act.1 殺人容疑とストーカー
「鷹森冴綯さん」
「はい?」
時刻は、午後一時を過ぎた頃。
出勤する為に自宅であるマンションを出て、何歩も行かない内に自分の名を呼ばれた女性は、反射的に返事をして足を止めた。
小振りの輪郭が振り返り、緩やかにウェーブしたセミロングの黒髪が翻る。膝下まで覆うロングコートの裾からは紗の布が覗き、その下にすんなりと伸びた足には、薄い青のハイヒールを履いていた。
彼女の視線の先にいたのは、二人の男だった。彼らは揃って、懐から取り出した警察手帳を掲げる。
「鷹森冴綯さんですね」
「……はい」
紗綯は警戒心も露わに、若干後退りした。ヒールが、コツ、と妙に大きな音を立てたように思える。
「警視庁捜査一課の外川です」
「同じく古森です」
名乗る男たちに、冴綯は沈黙を返した。改めて名乗られなくとも、外川のほうは顔見知りだ。
フルネームは、確か外川忠広。年の頃は五十代半ばで、細身の角張った輪郭に、小柄な男だ。階級は、警部補だったか警部だったか――
(……まあ、どうでもいいけど)
冴綯は、うんざりした気分で溜息を吐いた。
三年ほど前から、警察に関しては言語の通じない人種という認識になっている。なので、できる限り関わりたくない。
外川が次の言葉を継ぐ前に、冴綯は彼らに背を向けて歩き出した。しかし、大股に追い付いて来た外川が、肩に手を掛ける。
「待ってください。少し話を」
「お話することなんて、何もありません!」
乾いた音を立てて、冴綯はそれを跳ね退けた。
「あなた方警察が、あたしに何をしたか忘れたんですか!? 無実の罪で何度も何度も……おかげでやっと入った大学だって追い出されたし、養父母には見捨てられました! 刑は確定して今罰金を支払ってる最中です! 払う必要のない、しかも累積した罰金をね! もうそれでいいじゃないですか! 必要以外のことで関わるのはやめてください!!」
泣きそうになりながらまくし立てて、再度歩き出す。
しかし、相手は二人だ。
古森と名乗った、二十歳前後に見える大柄の青年が、冴綯の行く手を遮った。
「必要だから来たんです。それに、そちらこそ言い逃ればかりしていないで、いい加減心から罪を償ったらどうです? 罰金だけで済んだと、それで済まされたとどうして思えないんですか」
一見強面だが、生真面目そうな好青年が、明らかな侮蔑の表情を浮かべる。冴綯を、憎むべき犯罪者として蔑んでいる、そんな顔だ。
けれど、心から償うも何も、冴綯がこれまでやったとされる、置き引きもスリも万引きも、何一つ身に覚えがない。
防犯カメラに犯行現場が映っていたという状況証拠だけで、罰せられて来た。それも、行った覚えもない場所に映っているのが尚のこと、理解できないのはこちらのほうである。
それでなくとも、今は身に覚えのない婚約破棄疑惑で、ストーカーに付け回されている最中でもある。しかし、警察はこんな調子なので、訴えても聞いてくれないだろう。
「……何を言っても無駄なんですよね。分かりました」
吐息と共に、こちらも蔑むように古森を細目で睨め上げた。
「でも、歩きながら伺います。これから仕事ですし……それを邪魔されるなら、出直していただくか、お店まで来てください。さっきも言った通り、罰金の支払いが積もり積もってて、そろそろ自殺でも下りる保険にでも入ってあの世に高飛びでもしようかなって思ってたところなんですよ。受取人には警察の方を指名してね。ちょうどいいからあなた、受取人になりますか?」
冴綯は、すでに涙の滲んだ目で、嫌みたっぷりに古森を見据える。
若いだけあって、経験も少ないのだろう。それまでの威勢が急に衰え、古森は簡単にたじろいだ。
