黄色と緑色(6)
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12月18日(火) 11:49
通学路にて
「おっす良助!」
非常に面倒な奴に呼び止められた。
無視して歩こうかと思ったが、そうする勇気は無かったので、
仕方なく振り返って、片手を挙げる。
「洋次か。久しぶりだな。」
「お前、今日こっちなのか?家は反対だろ?」
「今日はプール行くからな。」
「……あーそっかそっか、頑張ってんなー。」
そうだ、いつもは達也・テル・洋次とは方向が違うから、
達也と一緒にいられる時間が短い反面、洋次と一緒にいなくて済むけど、
今日はプールで達也たちの家の方向に行かなければならない。
まだ校門を出たばっかりだから、しばらく奴と付き合わないといけないな。
……こいつ、また背が伸びたか?俺に迫ってる気がする。
「最近どうだ?順調なんか?」
「まあな。」
何が、とは聞かない。こいつの話に意味を求めても無駄だからだ。
「中学校辺りからみんなで集まったりしなくなったよな!」
「そうだな。みんな趣味違うだろうし。」
「あーそっか!テルや達也とは未だに朝一緒だけどな、俺は。」
「そうか。」
「今さらだけど懐かしいなー……結構バカやってたな!」
……洋次もとりわけ楽しそうじゃないな。なら俺と話す必要ないだろ。
俺は俺で今ある計画を進めてるんだ。正直こいつに構ってる時間はない。
だが、意外と達也が乗ってきてるから、計画も上手くいきそうだし、
そんなに心配でもない。こいつと話す時間が苦痛なだけだな。
「良助、お前プールも良いけど、勉強もやれよ?試験期間なんだし。」
……こういう変に世話好きな所が嫌いだ。
達也もそうだが、達也と違って可愛げがない。
変に自己中だしな。いつでも自分が正しいと思ってるに違いない。
じゃなかったらテルがあそこまで振り回されるものか。
「テルよりは成績良いから大丈夫だって。」
「……あぁ、テルなー……全然出来んからなアイツ!」
今、一瞬こいつは思考を止めた。
実はテルからここ数日電話の量が増えていて、
毎度のことながら隠すあいつは、何を悩んでるとまでは口にしないまでも、
明らかに洋次との関係について何かを悩んでいるのは分かってる。
……それがテルの一方的な悩みだったとしても、
あいつは態度に出るから、洋次がそれに気付くのは当然だ。
「テルとは上手くいってるか?」
何となく訊いてみた。どういう反応をするかは気になる所だ。
……そもそもテルが俺に打ち明けてる事をこいつは知ってるだろうか。
「いってるよ。テルから聞いたのか?何も気にしなくて良いって。」
それは、これ以上ない拒絶だった。詮索するのはやめろ、と。
……慎悟の件以来、コイツと距離を置き、意図的に避けてたわけだが、
今久しぶりに面と向かって話し合って、やっぱり思った。
相変わらず、テル以上に隠す奴だ。
自分の隙は絶対、人には見せようとしない。
ある意味テルと似て非なる部分は、こいつの芯がぶれないことで、
それが昔も今も、俺にとっては気に食わない所だ。
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12月18日(火) 11:56
慎悟の件以来、目に見えて避けるようになった良助の性格は、それほど変わっていなかった。幼なじみは悪い意味で、付き合いを変えないと性格を変えられないのかもしれない。相変わらず無口で、少ない言葉の中に矜持が隠れていて、浅黒い肌の中に、赤き信念が宿っている事に違いは無かった。
テルは何を思って、良助に相談を持ちかけるのだろう。俺との関係の事は、俺には言えないわけだから、俺以外の人間に相談する。それは達也では役不足なのであって、消去法で良助に相談しているのだろうか。……客観的に見ても良い奴だと思うが、俺への怒りにも似た感情が、そのアドバイスに混ざっていない事を願うばかりだ。
黒いマフラーで口元を覆う良助は、早くこの場を離れたいと思っている事だろう。自分から、離れる事にした。
「……俺、文房具買い足しに行くから」
「そうか」
「水泳頑張れよ!」
投げかけた言葉には答えず、早足で去っていった。分かりやすい奴だ。
言ったからにはその言葉を本当にしなければならないので、俺は表のバイパスに足を運ぶ。ちょうど芯が切れそうだったから、学校で買うのも良いけど、品ぞろえの良いショッピングモールへ行こう。
ショッピングモールの文房具店内を見て回ってる間、先ほどの良助の質問を思い出していた。「テルとは上手くいってるか?」正直に答えるとあまり上手くいってないだろうが、それを良助に伝えた所で意味はないし、それがテルに伝わると、変に心配を掛けさせてしまうから、俺はいってると答えた。それに、多分当事者同士でなければ、そんな問題、と足蹴にされるような些細な事なのだろう。何にしても、もう少し俺がしっかりしないといけないのかもしれない。
文房具店を出ようとした所で、小柄な中学生とぶつかりそうになった。驚いて身を翻したが、よく見ると……またしても、カナだった。
「……洋次先輩!」
カナの方も、俺と会うつもりでは無かったので、当然驚いた。一昨日会った時とは髪の結び方が変わり、どことなく可愛くなった印象を受ける。
「奇遇だな、また会ったか! お前もテストか?」
「はい…… ホント、奇遇ですね…… 昨日はメールありがとうございました」
小さな頭をペコリと下げるカナ。文房具店に来たんだから、用事は一つだろう。他に特に聞く事も思いつかなかったが、何となく口を開けた時、カナが少し俯いたまま言った。
「良かったら…… ちょっと下のカフェにでも、寄りませんか?」
時間はお昼時でちょうど良かった。が、これはOKして良いものだろうか。せっかくのお誘いを前にして、長い間考え込むのも失礼なので、反射的にOKしてしまった。
……どことなく後ろめたい気持ちが付きまとうのは嫌だった。しかし、俺はテルの事がちゃんと好きだし、カナにはもう未練はない。ただ、意外とカナがグイグイ来るので、この気持ちが変わってしまわないかは心配だった。……恐らく俺が心配する以上に、テルは心配するだろう。色々考えて、やはりOKするべきでは無かったと少し後悔しながら二人カフェに入った。
カフェで向かい合って席に着いたが、恥ずかしがってるのか、カナはほとんど俺の方を見なかった。だがほとんど会話は途切れることなく、思い出話や、勉強の話など、たわいもない話がずっと続いた。
軽くパンを食べて、コーヒーを飲んで、さあ別れようかという時に、カナは突然真っ直ぐ俺の方を見ながら言った。
「……あの、来週の月曜…… 空いてますか?」
「え? ……いや、まだ分からんわ」
「あ…… なら、またメールします。……それじゃあ」
カナは顔を隠すようにして、急いで離れて行った。来週の月曜、というと、24日クリスマスイヴなので、やはりカナは積極的で、少し打算的なんだと確認できた。テルよりしっかりしてる。……カナよりテルの方を俺が心配になるのはそういう理由で、カナと別れたのもそういう理由だった事を思い出した。




