プロローグ
「真守! 走ったらめ――――」
ファミレスに入って席に座り、注文をした直後にドリンクバー目がけて走り出した弟の真守は、私の声も空しく男の子とぶつかってしまった。
慌ててその場に向かうと、男の子が自分にぶつかって転んだ真守に手を差し伸べて立たせているところだった。
「真守っ、大丈夫!?」
立ち上がった直後の真守の肩を掴んで強引にこっちを向かせると、鼻血を出していることがわかってぎょっとする。
「わわ、鼻血出てるよ……! もー、ほらじっとしてて」
ブレザーのポケットからティッシュを取り出してしゃがみ、的確に鼻血を処理していく。店員さんに心配の声をかけられたけど、幸いそこまで多く出ていなくて床も汚さないで済んだから、大丈夫ですと一言だけ返した。
「ぐず……ぼ、ぼくつよいからなかないもん」
そんな強がりは真守が泣くときの癖だった、もう既に目じりに涙をため込んでいて、今にも泣きだしそうな顔をしている。
「ほら、泣かないって言ったんなら泣くな。これやるから元気出しなよ」
唐突に男の子の声が聞こえて、視界の横から伸ばされた手が真守に何かを渡した。
見るとそれはリンゴのキャンディー。偶然にも、真守が一番好きな味はリンゴ味だった。
「おにいちゃんこれくれるの!?」
「やるよ」
「ほんと!? わーい!」
また転びそうなほどの元気を出した真守は、ジュースのことをすっかり忘れて席に戻って行ってしまった。
「こら! お店の中ではしゃいじゃダメでしょー!」
周りの店員さんや、他のお客さんはそんな真守を暖かい視線を送り、不快じゃない笑い声が聞こえてくる。
「もう……」
弟への変な注目に自分まで気恥ずかしい思いになってくる。そんな気恥ずかしさから逃げたくて、ジュースを持ってそっと席に戻ろうとしたところで、
「――あ、ご、ごめんなさい……! あなたのことすっかり……」
慌てて振り向き、男の子に頭を下げる。
真守ばかりに目が行っていてすっかり忘れていた男の人を思い出した。けど、忘れてたとは面と向かって言えずに最後だけ口ごもる。
今さら気づいたけど、男の子は私と同じ学校の制服を着ていた。学年を表す制服の縁取りの色も同じなことから、同年代ということもすぐにわかった。
中性的で少し幼さが残っている顔立ちに、紅葉みたいな橙ショート。左右で長さの違う横髪が特徴的だった。
「忘れてた、だろ? 別に構わねーよ。初対面相手に随分だなとは思うけどね」
「うっ……ご、ごめんなさい」
目の前の男の子は、口元こそ好印象な微笑みを浮かべているけど、その夕焼け色の目が笑っていないように見えて少しだけ怖い。私自身、知らない人と話すのが苦手な人見知りなこともあって、どうしても動揺を隠せないでいると、
「じゃ、俺は行くよ」
自分の分のジュースを持って、男の子は私に背中を向けた。
あまりにあっさりとした声に、一瞬だけ頭の中が真っ白に染まる。けれど、言わなきゃいけないことがあるのはわかっていて、
「あ、あの……!」
私の声に反応して、チラリと顔だけこっちに向ける。
とっさに呼び止めてしまったけれど、まだ何を言おうかまとまっていなくて言葉が上手く出てこない。
「え、えと、同じ学園、だよね?」
「そんなの見りゃわかるだろ?」
男の子の言う通りだった。そうじゃなくて、私が言おうとしたのはえーっと……。
「……はっきりしない人だね。何が言いた――」
「おーい秋哉ー? 遅いぞー! もしかして変な部位にピンポイントで零したかー!?」
そんな大声が聞こえ、店内にはクスクスとした笑い声が上がり始めた。誰なんだろうと素朴な疑問を抱くと同時に、男の子は頭を抱えて何かを呟いた。
「ありえねぇ、大の大人が店で叫ぶかよ普通……!?」
文句のような言葉を呟きながら、男の子は歩いて行ってしまった。
「お礼、言いそびれちゃった」
ちょっとだけ自分が情けなくて、悔しかった。良くしてもらったのに今の自分の態度は酷いと思う。
いつも知らない人との会話はこうなる。特に男の子との会話は大の苦手で、学校では何とか普通に話せてるけど、外だとどうしても動揺してうまく喋れなくなる。
直そうとはいつも思ってるけど、とっさの時だったり、ちょっとでも相手のことを怖いと思ってしまうと、どうしてもさっきみたいな風になってしまう。
「はぁ……、私ってほんと情けないなぁ」
ドリンクバーにぽつりと残され、少し落ち込んでいると、
「おねぇちゃん、ごはんきたよー?」
さっき席に戻っていったはずの真守がブレザーの裾を引っ張っていた。
「(もう過ぎちゃったことを気にしても仕方ないよね……)」
次は頑張ってもう少し普通に話せるようにしようと張り切って、そのことから気持ちを切り替える。
「今行くから――って、真守キャンディーもう食べてるの!?」
「おいしい!」
「もー、ご飯が先でしょ? ――あー噛んじゃダメだってば!」
自分の分のジュースをコップに入れ、世話の焼ける弟と一緒に席に戻る。
明日から始まる学校で、もしさっきの男の子に会えたら、ちゃんとお礼言わなきゃと心で呟きながら。