しかし、五十代半ばを過ぎたと思しき外川は、動じずに冴綯の前へゆったりとした歩調で回り込む。
「お手間は取らせません。ただ、今朝の午前零時頃、どこで何をしていたのか、まずお聞かせください」
歩調と裏腹に、どこかトゲのある口調だ。冴綯くらいの年齢で、こういう場面に初めて遭ったら、まず萎縮して動揺するだろう。
だが、冴綯はそれがいいのか悪いのか、多分に経験があった。
「お店にいましたよ。ちょうど閉店時間ですから、後片付けをしていて。でも、親しい人間の証言は役立たずなんですよね? そういう意味ではアリバイはないですが、それが何ですか?」
投げやりに返した冴綯に、外川も鼻白んだ顔をする。だが、彼は余計なことは口にせず、淡々と答えた。
「……今日の午前十時頃、新宿区の目白にあるマンション・ナガハリの九階で、男性の遺体が発見されましてね」
「そうですか。それで?」
自分には関係ないことだ。
そう冴綯は断じて、外川の身体を回り込むように歩を踏み出す。
しかし、外川は追い縋って、言葉を継いだ。
「ご遺体は、安次峰遼祐さん。この名前に覚えがありますよね?」
冴綯は、一瞬目を見開いた。しかし、それは外川たちには見えなかっただろう。
変わらず歩き続ける冴綯に焦れたように、外川が尚も背後から声を張り上げる。
「彼は、婚約者だった。それに相違ありませんね?」
「婚約者?」
吐き捨てるように返す言葉に、思わず笑いが混じった。
「バカも休み休み言ってください」
カツン、とヒールの音を甲高く響かせて、冴綯はもう一度足を止める。
「違うのですか?」
追い付いて、目を合わせる外川の目を睨め付けた。
「違うに決まってるでしょう。婚約も何も、あたしたちは高校卒業する前に終わったんです。付き合ってた期間は、一ヶ月あったかなかったかくらいで、彼が一つ上ですから、彼が高校を卒業してから会っていません。とっくに終わった恋愛の話まで、何でケーサツにしなきゃならないんですか? バカバカしい」
「しかし」
「タイムリミットです。もう電車に遅れちゃいます。これ以上付いて来るなら警察に通報しますよって言えない相手なのが残念だわ。まあ、通報したところでアテになりゃしないのは、この三年でそれこそ身に沁みましたけど」
クス、と嘲るように鼻で笑って、今度こそ振り切るように彼らに背を向ける。
まだ追い掛けて来るかと思ったが、二人の刑事はこの場での追及は諦めたのか、それ以上冴綯を追わなかった。
(……死んだ……遼祐が?)
一方で冴綯は、かつて恋い慕った相手が死んだという事実を、うまく呑み込めずにいた。かと言って、彼に未練があるわけではない。
足は馴染んだ通勤路を辿りながらも、頭はまったく別のことを考えている。
彼が亡くなったと聞いても、もう特別な感慨は沸かない。冴綯にとっては、彼とのことは本当に終わったことなのだ。
古傷が、シクリと痛まないと言えば、嘘になるけれど。
言うなれば、疎遠になった知人の他界を知らされたのとあまり違いはなかった。わざわざ警察が訪ねて来るくらいだから、死因は穏やかならざるものだということは確かだろう。
(世綯……が関わってるのかしら。ううん、まさかね)
こちらも疎遠になった――と言うよりは絶縁状態で今は連絡先も知らない、もう一人の元友の顔が浮かぶ。
だが、彼女が何かしたとしても、遼祐と冴綯が婚約したなどという噂を広めたところで、彼女に得はないはずだった。彼女は、冴綯に異常なまでの嫉妬を燃やすほどに、彼を愛していたのだから。
ICカードを改札に触れさせて駅構内へ入りながら、冴綯は溜息を吐く。
どの道、またぞろ面倒なことになりそうなのは、確かだった。
***
「何なんですか、あの女!」
