黄色と緑色(9)
試験が終わって余裕のできた僕達は、
帰るついでに馴染みのショッピングモールに寄る事にした。
たわいのない話をしながら色々見て回ったものの、
会話の内容も、何を見たかも、何も頭の中に残っていかず、
僕は、どんよりと纏わりついた重たい空気を遠ざける事が出来ない。
「……昨日ここでカナと会ったんだ。」
しばしの沈黙の後に響いたその言葉が、僕の曇天に届いた。
現実に引き戻された僕は、洋次の横顔を見る。
彼の淀みのない目がどこか遠くを見つめている。
僕は慌てて言葉を探した。
「偶然だね~、カナちゃんも今テストだったのかな?」
うちの中学校のテスト日程はあまり覚えていないけれど、
それなら恐らく今日もテストで早く帰るんじゃないかと予想はついた。
それで、昨日カナちゃんと会った場所に、
洋次は僕を連れてきたということなのだろうか。
「そうだろうな。……ここのカフェ見て、それ思い出したんだ。」
僕はそれを聞いて、思わず洋次から顔をそむけた。
胸が痛い。それはカフェで食事を取ったということだ。
どうしてそんな事を伝えてくるのだろう。
僕が悩んでいる事に、本当に気づいてないのだろうか。
聞き覚えのある声が、背後から響く。
「……洋次先輩……」
声だけで、その呼びかけ方だけで、誰がそれを言ったのか、
僕は分かってしまったから、振り向かなかった。
洋次が振り返って、無表情に片手を挙げたのが、
ギリギリ僕の視界に入った。
カナちゃんが近づいてくる音がしたので、僕もようやく振り返った。
彼女は……洋次だけを、見ていた。
隣に立っているはずの僕には、何の意識も払われておらず、
まるでこの世界に僕は居ないかのようだった。
「……昨日のメール、見てくれましたか?」
何も聞きたくない。
今すぐ全ての感覚器官を遮断したい気持ちだった。
「いや、まだチェックして無かったわ。テスト最終日前でさ。」
すぐに嘘だと分かる。洋次はチェックしているはずだった。
そしてその嘘は、カナちゃんにも分かっていたようだった。
「……なら、……今……直接言います。」
カナちゃんは俯いた。目の下がほんのり赤い。
肩で呼吸をしている。本当に緊張しているらしい。
だからこそ、僕は何も聞きたくなかった。
カナちゃんが顔を上げて、息を吸って言った。
「……私、やっぱり洋次先輩の事好きです。またやり直せませんか?」
久々の再会から数日間で、ここまで進んでいたんだ。
カナちゃんの行動力には驚かされたし、僕にはないものだと思った。
まっすぐで、反らす事の無いカナちゃんの目が、洋次を捉えている。
――今ここで、何かが、終わって、何かが始まるんだ。
僕は急な圧力によって、洋次の身体に押しつけられた。
何かと思えば、逆側の肩を洋次の大きな手が掴んでいる。
洋次はその目を見つめ返したまま、言った。
「俺、今はテルと付き合ってるんだ。」
様々な感情が渦巻いて、僕はどうしたらいいか分からず、
洋次の顔を見上げた。彼はこちらを見てくれなかった。
徐々に、僕の顔に血が昇って行くのが分かった。
こんな展開、予想だにしていなかった。
「……何となく分かってました。」
カナちゃんにはもはや照れは無かった。
勝負ごとに挑むときのような……これが恋愛なのかと訊きたくなるくらい、
ムッとした顔で洋次に食って掛かった。
……相変わらず僕のことは全く視界に入っていない様だ。
「でもそれは、私がフッたからでしょう?
友達っていう関係を、無理に延長してるだけじゃないの?」
僕の胸は貫かれたように痛かった。
洋次は僕の肩を握る手の力を強める。
「それは違うし、そうだったとしても、また俺がカナを選ぶことは無い。」
カナちゃんの言葉に応じるかのように、
他人の前では温厚な洋次の口調が、厳しかった。
そんな言葉を浴びせられたことの無いだろうカナちゃんは、
通行人が少なくないにも関わらず、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「どうして……私だって努力してるのに、月山君のどこが良いの!?」
その質問に答える前に、洋次はやっと僕の顔を見つめて笑った。
「全部だ。」
曇天が、スッと晴れていくのを僕は感じた。
洋次はカナちゃんの方を向き直って、ペコリと頭を下げた。
「ごめんな。お前ならもっと良い彼氏見つけるさ。」
カナちゃんは固まっていたが、すぐにフッと吹っ切れたように笑った。
「……そうですね。先輩、相談に乗ってもらってありがとうございました。」
洋次と同じように頭を下げたカナちゃんは、
それを言ってすぐ、お別れも言わずに背を向けて去って行った。
……洋次の決心は、初めから固まっていたんだ。
カナちゃんが送った「昨日のメール」には、同じような告白が書いてあって、
洋次は当然それを読んだはずだけれど、返事はしないどころか、
次のクリスマスは、僕に会おうと決めてくれた。
……僕は、結果的に洋次の事をただ疑ってただけだった。
「テル、巻き込んで悪かったな。」
「……ううん、……。」
最初から僕に教えてくれてたらよかったのに。
何もかも洋次は自分で解決しちゃうから、振り回される方は大変だ。
何て言えば良いのか僕は迷ったけれど、決まった。
「ありがと~。」
「ん?おう、じゃあテルんち行くか!」
空に雲は残ったままだし、太陽は時々見えなくなってしまうけれど、
そんな洋次と一緒に居るのは楽しかった――。




