1-2
10年前、俺は記憶を失ったらしい。
らしい、というのも未だにそれをよくわかっていなかったりするからだ。
なんでかは知らない。
起きたら山の中だったってだけ。かろうじて覚えてたのは自分の名前と持っていた剣が使えることくらいで、あとは何にも覚えていなかった。
歳はおろか故郷の名前も、母の顔も、もちろんなんで記憶がないのかも
まぁそこからいろいろあって、5年前に俺の記憶はカケラになってこの世界に散らばっていることを師匠に教えてもらった。それをきっかけに師匠の家を出てカケラを探す旅に出た。
で、2年前にイザクと出会って一緒に旅をしている。
イザクはこの街から北にかなり行った方の、極寒の国出身らしい。だからか全体的に色素が薄かった。
白に近い金髪に水色の目は綺麗でそれなりに顔も整ってる。でも目の下とか頬の傷、背負った棺桶やら何やらのせいか周りに人はいなかった。
そんなイザクと出会ったのは東の水の国〈セイグレイ〉で、行商の傍ら傭兵業もやっていたそいつに拾ってもらったのがふたり旅の始まり。
たまたま止まっていた宿屋にイザクも止まっていて、雨に濡れた服を乾かしていると向こうから声をかけてきた。
『お、同年代の奴見つけんの初めてだ。名前は?』
その時俺は大体17とか18歳くらいで、そんくらいの歳でひとり旅をしてんのはやっぱり珍しかった。しかも俺はトレジャーハンターをやってたもんだからイザクの驚きようは面白かった。
暖炉の前でいろいろ喋ってるとイザクは俺の持ってた剣を見て
『なぁ、俺と一緒に傭兵業やんね?そうすれば儲かるしさ、お前どうせ強いんだろ?』
『どうせって何だ、どうせって』
『…まぁ半分勘だけど、その剣、〈シュカの劔〉だろ。ここよりずっと遠くの…遺跡に封印されてたやつ』
『何でわかって…』
『伊達に行商で世界回ってないからね。大体の伝説とかは知ってるつもり…だけどまぁ、そういうのを見んのは初めてだけど。俺、最近1人は飽きてきたんだよね、伝説の剣持ってるやつが隣にいてくれたらめっちゃ心強いんだけどなー』
『…』
『いーじゃん!んな顔すんなよ!男二人旅もきっと楽しいぜ!』
と、まぁ半ば強引に押し切られて。
今思えばよく初対面の人間の言葉に頷いたよなっ、て。
で、本当に一緒に旅をするんなら”記憶”のことを言っとかないといけない。
話したら話したで、イザクはまた面白い反応をした。大丈夫、と何回も言って一緒に探してくれると。
…いい奴、なんだよなぁ
適当で大雑把で金使い荒いわ大食いだわうざいわで、色々面倒な奴だけど。
俺がそういろいろ思い出しているとその本人が話しかけてきた。
「で、この温泉入って……おい、聞いてんのかよ」
「あ?なに…」
「…次の回り方だよ。お前俺が予定たてねぇと行き当たりばったりで全然じゃん。ちったぁ自分で考えろよ」
「そうは言っても…俺何にも分かんねぇし…」
「だったら人の話聞けってんだ。そんなんじゃいつまで経っても思い出せねぇよ」
うっさい、と俺はグラスを傾ける。お前に言われなくったって、わかってんだ。
それに最近。
何だか時間がない気がしてしょうがない。頭のどこかで何かが囁いてるような感覚が拭えない。
急いていて、だけど長い距離をゆっくりと歩いているような、
…真綿で首を絞めるような
…でも、確実に体力を奪っていくような
何とかそれを消そうと俺は残っていた琥珀の酒を一気に飲み干した。
そして席を立って「少し出てくる」とイザクに言う。
「おい!昼はどうすんだ!」
「夕方までには帰ってくるよ」
答えになってるようななっていないような、よくわからない言葉を残して俺は〈ギルド〉の扉を開けた。
□□□
向かったのはある武器屋。
俺の剣を直せる唯一の刀工がやってる店で、その昔冒険者として名を馳せたとか馳せないとか。
店に入ると赤毛をポニーテールにした女が新聞片手にスツールに腰掛けていた。
俺が鳴らしたドアベルに気づいたそいつは新聞をたたんでカウンターに置い、
置かなかった。
スパァンッと乾いた音が狭い店内に木霊する。それは俺が振り下ろされた新聞紙を頭上で止めた音だ。
女はその棒状になった新聞紙を俺の手から振りほどいてもう一回振りかぶる。
今度は横薙ぎに来て俺はしゃがんでそれに対応し、ついでに足を刈った。
だけど女も女でそんなことはわかりきっている。
蹴るその瞬間にジャンプして回避し、逆にそのまま回し蹴りをかまして来た。
…ったく、無駄に運動神経のいい奴だな
俺は上半身を床につくくらい反らして腕を伸ばす。細い両足首を掴んだ。
「ちょ、うわっ」
立ち上がって体勢を直す。そしてそのまま放り投げた。だけど、さすが。結構変な感じに投げたけど半身ひねって床に一回手を突く。そして反動で上下を反転、直立の体勢になった。
「さすがね、ゼン。前より反応がいいわ」
「うるさいバケモン。入店早々叩っ斬ってくんな」
「きってないじゃない。これ新聞紙よ。あ、もしかして本物の剣に見えちゃった?あらぁ〜ゼンって意外と怖がりなのねぇ」
「おい、いい加減にしろよ…」
ニカッと楽しそうに笑うこの女こそ、俺のこの〈シュカの劔〉を修理できる当代唯一の刀工、リー・キティだった。
そして、毎回入店と同時に組手をやらしてくる戦闘狂だった。
今日は新聞紙だったからよかったものの、機嫌が悪いと普通に剣でやってくるからもう本当にやめてほしい。
とりあえず、あまり関係を築きたくない。
毎日死の淵に立たされそうだし。
いつか殺されそうだし。
なんとか連続更新できたお。