古森が、唾棄する勢いで喚き立てるのを、外川は「まあ落ち着け」と宥めた。
しかし、古森秀志という男は、正義感の強い熱血・真っ直ぐを絵に描いたような男だ。若さも手伝い、彼は益々ヒートアップしていく。
「だってそうでしょ! 俺も資料見ましたけど、前科がバリバリじゃないですか! なのに無実主張するとか厚かましい……!」
確かにその通りだ。
鷹森冴綯という女は、三年ほど前に万引き(などと言うと軽犯罪のように聞こえるが、立派な窃盗だ)で警察にお世話になったのを皮切りに、今では主に、窃盗の常習だった。
しかも、常習の割には間抜けで、しっかり防犯カメラに映る場所で犯行に及ぶという、一種コントのような犯罪者でもある。
だが、万引きの現行犯で捕らえた時、彼女はしっかりと自身の名を名乗り、住所まで申請している。
彼女が犯しているのは、主に万引きと置き引き、ごく稀にスリだ。犯行現場はいつも彼女の生活圏からかなり外れた場所で、というのが不審な点ではあるが、本人の供述に依れば『自宅や職場から離れた場所なら捕まらないと思ったから』ということらしい。その心理にも一理はあった。
なのに、いざ後日、本人を訪ねると、知らないの一点張りなのだ。しかも、本当に心底から知らないような顔をして答えるので、当時三課にいた外川も騙されそうになったほどである。
アカデミー女優も真っ青な名演なのだ。
「美人なら何やっても許されるとでも思ってんスかね! 今回だって、マンションの防犯カメラにしっかりがっつり映ってたじゃないですか! もう令状取ってしょっぴいちゃいましょうよっ!!」
思索に耽る外川の横で、古森はまだ憤慨している。
「まあ、待て。あの様子じゃ、逃亡の気遣いだけはない。まず、きちんと証拠を押さえてからでも遅くはないだろ」
「だけどー」
古森は、子供のように唇を尖らせたが、構わず外川が歩き出したのを見ると、慌ててあとを追った。
***
「冴綯!」
職場――銀座にひしめくホステス・クラブの一つである『セリシール』の裏手まで来て、前方からまた名を呼ばれた冴綯は、顔を上げて思い切り顔を顰めた。
目下の面倒ごと・その一である、ストーカーだ。面倒ごとに元々ナンバリングはされていなかったが、今さっき、刑事たちが訪ねて来たことで、面倒ごとは複数になった。
「よかったぁ。やっと逢えた」
駆け寄って来た男の、ヘラヘラと笑うその顔は、公平に見れば美男子なのだろう。しかし、冴綯には醜悪に歪んだそれにしか見えない。
「ヒドいなぁ。避けまくった挙げ句に本当にクラブを変わってたなんて」
ヒドいのはそっちだ。そもそも、冴綯はここ数年はずっとこのクラブ・セリシールで仕事をしている。ちなみに『セリシール』とは、フランス語で『桜』という意味らしい。
だが、冴綯は訂正を一切を口にせずに沈黙を返した。
こういう男と言葉のキャッチボールをすると、『相手をして貰えている、ということは自分に好意を持っている!』という、前向きな勘違いをする手合いが多い。
(それにしても)
今時は情報化社会とは言え、こういう輩はどうやって個人の職場まで調べ当てるのだろうか。ホステスをしてはいても、裏社会の事情に明るくない冴綯には、永遠の謎だ。
はあ、と溜息を吐くと、彼に構わず出入り口へ歩を進める。
「ねぇ、待ってよ。ここまで来て無視するコトないでしょ」
腕を取られたので、仕方なく振り払いながら、相手を睨め上げた。
「お客様。お店にいらしたのなら、入り口をお間違えでございます。こちらはスタッフ専用の通用口ですので、表へ回ってくださいませ。まだ開店にはいささか間がございますが」
「またそんな……さ、早く行こう。婚約破棄なんて、悪い冗談だよね?」
