黄色と緑色(5)
言うまでもなく、まったく勉強に集中できないまま、次の朝を迎えた。
昨日の昼間教えてもらったことさえも、もはやあいまいになってしまっていて、
……覚えているのは、洋次の温もりと、激しくも儚い行為の熱だけ。
「……あの……テル君、大丈夫ですか?」
落合恒太が話しかけてくる。
大丈夫に見えないんだったらそっとしておいてほしいけれど、
そんなことを言うことも面倒だし、思うのも面倒。
「……大丈夫だよ~。」
「うわ、クマが……あんまり寝れなかった?」
「……大丈夫だよ~。」
何のバリエーションもない僕の回答を聞いて、落合恒太は諦めがついたらしく、
自分の勉強をいそいそとし始めた。
どうせすぐに先生が来て、テストは始まってしまう。
何か教科書を開こうとする気力もないままに、テスト時間が訪れた。
夢を見た――。
暖かで柔らかい緑の光の中で、カナちゃんと洋次が手をつないで歩いていた。
でもすぐ直後に、眩しすぎる位の黄色い光が差し込み、
裸体の洋次が手を広げて立っている。
僕は流れ込むように洋次の体に倒れ、静かに光と溶け合っていく。
黒いもやもやしたものが、形になって表れてくる。
カナちゃんとは恋愛で、僕とはセックス。
……認めたくない現実が、夢に侵入してきた。
「……テル君……テル君?」
「…………え?」
落合恒太の声によって、僕の意識は少し薄暗い現実の教室に帰ってきた。
「テストもう全部終わりましたよ?後半ほとんど寝てたみたいですけど……」
現実の記憶がない。
今日は三教科テストがあるはずだったけれど、何も覚えてない。
僕は意識がはっきりしないまま、おそらく寝ぼけた顔で落合に尋ねた。
「僕、ちゃんと解いてた~?」
「……ずっと見てたわけじゃないですけど、何か書いてはいました。最初の教科とかは起きてましたけど、最後の方は寝てる時間が長かったような……」
「……ちょっと解いたんならいいや~。」
意識がまとまってきた僕は、ある決意をしなければならなかった。
――今日は洋次に会ったらだめだ。
また不安定な心が、彼の肉体を強く求める。
テストは正直どうでもいいけれど、自分の気持ちや身体のために、だめだ。
眠れない夜を、もう一度過ごしたくはない。
「おっすテル!テストちゃんと出来たか?」
物思いしながら廊下を歩いていた僕は、洋次にすれ違った。
一瞬それが想像の洋次なのか、真の洋次なのか分からなかったけれど、
僕が返事をせずにいたら表情が変わったので、真の洋次だと分かった。
「出来なかったんか?」
「……まあね~。」
「まあね、じゃないだろ!……それで、今日はどうするんだ?」
「……今日はいいや~。」
「そっか、じゃあ自分で頑張れよ!ちゃんとやるんだぞ!」
……洋次の反応に、少なからずショックを受けていた自分がいたのに驚く。
だったらどう反応してほしかったんだろうか?
「俺と勉強しよう」って誘ってほしかったんだろうか。
分かっているはずなのに……恋愛は、悲劇の集合体なのだと。
僕はそのまま教室に戻り、面倒なホームルームを過ごした後、
落合恒太と適当に別れて、教室を出た。
この鬱々とした気持ちには本当に嫌になる。
洋次という存在が、初めからなかったらこんな事にはならないのかもしれない。
そしたら、頼れる幼なじみ良助と、どうでもいい幼なじみ達也とで、
良好な友情関係が築けていたのかもしれない。
……それならそれで、良助と洋次が仲が悪くなる事もなかっただろう。
太陽がなければ、地球と言う星は死んでしまうけれど、
月は初めから死んでいるのだから――。
「お、テルか?」
帰る道を、地面を見つめながら歩いていた僕は、
突然後ろから呼び止められて、無造作に振り返った。
途端にガッカリする。達也だった。
……やっぱり洋次を期待していたんだろうか。我ながら情けないことだ。
いや、せめて良助だったら嬉しかった。そういう意味でガッカリしたんだ。
歩くのを止めなかった僕の横に、ペースを上げた達也が合流する。
「何だお前ぼっちかよ?俺が相手してやろう。」
……ぼっち、なのは達也も一緒じゃないのだろうか。
「……テル、何か疲れた顔してるな。テストだろ?分かる分かる。」
お前が横に居るからだ、と素直に言ってやりたくなる。
「でもなぁ……俺はテスト以外に、問題を抱えてしまってるんだよ……」
……普段は何の悩みも無く自由に生きてる無責任な男が、
被害者面して何か悩んでるアピールするのは本当に癪に障る。
けれど、ちょっと気になった。達也の悩みって何だろう。
「……何悩んでるの~?」
「悩んでるってほどじゃないんだが……いや……やっぱやめとくわ。」
そこまでチラつかせておいて、何をためらう事があるんだろうか。
人の不幸は蜜の味という言葉があるくらいだから、
僕も他人の悩みを聞いて少しは楽になりたい気分だった。
だから、僕は珍しく達也の話を追究してみた。
「今さら隠さないでよ~。それって達也自身の悩み?他の誰か関係ある~?」
「……そうだな、他の誰か、だな。」
「へ~、僕も知ってる人~?」
「何かグイグイ来るな……まあそうだ。」
その条件だけでかなり絞られる。達也と僕の共通の知り合いは非常に少ない。
けれど、その悩んでる内容は全く想像がつかなかった。
しばらく考えてると、達也の方から答えを出した。
「恒太だよ。あいつに好きな奴が居るんだとよ。まったく。」
……それは本人に直接言われたのか、又聞きなのかは分からないけれど、
又聞きだとしたら良助が絡んでいるんだろうな、とすぐに分かった。
ただ、違う意味でビックリはした。全然悩みのうちに入らないような問題だ。
「……そうだね~、意外な人かもね~。」
「え、お前知ってるのかよ!」
「いや、知ってるわけじゃないけど~、何となくね~。」
「あいつ女の尻を追ってるイメージ無いからな……見当つかないぞ。」
「……そしたら、男だったりするんじゃな~い?よく一緒に居る人とかを好きになりそうなイメージだな~、落合って。」




