黄色と緑色(3)
全く勉強しないまま朝が来て、いつも通り登校して、
洋次と達也の二人に合流する。
洋次の顔を見るなり、昨晩メールは来たのか、どんな内容だったのか、
訊きたいことはたくさんあって、どうしようか迷ったけれど、
邪魔な達也が居た事だし、訊かずに通学路を歩き終わり、
そのまま初っ端のテストを迎えた。
言うまでもなく、出来は散々で。
あまり赤点の教科数が多いと、留年の可能性さえもあるけれど、
今回は充分に勉強できなかったという言い訳は成立するかもしれない。
前日のあの出来事は僕の勉強を妨げるのには充分過ぎたんだから。
「あの……テル君?」
隣の席の落合が不安そうに僕の顔を覗き込んだ。
不安そうなのはいつもの事だけれど、それ以上に不安そうな顔だ。
「あんまりシャーペン動いて無かったけど大丈夫……?」
「……いつもの事だよ~。」
「いや、僕なんか全然時間足りなかったもので……」
今日に限っては、誰も僕にあまり構わないでほしい。
正直テストが何点だろうと、僕の人生にさしたる影響はないのだから、
大して僕は出来なかったことを気に留めていないんだ。
それを一から説明するのは面倒だから、
僕は適当に愛想笑いして返事をしなかった。
……でも、そう考えてみれば、僕にだって、
洋次がどうしようと影響がなかった時はあった。
気づいたのは、もう「そう」じゃないって事。
「……何かありましたか?」
落合が余計心配そうな顔をする。そんなに僕は表情に出てるのかな。
ため息をつきたいのをグッとこらえて笑う。
「別に~。」
前髪を払った。そのままその手を教科書に伸ばす。
次のテストの勉強をするかのように振舞えば、これ以上話し掛ける事も無い。
けれど落合は、僕が教科書を見始めてしばらくは、こちらを見ていた。
僕は二度とその視線には応じなかったから、落合も諦めて勉強を始めた。
きっと落合は、僕のそっけない態度で嫌な思いをしただろう。
僕の性格が他人に迷惑を掛けている事なんて、ちゃんと分かってる。
けれど、そもそも他人の事情に見境なく首を突っ込んでくるのはどうかと思う。
誰にだって聞かれたくない事の一つや二つあるはずだし、
それを全く理解していない達也にはもう諦めているけれど、
落合もそうやって僕の心に土足で踏み込みたいのだろうか。
「余計なお世話」というものを焼こうとする人間が、
そういう人生損をする人間が、僕の周りには少し多すぎるんだ。
心配してますよ、というアピールをするためだけに声を掛ける人間を、
僕は今までに何人か見てきた。吐き気がする。
そういう意味でも、洋次は僕と恐らく同じ考えを持ってる人間だ。
洋次は干渉されることを嫌う。
人懐っこい笑顔の裏に確固たる信念があるから、
例えばカナちゃんの事について洋次の方から言わない限り、
こちらから尋ねるのはタブーだ。
今回みたいに本当に訊きたい時に訊けないのは辛いかもしれないが、
それはお互いの防御策でもあるんだから、簡単に犯すわけにはいかない。
――セフレと恋人の間でまだ揺れ動いているような気がしてならないのは、
そうやってお互いの深みに手を出す事を避け続けて、
表面的な関係が続いているからなのかもしれないけれど。
全てのテストを終えて。
手早く鞄に荷物を詰め込み、落合が構えて話し掛けてくる前に、
にこやかにまたね、とだけ言って足早に教室を出た。
部活も無く一気に下駄箱へと向かっていく人の波に乗って、
今日はさすがに勉強に手を付けるかと思いながら靴を履きかえた時、
ちょっと離れた所に洋次が立っている事に気づいた。
……そこはどうしても僕が通らなければならないようで、
洋次がせめて歩き出してくれれば、とちょっと待ってはみたものの、
全く動く気配は無く、ポケットに手を突っ込んで空を見ているので、
どうやら誰かを待っているらしいと予想して、とりあえず近づいてみた。
「ん、おっすテル!」
「……どうしたの~?誰か待ってるの~?」
「いや、お前を待ってるんだって!今日勉強するって言ったじゃんか。」
全く記憶になかった。多分朝言ったんだろう。
変に止まるのもおかしいので、そうだった~、とすぐ了承して、
洋次と二人歩き出す。……複雑な気分だった。
「明日の数学、問題集全部解いてる?」
「一応ね~。でもどうせ分かんないから答え丸写しだよ~。」
「それじゃいつまで経っても出来るようにならんだろ!」
「将来数学要るか分かんないしね~。」
また、表面的な会話が続く。
どうでも良い会話をするだけでも落ち着いていた昨日の自分に戻りたい。
今は色んなことを考えすぎて、表面的な会話が逆に不安になる。
……踏み込んだ会話は前述のとおりした事がほとんど無いけれど。
「そういや昼どこで喰う?」
「……どこでも良いよ~。」
「とりあえずファーストフードで良いか。」
向かい合う机の席が空いて無かったので、カウンターに肩を並べて座る。
洋次は身体がゴツめだから、一度肩がぶつかるとこっちはよろける。
大丈夫か、と僕の肩を支えるその手に熱がこもっていて、
体内に彼の熱が入ってくる感覚を、否応なしに思い出す。
フライドポテトをつまみながら、僕は彼の解説を聞くが、
数式を解き進める僕の手を、見つめる洋次の目線はいつも以上に熱くて、
とても右の洋次の顔を直視する事が今は出来ない。
「いや、それあの公式使えばいけるから!」
「……え~、公式覚えるの面倒くさいよね~。」
「でもお前の場合数学的能力無いし、覚えとけって。」
「……ん~。」
「三角比は正直覚えるだけだろ!」
「頑張る~。」
力説する洋次の顔をようやく見た。まっすぐな瞳がこちらに向いている。
たったそれだけの洋次の行動が、僕の身体の熱を呼び起こす。
……僕は、いったいどうしてしまったんだろう。
店内のイルミネーションが、黄色と緑色に、交互に輝く。
ずっとどちらかの色だけ。落ち着きが無いイルミネーションだ。
……僕と同じだ。色んな感情に惑わされて、疲れているんだ。
気付くと、無言が続いていた。
僕の手も違う文字を書いたり消したりを繰り返し、戸惑っている。
洋次は片手の暗記物を見ていて、今の僕の様子までは見ていない。
……良かった。これほどの動揺を見られたら終わりだ。
洋次は意識しているのか知らないが、携帯をずっと取り出さずにいる。
元々携帯の使用頻度の低い人だから、使ってないだけかもしれないけれど。
だからきっとこれは何事も無いんだ。多分そうなのに、
僕がこれほどまでに動揺していたら、重い奴だという印象は深まり、
またマイナスイメージが付きまとってしまうんだろう。
答えは出ない。数学の問題も、僕の心の問題も。
時間軸は第八部「ようこそ!生徒会執行部」と一部重なっています。
テストが何回も繰り返されているように感じるのは、そういう事です。(笑)




