

 怖い、と反射で思う。

(どうしよう)

 今度は、違う意味でそう考えた。

 これからトイレを済ませて、学校へ行かねばならない。つまり、外へ出なければならないのだ。

 普段なら、別にどういうこともない。けれど、今日はドアを開けたら、怖そうなおじさんたちがいる。そこへ出て行かなければならないのかと思うと、衝動的に学校へ、欠席の連絡をしてしまいそうだった。

 直後、乱暴にドアを叩かれて、志和里は反射で悲鳴を上げてしまった。

 しかし、外の人間も動じずに「すみません」と大声で言った。

清宮きよみやさん、いらっしゃるんですね? 鍵を開けてください」

「嫌です! お母さんがいない時に開けちゃいけないコトになってるから!」

 志和里は、必死で叫んだ。

 すると、数人の男たちの後ろから、ドアスコープの視界内に知った顔が現れた。

「志和里ちゃん?」

 アパートの管理人の女性だ。

「大丈夫よ。この人たちは決して悪い人じゃないの。とにかく、出て来て貰える?」

「でも……」

 管理人が、男たちに脅されていないという保証が、どこにあるだろう。

「嫌です! お願いだから帰ってください!」

「警察だ!」

 志和里の返答に痺れを切らしたのか、男の一人が声を上げた。

「清宮七和佳(なおか)に、清宮克典(かつのり)殺害容疑で逮捕状が出ている! すみやかに出て来い!」


 その言葉の内容は、十二歳の志和里には理解できなかった。


©️和倉 眞吹2021.

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