「破棄するも何も、あたしはあなたとは先日が初対面です。申し訳ありませんが忙しいのでこれで」
彼――こと、室橋英治と名乗るこの男が、冴綯の前に現れたのは、三日ほど前のことだ。
仕事でクタクタになった冴綯の自宅アパート前で、バラの花束と共に佇んでいた。
『久し振り。一週間も逢えなくて寂しかったよ』
と言われた時には、何のことだかさっぱり分からなかった。
無視して家に入ろうとした冴綯のあとに、図々しく付いて来るので、仕方なく帰宅を諦め、仕事場に逆戻りした。自宅の部屋番号まで知られたくなかったからだ。
最後には疲れた身体にムチ打って、学生時代のスポーツテストですらしたことがないほど必死で走った。しかも、ハイヒールでだ。
特別スポーツ部に在籍していたこともないから、転ばずに彼を振り切り、終電に駆け込めたのは奇跡だった。
今朝になって(と言っても昼過ぎだったが)警察が訪ねて来たのは、あれで今月の運でも使い果たした証拠だろうかとも思ってしまう。
「……ねぇ。あんまり生意気なコト言わないほうがいいんじゃない?」
つれなくあしらい続けた所為か、途端、彼の態度は豹変した。
「生意気なんて……私がいつ、生意気な物言いを? それとも、脅すおつもりですか?」
「いやだなぁ、人聞き悪いコト言わないでよ。僕はただ、君に思い出して欲しいだけなんだからさ」
言うや、彼はスマートフォンを操作して、画面を目の前に押し付けた。
ピントが合わないくらい近くに差し出された画面を、仰け反りながら否応なく確認して、冴綯は目を剥く。
画面には、あられもない格好の――自分としか思えない女性が横たわっていた。
「君と初めて過ごした夜の翌朝の記念撮影。どう? 中々綺麗に撮れてると思わない?」
冴綯の顔色は、多分変わっていただろう。だが、少なくとも彼と過ごした初めての夜の翌朝とやらにこんな写真を撮られていたなんて、という驚愕からではない。
まったく覚えがない。
冴綯個人の信条として、結婚もしていない内に異性とベッドを共にするなど、有り得ない。高校時代付き合っていた遼祐とも、別れる際までキス以上のことはしなかった。よって、断じてこの写真に写っている女性は自分ではない。
けれども、英治はまたも自身の都合のいいように勘違いしたらしい。
「思い出してくれたんだね。ああ、よかった。婚約破棄だなんて言われた時は、本当に悪夢だったけど……」
目眩がしてよろけたタイミングで、英治はそっと冴綯の肩を抱き寄せた。
「大丈夫。僕はちっとも怒ってなんていないよ。僕が急にプロポーズなんかしたから、びっくりしただけだって分かってる。ほかに婚約者がいるなんて、気が動転しただけなんだよね?」
知らない。そんな会話、交わしたこともない。
弱々しく男の胸元を押し返しながら、冴綯は小さく返す。
「……本当に知りません。放してください」
「ねぇ、素直に言うコト聞いたほうがいいよ? 今はイイ時代になったよねぇ。法的手段に訴えるより、コレ世界中にバラ撒いちゃう方が簡単なんだけどなー。どうする?」
「や……もう、本当に」
「本当に、何?」
クスクスと漏れる笑い声が、心底耳障りだ。
(何で、あたしばっかりこんな目に)
思えば、三年前――いや、もっと前だ。中学に入ったあの頃、『彼女』に出会ったことがすべての始まりだったのかも知れない。
身に覚えのない罪を着せられ、執行された刑に首が回らなくなった、今のこの事態の始まりは――。
こんないけ好かない、得体の知れない男の前で泣きたくない。そう思うのに、涙が出そうだ。
それを見計らったように、冴綯のスマートフォンが着信を告げる。
不意に音がしたからだろうか。男のほうも、一瞬隙を見せた。
「はいっ……!」
