きのせい
深夜、テーブルに一人。
ゆらりとコーヒーの湯気が円く渦巻いた。
ぐるぐる、ぐるぐる。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
何となく、両目と口に見える。
目の周り、口の周りがぐるぐる、ぐるぐる。
大きさを変え、深さを変えて。
「髪が長くなったな。散髪に行くと良いだろう」
空耳かもしれないが、浮かんだ白い顔はそう言っている。
「誰が行くもんかと思ったろう。背は高くなってもそういうところは変わらないな」
ぐるぐる、ぐるぐる笑っている。
私はちょっとむっとした。
「おっと。あいにく、私はお前の昔を知っている」
何となく、木の幹に見え始めた。
そういえば、実家の庭に古い大樹があったっけ。
湯気が消える。
コーヒーは冷めるしかなかった。
朝、実家が焼失したと知った。
そういえば、湯気には「三」の字のような傷があったことを思い出す。背丈をあそこでよく測ったものだと懐かしむ。
目の前のコーヒーはすっかり冷めていた。
おしまい
ふらっと、瀨川です。
他サイトに発表した旧作品です。深夜真世名義。2005年作品。やや改稿。
シミュラクラ現象(類像現象)とか呼ばれるらしいですね。
このころコーヒーの湯気をテーマにして書いた作品の一つです。