表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バルガク。  作者: ホワイト大河
第二章 気づいてしまえば、戻れない
90/181

黄色と緑色(2)


「……お元気ですか?」


カナちゃんは当たり障りのないその一言を、何とか絞り出したように言った。

彼女の目線が一瞬僕に向けられた事を、僕は見逃さなかった。

洋次もそれに気付いたのか、一瞬こちらを振り向こうとした気がした。

この場に居る僕は、非常に邪魔者だったのかもしれない。

けれど、単純に僕は固まっていた。何か思惑があったわけじゃなくて。


「元気だよ。……まさかここで会うと思わんかったな。」

「……そうですね。」


カナちゃんは笑った。その笑みに無理した感じは含まれていない。

……カナちゃんは洋次に告白して洋次と付き合ったのは事実で、

そして身勝手な理由で洋次を振ったと聞いていた。

そのフラれた日から僕と洋次の人には言えない関係が始まったものだから、

例の「身勝手な理由」を洋次に訊いたことは無い。


けれど、今のこのカナちゃんの様子を見るに、

仮に洋次がまた付き合おうとここで伝えたとしても、

迷うことなく、OKするだろう。……本当に軽い女だと思った。


「……先輩、私もうすぐ受験なんですけど……」


ここで、「じゃあ」と別れない辺りが図々しかった。

もう彼女の眼中に僕は映っていないようで、まっすぐに洋次を見ていた。

それもだいぶ距離を詰めている。

どちらかというと小柄な彼女が、必死の上目づかいで洋次を見ている。


「そうだよな、受験校とか決めてんのか?」

「……バルガクもちょっと考えてるんです。」

「へぇ、まあそんな難しくないよ。」


「あの、また相談に乗ってもらっていいですか?他に頼れる先輩居なくて。」

「え?……まあ分かった。」

「アドレス変えてませんか?そしたら、またメールで送ります。」

「……おう。」


話がどんどん進んでいく。

カナちゃんは僕なんかよりずっと積極的で、

どんどん自分の思った通りに話を進めていくタイプの子なんだろう。

その純真さが、うらやましくも、妬ましくもあった。


――クジャクが美しいから、クジャクの羽を奪ったって、

僕はクジャクにはなれない。そんなことは知っているけれど――。


言いたい事を言い終えた彼女は、ペコリと頭を下げる。


「じゃあ、またメールで……」

「ああ……」


足早に彼女は去って行った。

それを大して見送ることもなく、洋次は向きを変えてまた歩き出した。

洋次が何も言わなかったため、僕も何も言わなかった。言えなかった。


……言ってほしかった。




それから家に着いて、

また勉強を再開したり、ベッドで行為に及んだりしたわけだが、

彼の手は携帯には伸びなかった。

少し安心もしたけれど、それが逆に怖かった。


僕のことを気にしてのことなのだろう。

けれど結局家に帰って見るんだろうから、それならここで見てくれた方が良い。

でもダメだ、今ここで洋次にメールチェックされたとしたら、

僕はどんな表情で彼と一緒に居ればいいか分からなくなるし、

それはそれで耐えられない。

……そもそもカナちゃんからメールをもらう事自体耐えられないし、

カナちゃんが洋次のメールアドレスを消していなかったことは、

僕にとって最も不安な要素の一つに成り得た。



用が済んだため、洋次は帰った。その現在に戻る。

僕は言った通りに勉強をしようと、服を着直して机に向かう。


案の定、まったく集中できなかった。

しばらく緑色の安心に染まり切っていたからか、

このたった一つの障害を、まったく乗り越えられる気がしないのだ。


……全部、カナちゃんのせいだ。

それは間違いない。洋次は理想的な対応だったと思う。

ぶっきらぼうに接するような男じゃないことは分かってるし、

彼がフラれた「身勝手な理由」を知らない僕としては何も言う事が出来ない。


……矛先を洋次に向けるのは違うって、分かってる。

けれど、何か少し説明してくれてもいいんじゃないかな。


やっぱり僕たちは普通の男女のカップルとはわけが違うんだから、

女性と連絡を取ることを、たとえば僕が厳しく言うのは筋違いだと思う。

けれど、それは元カノだったら言っていいことなのかもしれない。


洋次は僕に何を求めてるんだろう。

身体だとばかり思ってた。そうじゃないと聞いたとき、とてもうれしかった。

けれど、カナちゃんの方が間違いなく性格は良いし、

男と女という大きな違いがあるから、身体では勝ち目がない。


避けられない不安が一気に襲ってくる。

我ながら、すごく面倒くさい性格だということも十分知ってる。


一言、好きだという言葉があったらどうだろうか。

実際のところ、洋次にあの告白以来、好きだと言ってもらったことは無い。

あんまりにたくさん好きだとか愛してるとか言う男を、

僕は信じる気がないのは確かだけれど、

ここまで少ないとさすがに心配になるのだ。


代わりにあるのは、別れ際のキスと、定期的なセックスだけ。



心底、洋次のことが好きなんだと思う。

思ってるこの気持ちを全て伝えてしまったら、

きっと僕から離れてしまうだろうというくらい好きだ。


関係を重ねてたあの頃、二人が結ばれる未来は全く想像してなかったから、

必死で隠してきたこの感情が、昂りを抑えきれず、

あふれんばかりの思いとなって、逆に重く僕にのしかかってくる。


全てを忘れる事が出来たら幸せだ。

いや、今日一日の出来事だけでもいい。

楽観論者は、今日の洋次の態度は重く取り上げるべきではないと主張し、

逆にその場で何らかの形に発展しなかったことを喜び、

そして自分が現在ナンバーワンの恋人であるということを再確認し、

洋次のあれだけの行動を以てして納得し、何とも思わないかもしれない。


けれど僕は悲観論者だ。

特に何とも思ってなさそうな態度は、本来の感情を隠してるのかもしれないし、

その場で発展しないのは当たり前で、

隠れてもう事態が進んでる可能性は十分に秘めているし、

ナンバーワンだなんて、永遠のパートナー探しをしているのでない限り、

見つからないものであると僕はずっと考えてるわけだから、

洋次のあれだけの行動では何も納得できないし、

足りないというよりはむしろ余計だと思ってしまう程狭量な人間なのだ。


だからこそ今日一日を忘れて、何も知らない明日が来れば、

何も悩むことなく、洋次と普通の日常に戻れるのかもしれない。

実際カナちゃんのメールが洋次に及ぼす影響は大きくないから、

このまま何の事件性もなく終わってしまうストーリーなのかもしれない。


けれどカナちゃんが洋次をフッたその日の反動で、

洋次は今まで保ってきた理性という檻を壊し、

僕を無理やり襲ったのだと考えたとすれば、

その反動を引き起こしたカナちゃんという存在は洋次の大切なもので、

だからそれが帰ってきたとき彼がどうするか、全く分からないのだ。


いつしか僕はベッドに横たわり、

ぼんやりとした意識は得体のしれない闇に沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