その隙を逃さず男の腕から逃れ、スマートフォンを耳に当てる。
『あ、冴綯ちゃん? 今どこ?』
電話の相手は、『セリシール』のママで、冴綯の上司でもある若朔瑞琉だ。
「あ……すみません。今通用口の前まで来てるんですけど、知らない男の人に絡まれてて入れないんです」
「知らないなんてホント人聞き悪いなぁ」
すると、いつの間にか背後まで迫っていた男が、冴綯を抱き竦めながらスマートフォンを取り上げた。
「やっ……!」
「嫌じゃない、だろう? 君の身体は隅から隅まで知ってるのに」
「返してよ! これから仕事なのにっ……!」
「だーめ。僕との話の途中だったよね?」
聞き分けのない幼子を宥めるような口調で、男は取り上げたスマートフォンの通信を切ってしまう。
「さあ、行こうか。車で来てるからね。まず食事にしよう。それから両親と親戚に紹介するよ。大丈夫。皆、君を気に入るさ」
「行くってどこに……それに、あたし今から本当に仕事が」
「仕事なんてする必要はもうないんだよ。君はこれから僕の奥さんになるんだ。室橋コンツェルン次期社長の夫人だよ? そうしたら、罰金だって一日で支払い終えるさ」
「……罰金?」
どういうことだろう。
まさかこの男は、冴綯に着せられた罪や罰則を知っているのか。そんなことは、仕事仲間のホステスでさえ知らない。
冴綯自身、話していないからだ。三年前に初めて万引きの嫌疑を掛けられてから、徐々に人間不信になってしまい、親しい人間を作る気にもなれなかった。だから、今の仕事場の人間関係も上っ面だけのものである。
すなわち、そんな深い所まで話す関係の人間はいない。
万が一いるとすれば、この『セリシール』のママ・瑞琉くらいだが、彼女にもまだ話はしていない。ただ、彼女は何も訊かずに冴綯を雇ってくれた。
「君が話してくれたんじゃないか。君は前科持ちだから、幸せになる権利なんてないんだって……でも、僕はそんなコトは気にしない。君を愛しているから」
「一体……誰から」
「誰からって、君以外にいないでしょ。嬉しかった。そんな過去を打ち明けてくれたってコトは、僕を心底愛しているんだろう?」
「あたしはそんなこと、あなたに話したりしてない。あなただけじゃなく誰にも、自分からそんな」
「もういいから黙って……さ」
強引に顎を持ち上げられ、口吻けられる。
「ッ」
背後に首を捻る格好で仰向かされた為、うまく抵抗できない。舌先が入り込んでくるに至って、冴綯はその舌に思い切り歯を立てた。
さすがに、弾かれたように男の顔が離れる。その隙を逃さず、思い切りその胸元を突き飛ばした。
「何を……するんだ。よくも」
「よ、よくもはこっちの台詞よ! いきなり何してくれるのよ、気持ち悪い!」
冴綯は震える身体を抱き締めて唇を擦りつつ、男から距離を取る。ギリギリ保っていた『客』に対する態度は、脆くも崩れた。
「何度も言ってるじゃない、あたしはあんたなんか知らない。何でこんなことされなきゃなんないのか分からない!」
「分かったよ。そんなにこの写真をバラ撒かれたいんだね」
口元を押さえた男は、先刻の冴綯のように見える女性の写真が映ったスマートフォンを掲げる。
冴綯は、思わず唇を噛み締めた。
どうせ合成だ。でなければ、別人だ。どの道、被写体が自分ではないとは分かっているが、問題はそれが自分そっくりだということだ。つまり、自分ではないと言い張っても冴綯にしか見えないということが問題なのだ。
(もう嫌)
どうして、どうしてこんな目に――今日、何度目かでそう思った、その時だった。
「はい、没収ー」
絶妙のタイミングで現れた誰かが、男の手からスマートフォンを取り上げた。
©️和倉 眞吹2021.