1-1 始まりの街
まだ朝日が登りきっていない時間だった。普段ならもう少し寝ているような時間。にも関わらず俺たちは仕事をしなければならなかった。わざわざ街からそれなりに離れているこの森に来たのは、魔物一匹討伐すれば相当な金額を手に入れることのできる依頼が出ていたからで、じゃあなんで相当な金額が必要かといえば、原因を作ったのは半泣きで魔物に追われているイザクだ。
「おいゼンっ、少しは、助けろよっ」
「知るか、自分でどうにかすれば」
犬型の魔物だから足は速い。でもイザクにとって脅威になるような魔物ではない。そもそもの原因はそっちにあるのだから助けを求めないでほしい。とはいえそんなことは奴らには関係ない。群れで行動するタイプだったから俺にも容赦無く噛みつこうとするが、とっとと帰りたいのでそれくらいは処理してやった。
次々に出てくる魔物を切って、ため息をつく。
こんな面倒な仕事、報酬が他の倍あったからやってるだけで、普段なら絶対やらない。
だいたい2人だけでこの広い〈ヒバの森〉の中から特定の一匹見つけて殺してこいなんて、しかもなるべく綺麗に殺せって、面倒にもほどがあるだろう。
「おい、イザク。適当にあしらえよ。そんなの相手にする価値ないんだから…」
飛び出してきた魔物を切り終え、後ろを振り向く。
すればそこには、渡された資料と同じ魔物がいて。
俺はイザクの隣に立ち、剣を構えた。
大昔に鍛えられたという、曰く付きの大剣。
なかなか使い勝手のいいこいつはよく手に馴染んでいる。
そいつの切っ先を目の前の熊のような魔物に向けた。そして2人で呼吸を合わせて、次の瞬間には地面を蹴っていた。
「なぁゼン、これ終わったらキティんとこ呑み行かね?」
「お前の奢りなら考えとく」
って、そんなことを言ったけど、
「どうせまたツケで呑むんだろ?いい加減払えよな」
小さな苦笑と、魔物の咆哮、そして剣を振り下ろす音が森に木霊した。
□□□
山と川、あとは森に囲まれている〈ツァイカ・シティ〉の朝は早い。
だいたい日が昇り始めた頃にはもう街は起きている。
水を使う音や火の爆ぜる音に包丁でまな板を叩く音。
パンの焼けた匂いに肉の焦げた匂い。
家族を起こす声やらなんやら。
あちこちにそれらがある。
でっかい熊みたいな魔物を倒して帰ってきた頃には、もうすでに活気があって賑わっていた。
死体を荷車に乗せて門を通り、目指しているのは仕事斡旋所でもある傭兵派遣所の〈ギルド〉。俺とイザクはそこに傭兵として登録していた。
今回わざわざ朝っぱらから仕事をしたのはその登録費用をを稼ぐためでもあった。
この間イザクが店を半壊させるレベルで馬鹿騒ぎしたおかげで財布はすっからかん、おかげでこのザマ。
朝から重労働お疲れ様って感じだ。
で、その原因であるイザクはというと…
「…何してんだ、お前」
「ふがっ?…ほまえもふう」
残り少ない金を浪費していた。手には蜂蜜がけパンやらカリッカリに焼けたベーコンとかが入った袋が。
…こいつ…俺は飯食ってないんだぞ
しかもこの魔物倒したのほぼほぼ俺なんだがな。しかも俺が荷車引いてんだけどな。まぁいい。こいつを相手にしてるよりもとっとと荷物を軽くしたい。
俺は道を急いでまた何か買い込んでいるイザクを放置した。
後ろから何か声が聞こえるが気にしない。
□□□
朝市が開かれている大通り〈ファラエラ通り〉の真ん中辺り。
そこに一際でかい建物がある。そこが俺たちの目指してた〈ギルド〉で、この一帯では一番大きい〈ギルド〉だ。
この地方伝統的な様式を取り入れた建物は厳格さと美しさが両立している。
その扉を開けて中に入れば、すでに人で賑わっていた。
まっすぐ向かったのはカウンターの中にいるナターリアのとこ。ナターリアは白銀の髪の、まぁ美人の女で、この〈ギルド〉の一切を取り仕切り宿屋まで経営するすごい女。
おい、と声をかければ拭いていたグラスを置いてカウンターから出てくる。
「あら、お帰りなさい。どうだった?」
「ちゃんと狩ってきたさ。結構大きかったから…売ればそれなりの値段だろうな」
「あらあらあら、これはまた立派な〔グラン・ベア〕ねぇ。そうねぇ、35万ギールで買い取るように話をつけてくるわ。契約更新用に1人5万ずつ引かせてもらって…残り25万はあなたたちの借金返済に充てるとしましょう」
「ちょ、ナターリア、法外すぎないか!?」
「何を言うのイザク。あなた達2人のせいで一体何回この建物を改修工事したと思ってるの。言っておくけれど、あと300万ギール分くらい壊しているからね」
「お前のせいだからな、イザク。お前がいつもくだらない喧嘩ばかりするから」
「…言っとくけど俺は喧嘩してないぜ。つか壊してんの大概お前だからな」
…耳が痛い話は聞かないことにしてだな
とりあえず俺はスツールに座って酒を頼む。
借金を返さないといけないのは確かだし、このくらいの仕事で35万も貰えるなんて破格もいいとこだ。
ナターリアはこういうことしてくれるから、頭が上がらない。
イザクもそれがわかったようで苦笑しつつ俺の隣に座る。ナターリアもそういうことで、と紙にいろいろ書き付けて、またカウンターの中に入って俺が言った酒を出してくれた。
一息ついたところでナターリアは切り出してきた。
「この街に帰ってきたのは、何ヶ月ぶり?」
「…イザク」
「え?えーっと、2ヶ月ぶりくらいかなぁ」
「何かわかったことはあった?」
グラスを傾けつつ答える。
「何も。カケラに関係することは、何もわからなかった」
「じゃあまだ何も思い出せてはいないのね…」
「あぁ。今回は東に行ったから…次は西だな。バッカスあたりに行こうと思ってる」
「お、温泉地じゃーん。いいねぇ」
少ししんみりした空気をイザクが元に戻す。
ナターリアは他の人に呼ばれて俺たちの前から離れた。「記憶、戻るといいわね」と言って。
イザクはバァンと俺の背中を叩く。そしてカウンターの上に地図を広げてさっき俺の言った地名を指差しつつ予定を立て始めた。
だけどそれは耳に入らなかった。
さっきナターリアが言った言葉を反芻しているからだ。
『記憶、戻るといいわね』
それが意味するのは、なんのひねりもない、俺に記憶がないということだ。
明日からはきっと亀更新。